プロレスはUXの最高の教科書だ!-分析編:ハマるしかけ(になぞらえて考察)
プロレスの3回目は分析編です。デザイナーがプロレスから何を学べるかを整理してみたいと思います。
UXの設計で参考にしている人も多いらしい『ハマるしかけ』という本がありますが、この本で書かれているプロセスに沿って、プロレスのUXとしての工夫をデザイン・ストラテジー的な視点から整理しつつ、かつ関連性がある他の本もいろいろつなぎ合わせて紹介してみます。
ハマるしかけ
ニール・イヤール、ライアン・フーバー(著)、 Hooked翻訳チーム(訳)
翔泳社 2014.05
1.Triggerのしかけ
ユーザーがサービスを知るはじめのキッカケになるTriggerでは、ブシロードの攻めの宣伝や棚橋選手のさわやかなプロレススタイルが参考になります。「何かプロレス盛り上がってるらしいぞ」とか「前とはちょっと違う感じだぞ」と思わせることで、昔好きだった人や今まで興味のなかった層にも関心を持たせています。その結果、潜在ファンの幅を広げたことにつながりました。しかけとしては、こんなところ。
・(すでに)流行ってる感の広告
・これまで試合を観にこなかった層(女性など)の関心を集める
勝手に流行らせることは、マイブームの生みの親・みうらじゅんも同じように言っていました。「え、知らないの?」と言い続けて、浸透をさせてきたのだとか。
ターゲット層を広げる考えは、USJの経営V字回復の取組みの本が参考になります。こちらは論理的な分析をもとに決められた経営戦略です。
2.Actionのしかけ
次にAction=行動を起こしてもらうようはたらきかけます。ここは復活前のユークス時代に整えた、オンラインチケット販売や自前コンテンツをつくる体制のおかげで、伝えたいメッセージを届けられる環境が整い、かつ選手たちがtwitterを駆使して自分の言葉で届けて、メディアへの誘導やコミュニケーションにつなげています。
・充実したホームページ、試合結果のダイジェストを動画で視聴できる
・テレビ出演、選手のSNS発信、芸人など外部の力を借りた話題づくり
スタイルが一貫してブレてない選手。かつ1対1の関係で結びつきを強くしている新日本プロレスの取組みは、ファンとの接点を大切にして気持ちを込めてつないでいることが学べます。これはD2Cビジネスの流れにも多くの共通点があります。D2Cについてはこちらが参考になります。
ちなみにプロレスは言葉でのパフォーマンスも見どころの一つでもあり、他の格闘技にはない独特な面白い文化です。活字プロレスという言葉もあるくらい、言葉は有効なツールであり、それを関係づくりに活かしています。
3.Rewardのしかけ
Rewardとは報酬=何が満たされるのか(お金だけではない)を意味します。プロレスでは試合観戦の興奮が該当しますが、ここでもしかけがあります。
もとよりプロレスはファンのための格闘技で、強いだけでは不十分です。絶望の中から逆転ドラマがあったり、観客が待ち望んだ必殺技が最後に決まるのを楽しみに観戦をしています。そして選手はその期待にこたえる。その関係に観客の欲求は満たされます。具体的にはこんな点、
・ハラハラするけど怖くない試合で、幸せな気持ちで世界観を味わえる
・選手のスタイルが一貫している(だけど試合を通じて変わっていく)
だけど試合は演劇ではありません。よく台本があるとか言われますが、あろうとなかろうと、選手のぶつかり合いを目の当たりにしたらそんな風には思えないし、魅せるパフォーマンスと本気の闘いの境界がギリギリにあるところにこそ、Rewardの魅力があるのだと思います。ここがうまい選手がヒーローになる図式も見えてきます。
ジョジョの作者である荒木飛呂彦先生は、マンガはストーリーの中で必ず主人公がプラスの方向に進んでいないと読者がついていかない、と述べていました。物語の途中ではハラハラドキドキがある、でも最後には前向きな気持ちにさせる展開になっているから観たくなる。プロレスはそれを体現しているといえます。
4.Investmentしたくなるしかけ
最後はInvestment=投資ですが、これもお金だけでなく時間や支援などユーザー自身が主体的に関わり費やすことを意味します。
観ただけで終わりにさせないのがプロレスの面白いところです。試合後のインタビューで意味ありげなコメントを言ったり、今回は負けても次は勝つという意気込みを語ったり(他のスポーツだと敗者は反省の弁を述べるけどプロレスは負けてもなぜか勝気)常に次があるので、ファンは選手に時間や応援の行動を費やします。
選手がその後も活躍できるかはファンの応援次第です。期待が高まるほどそれに応えていい試合をするだろうから。この関係はもはや運命共同体で、前に紹介したファンベースの本の中でいう身内の状態といえます。
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という感じでハマるしかけで紹介されているプロセスでプロレスを(←意図的に韻を踏んでみてた)まとめてみました。
この本はWebサービスやアプリなどを対象に書かれていますが、UXであればすべてに共通することだと思うので、プロレスのように他の事例に当てはめてみることで、より理解が深まるのではないかと思います。
で結局、何が学べるのか
UXやビジネスイノベーションを学ぶための事例は、世の中に多くあります。ですが代表的な事例は、傾向としてお行儀の良い感じのものや美しすぎるものになりがちです。(個々の事例自体はすばらしいので否定しているわけではありません)
対してプロレスは、言ってしまえばお行儀が悪い(笑)。だけどそこに人間だからこその濃いエッセンスがあると思っています。例えば
・ハラハラやドキドキを訴求する(上品なだけでは心が動かされない)
・清濁併せ呑んだ世界(悪を排除せず同居したあり方を考える)
・勝敗よりも人気が重要(ただ強いだけではファンは喜ばない)
といった点です。これらはメソッドやノウハウには落とし込みにくい要素だからこそ、誰にでも真似られるものではなく、お行儀の悪い事例だからこその学びだと思っています。
ちょっと観点は違うけどマーケティングでも、人はそれほど単純ではないからこそ奥が深いということを述べている本もあるので紹介します。
あらためて見返してみて、グッとくること書いていたので再喝します。
1. 消費者の思考プロセスは合理的で直感的(ではない)
2. 消費者は自らの思考プロセスと行動を説明できる(はずがない)
3. 心・脳・体・文化・社会は独立した事象で扱える(わけがない)
4. 消費者の記憶には経験が正確に表れる(ほど立派な人はいない)
5. 消費者は言葉で考える(と思っているのはマーケターだけ)
6. 消費者はマーケターの思った通りのメッセージを解釈する(と信じたい)
デザイン教育のバックグランドがなくてもUXデザイナーの肩書きを持つ人は多いですが、多様性があるのは良いことだと思っています。ただ、UXはフレームワークや理論だけで組み立ててできるものではない、ということは強く主張したいです。
持論ですが、プロのUXデザイナーは何が違うかというと、「人間の非合理で感情的で説明がつかないような行動や気持ちのカオスな状態を、商品やサービスの体験価値に落とし込める人」だと考えています。そしてこのスキルを身につけるためにプロレスは生きた最高の教科書でないかと考えています。
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以上、なんか色んな本の紹介を雑多に組み合わせてみました。
もし周りで、理屈ではそうかもだけど何かしっくりこない、と思っている人がいたら「とりあえずプロレス観に行かない?」と誘ってみましょう。きっとUXのコツに気づくはず。(まずは自分が観にいかないと)
デザインとビジネスをつなぐストラテジーをお絵描きしながら楽しく勉強していきたいと思っています。興味もっていただいてとても嬉しく思っています。