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地域の一次産業の興し方 ~5つの壁を壊す、5つの場づくりの秘訣~【前編】

  「地方創生」が叫ばれ、地域の主軸産業たる一次産業・食産業にも関心が高まる中、水産業では三陸、農業では福島が、最も勢いのある(時に愛と敬意をこめて「変態」とも呼ばれる)生産者のコミュニティとして注目を集めています。
 私がやっている「東の食の会」という東北の食産業振興の団体は、累積販売800万缶・30億円超の「サヴァ缶」はじめ、食材・商品のプロデュース事業の方が知られていますが、2013年から「三陸フィッシャーマンズ・キャンプ」という、三陸水産業に携わる方々がマーケティング、ブランディングを学ぶブートキャンプを立上げ、2016年からは、それを福島の農業に横展開して「ふくしまファーマーズ・キャンプ」を行っており、そこから意思ある生産者のコミュニティを創り、新しい一次産業のうねりを生み出してきました。
 東北のリーダー生産者達は、新しいコトに挑戦し、地域の顔となり、首都圏をはじめ域外に積極的に足を運び、食べる人と直接つながり、ビジネスとしても成功し、次世代の憧れとなり、担い手を生み出しています。
 そして、今年からは、そんな彼らと大震災をきっかけにつながり、その勢いを肌で感じた熊本の方々に呼んでもらい「阿蘇ファーマーズ・キャンプ」も開始されました。
 日本の各地域で一次産業をアップデートし、地域の活力を生み出していくために、私がこれまでの活動で培ってきた、意思ある生産者のコミュニティを創る上でのポイント、それを生み出す場づくりの秘訣を、余すところなく公開したいと思います。
 この【前編】では、まず、意思ある生産者のコミュニティを創る上で、生産者の可能性を閉じ込めている「5つの壁」を壊す必要性についてお話します。

「5つの壁」を壊す

 地域の生産者のみなさんは、「クリエイター」です。私たち都市で暮らす人間が失った、自然との共生やその厳しさとの対峙を通じて培った感性や思考は大きな可能性を秘めています。しかし、多くの地域で、その彼らのポテンシャル、地域の一次産業のポテンシャルは様々な「壁」に閉じ込められています。新たな一次産業を生み出していくためには、その壁を意図的に壊し、その可能性を解放していく必要があります。

<1.「地元」の壁>

 一つ目の壁は「地元」の壁です。
 地域の生産者のコミュニティ(更に言えば、アイデンティティ)は、通常、自分の生活圏内の範囲である市町村、場合によってはより小さな単位で形成されていることが多いです。 水産業では、コミュニティは通常、「浜」単位で形成されています。同じ市町村であっても、隣の浜は敵、という捉え方が一般的です。もちろん、浜や地区、市町村といった「地元」への愛着やそのコミュニティは素晴らしいものです。しかし、新しい産業を生み出すようなリーダーの素養を持った方が局地的に一つの地元に密集しているということはないので、そういう方が何かこれまでと違う革新的なことをやろうとすると、小さなコミュニティでは後ろ指を指されてしまったり、孤立してしまったりします。
 東の食の会の生産者ブートキャンプには、そんな「地元の壁」にぶつかり、どこにぶつければいいかわからないエネルギーを抱えた生産者たちが集まり、同じ思いを持った生産者に出会い、そこで、自分たちの地元を超えて、三陸の水産業や福島の農業、さらには日本の水産業や農業全体という視座で課題を議論し、何をすべきか議論を始めました。こうして「地元の壁」を超えて、前向きでチャレンジ精神に富んだ生産者をつなぐことで、より広域で、意思ある生産者のコミュニティが生まれていきました。
 もちろん、みんな地元愛も強い人ばかりで、「地元」というアイデンティティと、より大きな県、地方、さらに言えば日本、というアイデンティティとの間で、どれを強調すればよいか悩む人もいますが、地元愛と、県、地方、国への想いは全く矛盾するものでなく、同心円状のむしろ相互補完的なもので、場面に応じて打ち出していけばよいのでは、とお伝えしています。
 隣の浜も隣の村も、競合でも敵でもなく、むしろ一緒に新しい産業を、魅力ある地域を創っていく仲間であり、「地元の壁」を壊すことで、地域の一次産業に活力が生まれてきます。

