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忙しくしがちな私たちを「休ませるデザイン」|後編:デジタルデトックスとパワーナップ

パンデミックが収束し、人々が旅行熱を取り戻す中、「スリープツーリズム」*¹が新たな旅のトレンドとして浮上している。「快眠」も目的とした旅行スタイルで、近年のウェルネスツーリズムの一環で生まれたようだ。実際にどれほど流行っているのかは不明だが、コロナ禍をきっかけに睡眠不足や不眠を自覚する人が増えたことも関係し、主にホテルが睡眠に価値を持たせたサービスを展開し始めている。

出典:https://www.hyatt.com/en-US/hotel/new-york/park-hyatt-new-york/nycph/rooms/suite-rooms-park-hyatt-new-york/suites/one-bedroom-sleep-suite-by-bryte

ニューヨークのパークハイアットホテルは昨年、Bryte Balance Smart Bedを導入した「Bryte Sleep Suite」の客室を新設している。ユーザーの睡眠状態を検知し、それに応じてマットレス下に内蔵された90個ものクッションが上下することで、体圧を分散し、適切に体を支えるこのAI搭載のIoTベッドと、アロマやヒーリングミュージックとの相乗効果で、お客様を快眠に誘うというサービスだ。ウェルネスを重視する同ホテルの姿勢を表すと同時に、このベッドの販売促進にもなる一石二鳥の取り組みでもある。

出典:https://www.bryte.com/bryte-balance

他にも、2020年にロンドンのピカデリーサーカスに誕生したバジェットホテル「Zedwell」がある。このホテルでは、客室を街の喧騒から完全にシャットアウトするために敢えて窓をなくし、遮音性を高めた静かな空間で、心身を休ませることに専念することを奨励。木製パネルのコクーンの四隅に配した間接照明は、時間帯に応じて光の色や量を変え、概日リズムを整える仕様になっている。

出典:https://www.instagram.com/zedwellhotels/

まるで瞑想空間のようなこの客室には、テレビなどの娯楽用品もない。近年は、宿泊中にスマホを預けるデジタルデトックスプランを提供するホテルが増えてきているので、思い切って電波を切ってみるのも有りかもしれない(劇場などでは既にそうしていることだし…)。窓からの眺望が楽しめない客室をこのような空間にするという考えもできそうだ。

出典:https://www.zedwellhotels.com/

設計は、東洋的な趣きのあるシンプルで優美な空間を手掛ける上海の建築設計事務所 Neri & Huが担当。瞑想人気も影響してか、最近はこうした、日本の「侘び寂び」の侘び=不足性、寂び=静寂性の美意識も感じさせる非日常空間の需要が高い。


スリープツーリズムもポケモンスリープも、人々や社会の「積極的に休もう」という機運の高まりを示している。とかく忙しくしがちな私たちを何とか休ませようとするデザイン。これは「睡眠」に限らない。前編では、帰宅してから寝るまでの間の「夜の自由時間」にフォーカスした製品やサービスについて述べた。

今回は、この「休ませるデザイン」の以下の3つの観点のうちの「デジタルデトックス」と「パワーナップ」について具体例を挙げてお話しさせていただく。

① 夜の自由時間にフォーカス(⇒前編)
② デジタルデトックス
③ パワーナップを奨励


② デジタルデトックス

出典:https://weare.lush.com/jp/lush-life/our-company/information/social-sign-out/

英国のナチュラルコスメブランドLUSHは、2021年にFacebook、Instagram、TikTokの公式アカウントを停止した*²。意図的に負の感情を煽るよう仕組まれていたFacebookのアルゴリズムの問題が、内部告発によって露呈したことが一つのきっかけになったようだ。

出典:https://www.hotspot-titanium.co.uk/blogs/blog/lush/

LUSHのスパ施設の壁面には、自分だけの時間を持ち、集中して心身をいたわることを伝える ”Slow down to Speed up” のメッセージが掲げられている。


倫理的な生産活動を理念とするLUSHは、SNSのアカウント停止以前からウェルネスを重視した商品開発を行っている。2018年に発売された、名物のカラフルでユーモラスなデザインのバスボムの派生商品である「Shower Bomb」は、シャワーのお湯で溶かしながら体に馴染ませると香りが浴室に充満し、入浴剤効果が得られるようにした。スキンケア成分が配合され、ボディソープとして使える。

出典:https://www.lushusa.com/shower/shower-bombs/

入浴はシャワーだけで湯船に浸からない人も多いことに着目し、手短に済ましてもリラックスできるようにしたのだ。これを知った時に目の付け所が良いなと感心した。まさに、多忙な現代人を休ませるデザインである。わたしは数年前にシャワーヘッドをマイクロナノバブルのものに交換したのだが、あれも考えてみれば、時短とウェルネスを両立させるプロダクトだ。

出典:https://i-feel-science.com/mirable-zero/

入浴時間を充実させることもデジタルデトックスに有効だ。スマホの防水仕様が当たり前の今となっては、お風呂でもスマホを見てしまう人もいるのだろうが…


デジタルデトックスの対策には、大きく分けて2つの方向性があると考える。

1つは、LUSHの事例のように「スマホの存在を忘れられる時間を作る」こと。もう1つが、「スマホをいじれない状態にする」ことである。一定時間、強制的にスマホ断ちさせるタイムロッキングコンテナやアプリも普及しているが、わたしが個人的に気に入っているアイデア商品がある。インテリア性の高い小物を開発・販売するフランスのメーカーLEXONのワイヤレス充電器「OBLIO」だ。

出典:https://lexon-design.com/en/collections/oblio/

パンデミック前の2019年に発売された製品。充電中にスマホのUV除菌を行えることもタイムリーな付加機能だった。だが、それ以上に、この「壺型のデザイン」にデジタルデトックス効果があったことが画期的だと感じた。これでは充電中にスマホに触れないからだ。この効果は、デザイナーも想定外だっただろう。

