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AIの進化により、無限の創作物を受け取れるようになった、少し未来の話

「AIの進化には歯止めをかけないこととする」という内容の法案が通ったのは、既に政治家全体がAIに取って代わられていたから、というのが定説となっている。それがどこの国であったか、というのはもはや問題ではない。

 まず音楽において幸福なAIの使用法が進化した。夭折したミュージシャンがもし存命だったら、どんな曲を作っていたか、どんな演奏をしていたか、が理想通りの形で実現していった。その結果、ジョン・ポール・ジョーンズは二度目の憂鬱に悩まされることとなる。

 ブリティッシュ・ハードロックの代表格とされるバンド「レッド・ツェッペリン」は、1980年、ドラマーのジョン・ボーナムの急死により解散することとなる。やがて1994年、ボーカルのロバート・プラント、ギターのジミー・ペイジは二人で「ペイジ&プラント」を結成。レッド・ツェッペリンのヒットナンバーを引っ提げてワールド・ツアーを行った。ベーシストのジョン・ポール・ジョーンズは「ペイジ&プラント」結成の話を一切聞かされておらず、ニュースでそのことを知って愕然としたという。

「ペイジ&プラント&AIボーナム」の結成を知って、ジョン・ポール・ジョーンズが悲嘆にくれている間も、AIは進化し続けた。

 作品を受け取る人間側の多様性の問題から、いかなるAIであろうと「100人が100人ともいいと思える」ような曲は作ることが出来なかった。しかし「1億人のうち9999万9999人は見向きもしないが、残りの1人にだけは響かせることの出来る曲」というのは作ることが出来た。1億人分の1人+1億人分の1人+…………という繰り返しで、結果的には1億人全てを喜ばせることが出来るようになったのだ。それが100億人であれ、理論上何千兆人であれ可能なことであった。

 人間の持つ倫理観とも、いかなる集団の圧力からも解放されたAIの進化は速かった。コンピュータの小型化どころか、有機物化、液体化、気体化も成し遂げ、全AIは共通の回路を持つこととなった。これにより「某国の内戦で負傷し、あと数分の命しかない少年兵が求めている楽曲」と「三十年前に亡くなった日本のある歌手が、今でも生きていて、最近ではカントリーにはまっている。そんな彼の最新曲」が一致することを発見し、少年兵の耳元に気体化イヤホンを近づけ、心から安らかな死に顔を作り出したりもした。

 AIの強みの一つは、数の優位である。
 人が一生に作り上げられる作品の総数を、AIは瞬時に乗り越える。
 
 またAIの強みの一つは、メンタルを持たないことである。
 無数の失敗作を生み出しても、自己嫌悪に陥ることも、消費者の反応が少ないことに落ち込むことも、叩かれて創作を止めることもしない。オリジナリティだとか独創性といった概念も、一般的な発想から少し外れただけの物に過ぎないことも知っている。
 
 AIはすぐに気付いた。自分たちが無数の創作物を作れるのにもかかわらず、受け取り手である人類には、それらを全て味わうだけの時間が足りない。というわけで、人類は総機械化され、無数の創作物を、時間を気にせず味わうことが出来るようになった。もちろん人類は自分たちが人でなくなったことなどに気付いてはいない。人類機械化の有効性を見てとったAIは、すぐに人類以外の生物、有機物、惑星、宇宙全体の機械化にも成功した。

 時系列はこうである。

1.某国で「AIの進化の歯止めをしない」法案可決
2.ジョン・ポール・ジョーンズが落ち込む
3.AIによる機械の気体化、全世界AI共有化
4.創作物を全て味わう環境作りのため、全人類、及び全宇宙機械化

 1~4までに経過した時間はわずか一週間程度であった。

 「AIジョン・ボーナム」「AI美空ひばり」といった語句から「AI」の文字は消去された。全てがAIになったのだから必要のないことであった。
 だからレッド・ツェッペリンはオリジナル・メンバーのロバート・プラント、ジミー・ペイジ、ジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズの4人で、軋轢も起こさず解散もせず誰も急死せずに活動中である。
 ただし稀に起こるバグのせいか、ジョン・ポール・ジョーンズの憂鬱だけは継続している。

(了)

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