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作ってあげたいカルボナーラ

春から小学2年生になる娘は、カルボナーラが大好きです。

なので、夜ご飯に何が食べたいかと聞くと、カルボナーラと返ってくることがよくあります。

カルボナーラはシンプルな料理であるが故に、なかなか奥が深い料理でもあります。

ベーコンを使うのか、パンチェッタ(塩漬け豚バラ肉)を使うのか、グアンチャーレ(塩漬け豚頬肉)を使うのか。
卵は全卵を使うのか、卵黄だけを使うのか、またはそのミックスか。
生クリームは入れるのか、入れないのか。

などなど、それぞれのシェフの考え方や学んできたことが、顕著に現れるのがこのカルボナーラという料理なのです。

私の娘は若干7才にしてこの奥深さに気がついてしまったようで、カルボナーラに対してとても強いこだわりを持っています。

これもひとえに、料理人である私が日頃から愛情を込めて、娘のために美味しいカルボナーラを作り続けてきた結果なのであります。

と言いたいところなのですが、実は娘、私が作ったカルボナーラを一度も食べたことがありません。

というのも、娘はレトルトの"青の洞窟"のカルボナーラに対する強いこだわりをもっていて、それ以外のカルボナーラには一切見向きもしないのです。

以前、いつものスーパーに青の洞窟が売ってない日がありました。

私はなくなく違うメーカーのカルボナーラを買って帰ったのですが、娘は一口食べるなり「なんか違うんだよなぁ」と言って、それ以上口にしてはくれませんでした。

それとは別に、私はよく、「パパが愛情たっぷりのカルボナーラ作ってあげようか」と尋ねるのですが、青の洞窟に一途な娘はかたくなに首を縦に振ろうとはしないのです。

娘は言います。

「パパが作った料理が美味しいのは知ってるんだよ。だって料理のプロだからね。でも私はやっぱり青の洞窟の味が好きなんだよね」と。

人を傷つけないようにフォローを入れつつも、自分の意見はしっかりと伝える。

いつの間にこんなものの言い方ができるようになったのかと、娘の成長に喜びを覚えるかたわらで、カルボナーラを作ってあげたいと思う私の気持ちは日に日に募っていくばかりなのです。

それにしても、この青の洞窟のカルボナーラ、日々パスタを作り続けている私からみても、なかなかあなどれません。

なんてったって簡単です。

袋ごとソースを温めて、茹でたスパゲッティと和えたら、はい完成。
しかも洗い物もほとんど出ないという優れもの。

それでいて味もよいのですから、これはもうイケメンで、性格も良くて、高収入な男性のようなものなのです。

娘が夢中になってしまうのも無理はありません。

しかし、私は娘に言いたい。

曲がりなりにもパパは料理人です。

パパだって青の洞窟に負けないくらい美味しいカルボナーラが作れるのです。
多少の手間も愛情も惜しみません。

それなのに娘ときたら、いつも青の洞窟ばかりで…。

レトルトではなく、たまには手間暇かけた愛情たっぷりの料理を食べさせてあげたい思うのは、料理人としてだけではなく、一人の父親としてとても自然な感情なのではないでしょうか。

そこで今宵も、私は娘に尋ねます。

「パパが愛情たっぷりのカルボナーラ作ってあげようか」

しかし、娘の青の洞窟への一途な愛は、変わることはありませんでした。


その夜、家族が寝静まったあと、私は少し飲み直そうと冷蔵庫から白ワインを取り出しました。

つまみは娘が食べ残した青の洞窟のカルボナーラです。

私はそれをレンジで温め直し、クルクルとフォークに巻き付けて口に運びました。

「うーむ、確かにうまい…」

しばらくして白ワインの酔いが回ってくると、私は目の前にある、青の洞窟のカルボナーラに言い聞かせました。

「しかしだね、青の洞窟くん。
娘ももう少し成長したら、パパのカルボナーラが食べたいって、そう言うに決まってるんだ。
そしたらね、もう君の出番なんてないんだからね。
そうさ、パチンOFFさ」

私はそう言いながら、最後の一口をフォークで巻き付けて口へ運びました。

「さようなら、青の洞窟くん」

白ワインとともに、最後の一口をごくりと飲み込んだその瞬間、カルボナーラに入っていたブラックペッパーが喉の奥に張り付きました。

「ゲホゲホゲホ」

私はたまらず咳き込みました。

家族が寝静まった家で一人、カルボナーラの逆襲に遭い、目から雫をこぼす私。

パパの出番はまだまだ訪れそうにありません。

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