見出し画像

都美子の花見

桜、桜、桜、夜の桜はやっぱりいいねえ、都美子はコンビニのシャケおにぎりをほおばりながら言いました。あとは酒だよな、酒。あとでワンカップ買うか。そう言いながら彼女はふらふらとあてもなく夜の河川敷を歩いていました。ライトアップはとってもきれいで、幽玄のようだったのです。


都美子はきらきら町ではめずらしい巫女でした。それゆえにどこかで舞おうと思っていたのですが、ふさわしい場所がなかったのです。「あーあ、時化てんねえ!」都美子は二十歳あたりから口が悪くなりました。うつくしいものは汚い形をしていることが往々にしてあると知ったからです。


あーあ、時化てんねえ! この町は巫女ひとりに舞わせる舞台も与えてくんねえか、そうですか。まあええわ、満開の桜の木の下はいつでもええ舞台やし、そうでなくてもウチが快楽にあえぐとき、沈黙にも似たシーンとした感覚が、ウチを包んで、ほら、ひとつの舞や。


桜、桜、桜! 夜の桜はやっぱりいいねえ。生きていることがひとつのダンスとなるまでに、ウチはずいぶん修行をした。皿洗いに駆けっこ、セックスに読書、失恋に得恋、そうでなくても人間同士のぶつかり合い……馬鹿みたいなことばっかやないか。あほらし。


都美子はアカラサマに河川敷の道の上でくるりくるりと二回転します。すこしだけ周りの人たちが振り向きます。そのときです、桜の木に風があふれて、ざざあざざあと大揺れします。都美子は得意そうに笑います。健康的な生命とはこんなもんやボケェ! そう叫んでなおいっそう草木は大揺れに揺れます。うつくしいものとは汚いところから始まるのだと、都美子は確信しています。


あーあ、馬鹿らし! 俺らが生きていくのにはなにが必要だい? カップ麺にコンドーム、失われた太古のたからぶね、開かれることのなかった宝箱、夢、夢、夢……睡眠! 帰ったら寝よ。


はぁーあ。都美子はそう一息つくと、くるくるまわりながらコンビニに向かっていきます。生きていることがダンスそのものだと知って、都美子の人生はずっと幸せなんです。祝福なんです。それを知っているから、都美子はずっと口が悪いんです。あたらしい思想が彼女の中で目をさまそうとしています。それに誰も気が付かないまま、都美子はへべれけに酔っぱらおうとしています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?