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使いやすさのためのデザイン|読書体験のデザイン

2004年5月に、「使いやすさのためのデザイン―ユーザーセンタード・デザイン 」という本を丸善株式会社より出版しました。編著者は日本IBMのメンバーの吉武 良治、松田 美奈子、山崎 和彦の3名ですが多くのメンバーの協力により完成しました。本は読書体験のためのプロダクトだと考えています。この本のデザインについて思い出して書いてみます。

IBMの再生

この本の背景から話をはじめたいと思います。僕が1983年12月に日本IBMに転職して10年後の1992年はIBMは最悪の年でした。赤字が膨大になり多くのメディアはIBMは倒産すると予想していました。僕も同僚からIBMは倒産するかもしれないので転職するか自分達で会社を作るようなことも考えた方がよいと言われました。

そして、IBMを再生するために1993年4月にRJRナビスコ会長だったルイス・ガースナーがIBMの会長兼最高経営責任者(CEO)に就任してIBMの変革の年がはじまりました。ガースナー会長が一貫して強調していたのは、「顧客第一主義」の視点でした。彼は顧客満足度が高くない企業は、財務面でもそのほかの面でも成功を収められないと考えていたのです[1]。

この変革に対応するためのデザイン戦略は、IT製品だけに留まらず、サービスまでをも考慮したより広い視点のデザイン活動と企業ブランドの再構築です。1993年から企業ブランドの再構築とUCD(ユーザーセンタード・デザイン:User Centered Design)の導入を実施し、この新しいデザイン戦略が再生の原動力の一つとなりました[1]。

UCDの伝道師


僕はこのUCDを日本で広めるための伝道師になるべく、米国でUCDの教育を受けました。ただ、IBMではブランドとしてのデザインはニューヨークにあるIBM本社のデザイン部門が担い、UCDはトロントにあるソフトウェア部門のデザイン部門が担っていて必ずしも両輪とはなっていなかったです。僕がラッキーだったのは、日本IBMのデザイン部門では両方のデザイン部門と連携がとれていたことです。

これは日本でHCDやUXデザインの活用が必ずしもうまく行っていないことことにも関係があります。HCDやUXデザインに関わっている人達はブランドという視点が弱く、ブランドのデザインに関わっている人達はHCDやUXデザインの活用がうまく行っていない場合が多いのです。「企業で使いやすさのためのデザイン」を目指すにはこの両輪が大事なのです。

使いやすさのためのデザインの本に向けて


当時は、日本IBMの大和研究所の技術推進という部門に「人間工学部門」と「デザイン部門」があり、この二つの部門が協力して使いやすさのためのデザインを推進していました。この本もこの二つの部門のメンバーが協力して作ることになりました。そこでは下記のようなことを検討していきました。

1)「企業で使いやすさのためのデザイン」を目指すにはUCDとブランドデザインの両方が大事で、その二つの概念の統合を目指しました。そして「日本にふさわしいUCD」の概念を整理する。
2)この本は学術書ではなく実用書として企業の現場で役立つことを目標として、UCDの概念だけでなく、IBMにおけるUCDの具体的な事例を紹介する。
3)UCDを実践した本として、本が分かりやすく魅力的な読書体験となる本を目指しました。特に視覚化を考慮して、親しみもある構造化したビジュアルを活用する。

最初の企画書

2003年10月ぐらいに、有志のメンバーと相談してこの本の企画書を書きました。企画書の目的は協力してもらう社内のメンバーと情報共有と、丸善社に提出して出版企画を通してもらうためのでもあったのです。
■ タイトル案:
お客様の視点に立った開発デザイン手法
ユーザーセンタードデザインの手法と事例
■本の目的:
・世の中に、使いやすさための手法の存在を知ってもらう。
・UCDおよびUCDの手法について、世の中に紹介する。
・IBMのUCD手法の存在と事例を知ってもらう
■対象ユーザー:
・ユーザビリティに関心のあるマネージメント、企画担当者、開発担当者
・ユーザビリティに関心のあるデザイナー、ユーザビリティ関連者
・ユーザビリティを学ぼうとする学生
■本の概要
候補の出版社:共立出版 スケジュール:2004年6月発売予定
発行部数:初版1500部 定価:2800円
全体の編集責任:山崎和彦 コアメンバー:山崎和彦, 吉武良治、松田美奈子
ページ数:200ページ程度
■スケジュール案
11月11日(火)全体構成・フォーマット決定
12月01日(月)一章および二章のドラフト原稿完成
12月19日(金)すべての章のドラフト原稿完成
12月25日(木)全体の読み合わせ修正検討
1月末に最終原稿
5月に出版、6月に発売
■内容案
はじめに(2p)
一章:UCDの概要 (48p)
二章:UCDの手法(18x4=72p)
三章:UCDの事例 (66p)
四章:今後のUCD(24p)
関連資料:参考書籍 (6p)、関連書籍(3p)。参考書籍(3p)

