『マイノリティデザインー弱さを生かせる社会をつくろう』×『ブランドはもはや不要になったのか』×『本の読める場所を求めて』

いか、A、B、Cとさせてもらいます。

A : 澤田智洋『マイノリティデザイン』ライツ社 2021年

B : 川島蓉子『ブランドはもはや不要になったのか「安くても買わない」時代に企業が見直すべきこと』KADOKAWA 2021年

C : 阿久津隆『本の読める場所を求めて』朝日出版社 2020年

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以下ベクトルを示します。

A : マイノリティと広告の結合について、それに社会がどう答えたのかを明かす本

B : アパレル業界の隆盛と衰退について、現状分析した本

C : 本を読めるお店についてとことん考えた著者の思考について示す本

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ちなみにですが、僕は毎日本屋に行き、毎日のように本を買ってます。

本に対する異常なパッションはマイノリティ側だと勝手に思っております。

何をもってマイノリティというのでしょうか。


 Aでは、お爺さんがYoutubeデビューしたお話、視覚障害者でもできるブラインドサッカーのお話、義足を使用する方によるファッションショーのお話など、物理的な「マイノリティ」に終始していたなという印象です。


 ただ、それも多様性を重んじる社会になった証なのかなと、良い意味で安心感が持てました。広告の力強さを実感しました。

 「TOSHIBAやシャープが凋落したことを、広告会社は恥じるべきだ。」

 この言葉が印象的です。ひょっとしたら、僕も広告に支えられているのでは、と感じずにはいられません。

つまりは、広告とは、「究極的な縁の下の力持ち」だと思いました。


 Bでは、近年のアパレルや百貨店の業績悪化について、歴史的に分析がなされています。

 原因は、

・アウトレットのための商品という失敗

・アパレル会社が家族経営のため失敗

・大量生産、大量消費のための商品作り

などが挙げられています。

 本当の理由については、今後実証的な研究で示されてくるのかと思います。

 不思議に思ったのは、エコを売りにしていた時代があったそうなのですが、全く持続できなかったところです。人間の心理の問題なのか、それとも社会情勢によるものなのか。なかなか同定が難しそうです。現在はやはりSDGsのように、「本当に世のため人のため」の商品が求められていると著者は分析しています。


 Cにおいては、共感できる部分と共感できない部分がありました。

【共感できない】

・読書空間に対する、やや神経症的なこだわり

・店の高すぎる価格設定(2000円程度)

【共感できる】

・一貫したこだわり、一貫した哲学

・本に対する愛情


 今、読書しない方はマイノリティなのかどうかは不明ですが、少なくとも、文芸や人文書などは、一部の消費者によって支えられ続けている、という現状があります。逆に売り上げも増えた分野もあるようですが、様々なメディアが混在する現状では、日常的に本を読む方は少ないと思われます。


 それでも店の運営は軌道に乗っているというのです。不思議です。

 ABCを統合的に見ると、需要が細分化されているように思います。つまりは、ニッチな分野の多様化です。

 これからはニッチな分野をリサーチし、マイノリティというわけではなく、「細かくなったニーズ」というものに対していかに答えるのか。それが課題のように思います。

 ABCの共通点は、どこかに必ず需要がある、というものです。それが見えにくい世の中になったことが、アパレルの衰退の要因であったり、Cのように、供給がないのでもはや自分で店を開いてしまう、という現状をつくっているように思いました。


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