<2.バリューチェーンの壁>

 次に、バリューチェーンの壁です。
 日本の食産業のバリューチェーンは、川上から川下まで細かく分断されていて、それぞれが交わることも多くありません。一次生産者と仲卸業者/団体は、仕入れ価格を巡って利害が対立する関係になりがちです。小売店や外食店舗に直接営業をしたことがない生産者の方も多くいます。さらにその先の消費者となると、既存流通のみを使っている生産者は、自分の作ったものを誰が食べてるのかわからないという人も多くいます。
 しかし、地域で新しい産業を興していくには、一次生産者と加工業者、卸業者、飲食店・小売といったプレイヤーが連携をして、川上側で付加価値を生み出し、取り戻していくことが必要です。意思ある生産者と加工業者、卸業者、飲食店・小売は、役割が違うだけに連携しやすく、加工、流通で新たな取組が始まっていきます。
 「三陸フィッシャーマンズ・キャンプ」でも、「ふくしまファーマーズ・キャンプ」でも、敢えて参加者を「漁師」「農家」に限定せず、水産業、農業の流通に関わる人はみんな「フィッシャーマン」、「ファーマー」である、として、むしろ積極的に意思ある卸業者、加工業者、飲食店・小売の方々に声をかけました。そこから、生産者の食材を活かし、消費者ニーズをよく知る飲食店・小売の意向を踏まえて商品が企画され、優れた加工技術を持ったメーカーによって商品が具現化される、といった連携が生まれます。また、飲食店や小売がストーリーのある生産者の食材を扱うこと、さらに店頭で生産者と顧客が交流するイベントを行うことは、小売・外食店としても新たな価値創造になります。
 「6次産業化」は生産者が加工・販売を行うこととされていますが、本来、一次生産のプロと加工のプロと流通のプロが連携をして川上の付加価値を最大化するのが最も効率的・効果的なはずで、真の意味の6次産業化だと思います。食のバリューチェーンは、本来、その名のとおり、連携して価値を創っていくチームであるべきで、これを分断している「バリューチェーンの壁」を積極的に壊していくことで、地域の一次産業の新しい形が生まれてきます。

<3.「業」の壁>

   3つ目にもなるとだんだん壁が高くなっていきます。「業」の壁です。
 同じ地域の中でも、米農家(稲作)と野菜・果物農家(園芸作物)の間ではあまり交流はなく、同じ農業でも、耕種農業と酪農・畜産業ではさらに交流がないのが普通です。ましてや、農業と水産業となると、まるで別世界です。
 しかし、日本の料理を代表する寿司が、農業(米)と水産業(魚)のハーモニーであることから明らかなように、食べる人からすれば、これは何「業」か、ということなど関係なく、意味のない分断です。むしろ、食べる人が一体として食を楽しんでいるのであれば、農業と水産業は本来、連携するパートナーのはずです。
 大切なことは、「業」で分けることではなく、地域のさまざまな「業」の生産者の中で、前を向き、一次産業をアップデートしようとする人を結集することです。新しい産業を創ろうとする米農家とこれまでのやり方を続けようとする米農家より、新しい産業を創ろうとする米農家と漁師の方がよっぽど話もウマも合います。
 ふくしまファーマーズ・キャンプは、もはや農業関係者という縛りもなく、水産業の人も歓迎、という形で実施していますし、三陸の水産業のリーダーが参加をしたりもします。その中で、農・水連携も生まれ、三陸水産業と福島農業が結びつき、さらに東北全体の意思ある生産者のコミュニティに発展し大きなうねりとなっています。業態、業界、という「業の壁」を取り払い、意思ある生産者をできるだけ多くつなげることで化学反応が起こり、臨界点に達して、新たな産業が生まれていきます。まさにこれが東北で起こっていることです。