日本にふさわしい使いやすさのためのデザイン


苦労したことの一つは、米国IBMのUCDを基本にしながらも、日本にふさわしい使いやすさのためのデザイン(UCD)を構築することでした。そのために下記の4つの視点を考慮することが大事であると考えました。そしてそれをわかりやすくするために構造化して視覚化をしました。この視覚化は現在でも十分にに価値がある視覚化であると思っています。

1)「UCDのプロセス+手法+チーム」という構成にする
米国IBMのUCDはUCDの法則とプロセスが主体の構成でした。日本ではそれだけは理解してもらえず、必ず「誰が、どんな風にやるのか」と聞かれます。それを考慮して、UCDの法則とプロセスに「チーム(誰が)」と「手法(どんな風に)」を加えた構成にしました。図は「対象となる人」を中心に、プロセス、手法、チームを構造化して視覚化ました。

UCDの構成図[2]

2)ユニバーサルデザイン、ブランドデザイン、魅力的なデザイン(スマイルデザイン)とUCDとの関連を整理する
日本でとても普及しているユニバーサルデザイン、ブランドデザインや魅力的なデザイン(スマイルデザイン)とUCDとの関連を構造化することによって、UCDが多様なデザインの基本構造になっていることを理解できると考えました。UCDの構造化を基本にそれぞれのアプローチを視覚化しました。

ユニバーサルデザインとUCD[2]
UCDとブランドデザイン[2]


UCDとスマイルデザイン[2]


3)開発プロセスにUCDを組み込んだ構成にする
UCDを成功させるには開発プロセスとの連結が不可欠です。IBMでは1993年より統合製品開発(IPD:Integrated Product Development)を導入し,UCDを商品開発における重要な取り組みのひとつと捉え,その活動を推進してきました。ここでは統合製品開発とUCDの関連を構造化しました。ただし現在のアジャイル開発という視点ではこの図は修正した方がよさそうです。

統合製品開発とUCD[2]


4)ISO13407の概念を考慮した構成にする

米国ではISOについて考慮する人は多くなく、場合によってはドイツの非関税障害ぐらいに思っている人達もいました。しかし、日本ではISOに対する信頼があり、使いやすさについてもISO13407(JIS Z8530)を基本に考えるべきだと考える人は多かったのです。そのためにも、ISO13407とUCDの関連性を整理しました。

UCDとISO13407(JIS Z8530)との対応[2]

この本の読書体験

こうして、2004年5月出版して6月より正式な発売になりました。この本の「はじめに」と「この本の歩き方(この本の対象ユーザーと読書体験)」を掲載します。三つの対象ユーザーがそれぞれの方法で、この本の読書体験を楽しんでもらいたいと考えたのです。

1993年、多くのユーザを他社に奪われ、著しく売り上げを落としていたIBMは、その状況を打破する策の1つとして、ユーザ中心のものづくりの概念を体系的に具現化した「ユーザーセンタード・デザイン(UCD)」という取り組みを全社的に導入、その効果を具現化した商品やサービスを次々と送り出し成功を収めた。本書は、このIBMの起死回生への原動力となった「UCD」の基本から、ノートPC「ThinkPad」・ホームページ作成ソフトウェア「ホームページ・ビルダー」など使いやすさで成功した7つの具体的事例の紹介、成功するためのプロセスや調査・分析、デザイン、評価手法、専門家を主体としたUCDチームづくり、そしてUCDのユニバーサルデザインやユーザーエクスペリエンス・デザインへの展開や ISO13407、JIS Z8530といった規格とのかかわりなどについて、日本アイ・ビー・エム(株)のUCDチーム自らの手により詳しく解説したものである。商品開発・webサイト制作・ソフトウェア開発を革新したい人にとって必読の書。

「使いやすさのためのデザイン」のはじめに[2]
この本の対象ユーザーと読書体験

この本のUCDとチーム

この本の最後には、「この本のUCD」というページがあります。本というプロダクトを開発するプロセスにUCDを活用しました。そのプロセスも整理して紹介しています。そして、「この本UCDチーム」にはこの本のデザインに協力した多くのメンバーの名前が記載されています。この本に協力していただき感謝します。

この本のUCD[2]

この本のチーム[2]

この本の制作途中の2004年3月に日本IBMの大和研究所にデザイン部門と人間工学部門をコアにして「ユーザエクスペリエンスデザインセンター」が生まれました。この本が一つの部門になるためのバウンダリオブジェクトであったかもしれないと見ることもできるかと思います。本を作る過程で多くの議論があり、共通の思考として本という形に整理されていったのです。本は思考を整理する道具としても位置付けることができます。本の体験は、読む人だけでなく、作る人にも新たな体験を生んでいくことを実感しました。

[1] 山﨑和彦、他「IBMの思考とデザイン」丸善出版(2016.09)
[2] 山﨑和彦、他「使いやすさのためのデザイン―ユーザーセンタード・デザイン 」丸善出版(2003.05)


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