出典:https://lexon-design.com/en/collections/oblio/

タイムロッキングコンテナほどの強制力はないが、見た目も作法もこちらの方が「エレガント」である。


③ パワーナップを奨励

出典:https://ostrichpillow.eu/products/original-napping-pillow

スペインのOstrich Pillowの「ダチョウ枕」が発表された時には驚いた。デスクに突っ伏して寝られるように設計された、布団状の被り物仮眠アイテムである。利用イメージ画像を見て思わず笑ってしまった。だが、仕事中に仮眠を取ることがまだ認められていない2013年に積極的な仮眠=「パワーナップ」を提案した点で、同社は先駆者だったと言える。

出典:https://ostrichpillow.eu/products/original-napping-pillow

出典:https://napyork.com/

その後、2018年にはニューヨークに仮眠施設「Nap York」が開業した。日本のカプセルホテルにインスパイアされた就寝用ポッドやリクライニングシート、ハンモックを設置した空間で、都会のど真ん中で仮眠できるという斬新な試みだった。

出典:https://napyork.com/

ポッドの天井には、星空のようにLEDが散りばめられている。


出典:https://ninehours.co.jp/narita/

カプセルホテルの本家本元の日本では、「9h(ナインアワーズ)」が2009年の開業時から仮眠利用も提供している。2014年には、成田空港にも開設された。空港にこそ必要な施設である。わたしは、赤坂の店舗に宿泊したことがある。トイレに行くにも抜き足差し足で歩かなければいけないのが若干苦痛だったが、目の前に広がる非日常的な光景には、心躍るものがあり良い経験になった(コロナ前だったので、海外からの旅行客が多かった)。


出典:https://draft.co.jp/projects/netmarketing https://officee.jp/magazine/net-marketing/

今では、オフィスに「仮眠室」を設けるケースも見られる。アフェリエイト広告コンサルティング会社のネットマーケティングの2018年からの新オフィスには、ちゃんと横になって寝られる仮眠専用個室が設置されている。つい最近、立ち姿で寝られる仮眠ボックス「Giraffenap」が話題になった。同製品の公式サイトにも書かれているように、米コーネル大学の社会心理学者ジェームス・マース氏が提唱した「パワーナップ」は、NASAが行った実証実験でもその効果が認められ、26分の仮眠を取ったパイロットはパフォーマンスと注意力が34%、反応時間が16%改善されたことが報告されたそう。

出典:https://g-nap.com/

生理時に眠くなる女性には特に、オフィスに仮眠室が必要に思う。体調が悪いのに無理して仕事を続けると効率も下がるので、女性に限らず仮眠場所があるのが望ましい。健康経営を推進する企業は、スペースさえ許せば考慮すべきことではないか。できれば横になれると良い。要は学校の「保健室」みたいなものだ。


出典:https://airnz.sharefile.com/share/view/s00ac933b00fd43eea7562b375fbf6f8d

また、旅客機のエコノミークラスの乗客にも快眠を提供する具体策も検討されている。ニュージーランド航空は昨年、エコノミークラス用のスリープポッドのアイデアを発表した。3段式ベッドを2列配した定員6名のポッドで、ファースト/ビジネスクラスの乗客のように体を横にして眠ることができる。2024年に導入予定で、追加料金を支払うと利用できるそう。6名限定なので争奪戦が予想されるが、頻繁に渡航するジェットセッターには、嬉しい新サービスなのではないか。

出典:https://www.youtube.com/watch?v=Se6uehzy5K0

まだまだ開拓の余地がある「休ませるデザイン」

睡眠一つを取ってもこのように様々な場面での潜在ニーズが開拓されていることがわかる。完全自動運転が実用化した暁には、自動車にも良質な仮眠の提供が求められるだろう。

スポーツ用品メーカー、アンダーアーマーが2017年に発売した「Athelete Recovery Wear」のことに前回触れた。 筋肉の動きをサポートする看板商品のCompression Wearとは対照的に、遠赤外線効果で就寝中に筋肉疲労をリセットするスリープテック製品だ。

出典:https://www.youtube.com/watch?v=cfzY9TQjYRw

今考えると、これもポケモンスリープ同様に「朝起きるのが楽しみになる」商品だ。

2021年に発売され、Z世代を中心にヒット商品となったi-ne社の「YOLUシャンプー」も就寝中の美髪効果を朝起きて確かめる楽しみをユーザーに与えていそうだ。夜が明け始める頃の深夜を思わせるラベルのデザインも夜間美容の期待感をうまく表現している。

出典:https://yolu.jp/

ポケモンスリープの睡眠リズムで、2週連続で痛恨のFランク判定を受けてしまった筆者もこれを機に心身を休ませることに努めたい。世間がおやすみモードの最中にオフィスに来てこれを書いている時点でアウトな気もするが、前編後編合わせてお伝えしたこの「休ませるデザイン」の動向が、みなさまのお仕事や休暇、休息時間の何かしらのヒントになれば嬉しい。また、皆さまが今、素敵な休日を満喫されていることを心から願う。

《脚注》
*¹ 参考文献:Forbes JAPAN「疲れた旅行者のための『スリープ・ツーリズム』、米国で人気上昇中」2023.3.7 https://forbesjapan.com/articles/detail/61412
*² LUSHのSNS公式アカウントでは、過去の投稿の閲覧は可能。

NewsPicksトピックス 2023.8.11掲載記事より転載(筆者:本人)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。(o^∇^)ノ

人々や社会を幸福にする手段としてデザインを捉え、気づきを発信しています。デザインの面白さや可能性をデザイナー以外の方々にも感じていただけたら幸いです。
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