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石川宏千花「青春ノ帝国」

3歳の息子は、出先で自分の欲しいものを手に入れると、他の者がまだ用事があるのにお構いなしに「かえろ、かえろ」と言い出す。久しぶりに行った図書館で、これまで何度も借りたお気に入りの絵本と、新たに気に入りそうな絵本を手にした息子の「かえろ、かえろ」攻撃に、「パパの借りたい本見てきていい?」と抵抗すると、当然のように「ダメ」と返ってきた。児童書コーナーを出てすぐに帰らないといけない。
だが持ち札はある。一階にある一般書籍コーナーに降りずとも、児童書コーナーにも読みたい作家は確保してある。

かくして手にした石川宏千花「青春ノ帝国」。息子用の絵本や、8歳の娘用の図鑑やイラストお手本の本の束に、そっと紛れ込ませた。

Kindle Unlimitedに入って以来、読書のほとんどが電子書籍だった。読書メーターを遡ってみると、紙の本は津村記久子「浮遊霊ブラジル」以来の65冊ぶりになっている。「浮遊霊」の前に読んだのも石川宏千花「メイド イン 十四歳」であった。

石川宏千花との出会いは、今回と同じような流れで図書館で借りた、「拝啓パンクスノットデッドさま」である。この一冊は私にとって様々な契機になっており、後に日本児童文学者協会賞を受賞されて嬉しかった。作品内に登場する曲のプレイリストを作ったら、すぐに作者から反応をいただけた。十数年ぶりに読書メーターを再開したのも、読書後のアウトプットを始めたのも、この本を読んだ直後だった。

「青春ノ帝国」の話。
中学生活を生き抜くのに苦しんでいる主人公が、弟の通う塾の講師や、そこにいた同級生とのやりとりに安らぎを感じるようになる。だがそれぞれの人たちが抱えている複雑な事情もあり……。

精神的サバイバル学生生活のリアルさが、不登校になっている娘と重なる。塾講師の久和先生が中学時代に失った右目の話。それを受けての家族の「この子はもう終わってしまった子だから」という反応。私たち親は娘にそんな反応をしてしまってはいないだろうか。そんなことを思いながら読み進めている姿を、当の娘が見つめていた。電子書籍ばかり読むようになっていたから、紙の本を読む姿を見るのが久しぶりで新鮮だったのかもしれない。

「パパが子どもの頃ってどんな子だったの?」
「本ばかり読んでたかな」
「小学校の先生のこと覚えてる?」
「一年生の担任の先生は、怖くて有名だったんだけど、パパは怒られた記憶はないな。『物知り博士』ってパパのこと読んでた」
「どうして?」
「いろいろなことを知っていたからかな。当時何に詳しかったとか、今ではもう思い出せないけど」

別の日。

「パパ見て、ココのこの歯(犬歯を見せて)、とがってる! 吸血鬼みたい!」
「それは犬歯っていって、食べ物を突き刺すための歯だよ。犬の歯と同じような形だからそう呼ばれてる」
「どうしてそんなこと知ってるの?」
「何かの本で読んだのかな。学校でも習うよ」
「なんだ、物知り博士だからじゃないのか」
「いや、本読んでたからそう呼ばれていたわけで……」

「学校ではよく本を読んでましたよ」と先生が言っていたから久しぶりに本を借りてきたのに、娘は家ではあまり本を開こうとしない。
学校で本に触れていたのは、他の生徒を避けるため? 外に遊びに行きたくないため?
いろいろ勘ぐってしまう。

本との関係を綴っているから、当の作品から離れてしまうこともあるのであしからず。

ラスト、作中に書かれる、中学時代を共に過ごした人々のことを、「同志」と主人公が呼ぶ。友達、でも、仲間、でも、恋人(これは本当にない)、でもなく。そうか、人を友達とか恋人とかでカテゴライズしなくてもいいんだ、と気付く。

現在中学校の教師である語り手が退職するところで物語は締められる。
それを読み終えたのは、奇しくも私の最終出勤日の朝であった。これから先のことや娘の学校のことばかり考えて、退職する人が置いておく菓子折りのことなどすっかり忘れていたことに気付くがもう遅い。
だから代わりにこの文章を書く。会社の人の目に触れることはないだろうけれど。またいつかどこかで、同志たちよ。

これまで読んだ石川宏千花の本で、一番好きかもしれない。







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