<4.官民の壁>

 4つ目の壁は、なかなかに分厚い「官民の壁」です。
 地域の生産者達と、市町村・県の役所の方々との間にも大きな隔たりがあります。どの市町村・県の役所も、地元産品、一次産業のPR、観光農業や体験漁業を通じたツーリズムの振興に一生懸命ではあるのですが、統計情報には詳しいものの、一番の魅力である個々の生産者のストーリーを知っている方、実際に足を向けて体感をしている方は多くありません。生産者と付き合いがあるとしても、既存流通組織と老舗大手企業に限られているところが多いでしょう。
 総花的になりがちな官による一次産業支援を、地域の未来のためにチャレンジしている魅力ある生産者に少しでも振り向けるようにするだけで、政策効果は大きく変わるはず。彼らが庁舎の中で内部向けの「ポンチ絵」作成や議会答弁資料作成に充てている時間の一部でも、地域の素晴らしい生産者を訪れてそれを外部の消費者に向けて発信するようにするだけで、魅力の伝わり方が全く変わるはずです。
 私たちの生産者ブートキャンプでは、役所の方々にも積極的に参加いただき、通常、役所の方々は「オブザーバーで…」となるのですが、むしろ彼らにも、自分の町や特産品をどうマーケティング、ブランディングするかを考えてもらい、夜は生産者の方々と一緒にお酒を酌み交わすことで、彼らのファンになってもらい、自ら広報マンとなるように仕向けています。「官民の壁」を壊し、役所の方は産地をふらっと訪れ、生産者も気軽に獲った作物や創った商品を「食べてみて」と役所に届けるような、そんな関係性になれば、地域は変わっていくはずです。

<5.地方と都市の壁>

 5つ目の壁は、日本の重大な壁の一つと言ってもいいかもしれない、地方と都市の壁です。この壁を壊すことは、少子高齢化をはじめとする、日本の構造的課題の突破口にもなりうる論点ですが、ここでは地域の一次産業の活性化に論点を絞ります。
 地域の一次産業の活性化にとって、経済活動の過半を占める都市への流通の確保は不可欠です。(地産地消はとても大事なことで、地域の産品がまずは地域で消費されるのは、経済的にも文化的にも望ましいことだと思います。ただ、産業を大きくしていこうという時に、地域経済のみに頼るのは、地域の可能性を閉じてしまいます。東日本大震災の後、各市町村の復興のスピードには大きな開きが出ましたが、早く産業が立ち上がったところは、域外、特に首都圏との経済取引を一早く回復した市町村でした。)
 しかし、地方の生産者と都市の生活者(消費者)は、地理的にも、バリューチェーン上でも、最も遠く離れた存在となってしまっています。この「地方と都市の壁」を乗り越えて、生産者が都市の生活者のところへ出向き、地域の自然の素晴らしさ、生産の方法、食材の美味しさ、そこにかける想いを伝えると、その生産者、地域のファンが生まれ、実際にその地まで足を伸ばす人が出てきます。今は、生産者とのつながり、地域とのつながりを求める人が都市に増えており、コロナ禍後、本質的なことがより求められていくとすれば、この流れは加速することはあっても、逆戻りすることはないでしょう。
 三陸水産業のリーダーたちは、震災後、早い段階から積極的に東京に出向き、飲食店や小売の店頭で直接PR販売を行いました。「三陸フィッシャーマンズ・キャンプ」でも、マーケティング・営業の実践として、東京でお客様イベントを開催し、三陸の生産者達が直接、首都圏の生活者に、自分たちの食材の安全性と美味しさ、そしてそれを作っている想いを伝えることを繰り返し行いました。そうして信頼を得、ファンを得て、三陸水産業は「顔の見える水産業」、「食卓に最も近い海」となり、これまでにない水産業の形を、地方と都市が一体となって創っています。今では、福島の生産者たちも含め、東北の生産者による東京でのファン・イベントは、日常的な風景となっています。
 こうして、人のつながりを創り、ヒトの流れを創り、「地方と都市の壁」を壊すことで、モノとカネの流れも生まれていきます。これが、地域の一次産業の活性化、もっと言えば、地域の生き残りの鍵を握っていると思います。


 こうして、地域の前向きな生産者達の可能性を閉じ込めている「地元の壁」、「バリューチェーンの壁」、「業の壁」、「官民の壁」、「地方と都市の壁」の「5つの壁」を壊して意思ある生産者のコミュニティを創り、広域で連携し、バリューチェーン全体で連携し、農業・水産業で連携し、官民で連携し、地方と都市で連携をすることで、地域の一次産業のポテンシャルを解放し、アップデートをして、活力ある地域経済を創っていくことができます。

 私たち、「東の食の会」としては、そのような地域が一つでも多く増えることに全力でコミットしたいと考えており、「ファーマーズ・キャンプ」「フィッシャーマンズ・キャンプ」を自分の地域で開催したい、という方がいましたら、是非、東の食の会事務局 ( info@higashi-no-shoku-no-kai.jp ) までご連絡ください。

 【後編】では、このように5つの壁を壊していく勢いあるコミュニティを地域で生み出すための「場づくり」の秘訣を公開します。



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