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#5 雨下の迷い者たち

 「あ! ウール! 連れてきてくれたんだ!」
扉を開けたとたん、そんな舌足らずでかわいらしい声が聞こえた。小柄な女の子が屋上に立っている。ほかの子と比べて茶色な髪を肩くらいまでのばし、鼻の上にそばかすがちっているのが見えた。僕だって、背はそんな高い方じゃないけど、それでもこの子はすごく小さい背丈をしている。名札の色が赤色なのが見えて、学年は一つ下の一年生だとわかった。
「こんにちは、あたしは、天ノ宮シユっていうの」
あ、この子が天ノ宮さん? そう、隣にいるウールにたずねようとしたが、そこにウールはもうおらず、おすまし顔で(猫って、そんな顔できたんだ)、その女の子の隣にしゃんと座っている。できるしもべ、みたいな感じだ。
「えっと、僕は、雨森ユウキ。それで、何か用があったんだっけ?」
「そう、いきなりごめんね。少し聞きたいことがあって……。あたし昨日たまたま見てたの。ユウキくんが女の子助けてたところ。あの動き、普段からできる?」
ぎくり。別に隠してたわけじゃないのに、なぜか心臓の音がはやくなる。僕のあの力は普段からのものじゃないって、なんでわかったんだ?
「え、あ、うんと」
語尾をにごらすと、それにかぶせるようにシユは声を響かせる。
「雨の日だけ、でしょ?」
「え?」
今まであやふやだった何かの形が見えてくるような気がした。思わずうなずくと、シユはうれしそうに目を輝かせた。
「やっぱり! いやあ、あたしも確信はいままでなかったんだけど。でも今、分かったよ。
ねえユウくん! あなたはアメヨミだよ!」
……? あ、あめよみ? まただ。知らない単語が出てくる。
「それって、なに?」
そう聞くと、シユは困ったように苦笑いをして考えこみ、やがて話し出した。
「うーん、例えば、本だったりゲームだったり、食べ物だったり運動だったり。人間はそうやって、いろんなものから力を得て生きてるのは、なんとなくわかるよね? それと同じように、世界中のすべての動物、植物、物も、力を吸収したりされたりして生きてる。そういう単純な理屈で、アメヨミは雨の持つ力を吸収して使うことができるの」
「雨の力ってのは、いったい何?」
興味がだんだんわいてくる。気づけば食い気味に質問していた。
「雨ももちろん、生き物とか物とかから力を吸収できるの。雨の力ってのはまあ、そんな、世界中のいろんなエネルギーの混じっている力のことかな。
 雨の力が普通の力と違うのは、雨の力にはたくさんの力が混ざりすぎてて、普通の生き物には使いこなせない、ってこと。雨の日に考え事とかしちゃうのも、眠たくなるのもそのせい。一気に大量の力が流れ込んで心が困ってるんだよ。世界のいろんなところで生み出された、ほぼすべての力が混ざってるんだ、当たり前だよね。まああと、事故の数が、雨の日だと五倍に増えるんだけど、それも少し影響してるかな」
それで! とシユは僕を元気よく指さす。
「唯一、そんな大量の力から、今必要な力を選び出して、使いこなすことのできる人こそ、アメヨミなんだよ!」
ああ、そうか、となぜかすぐに納得できた。昨日のランナーも、雨の力だったってことなのか。みたことない、いったことない情景をみるのも、そのせいか。普段はあんな動き、僕にはできない。昨日の一件も、もしかしたらそういうことだったのかと思えてきた。
「でもなんで、それ雨の日だけなの? ふつうはさ、食べ物だって、食べてる最中のみ食べ物の力使えるってわけじゃないじゃないよね?」
「あーそれちょっとたとえが悪かったね。まあだいたいの力は体に蓄積されてくんだけど、雨の力は特殊でね、アメヨミは力を、雨降りの日だけ吸収して使うことができるの。そりゃ、世界中のすべての力を吸収して、その人最強になっちゃったらいろいろまずいでしょ。しかも、一度に二つ以上の力は訓練しないと使えない。昔はそういう人も多かったみたいだけど、今はまず聞かないよね」
へえ、と声にならない声を出す。聞いたこともない名前に自分を当てはめることは難しいけど、うなずけてしまうくらいに思い当たる節が多い。それに、自分がもし「アメヨミ」なら、合唱コンサート当日、雨降らして世界のどこかの天才ピアニストの力も使うことができるのかもしれない、とふいに思った。
「それでね、」
ここからが本題だ、と言わんばかりにシユはこちらを見上げる。目をショートケーキの上のいちごみたいに輝かせて、こう続けた。
「あたしは代々活躍してる雨ふらしの一族、天ノ宮家の娘なの! 昔からアメヨミとか雨ふらしとかのことを『雨使い』っていって、タッグを組むとヒーロー扱いされてたんだって! あたしと君、いいコンビになるよ!」
うんと、なに? アメフラシ? そして、今日初めて出会った女の子と僕がいいコンビになる?
「どういうことか一から説明してくれる?」
「うん、じゃあ、見てて!」
百閒は一見にしかずだしー! そういうと、隣でウールが猫らしいのびをして、ううーとうなった。その瞬間、ウールは光に包まれて、気が付くと水色の杖になっていた。
「ええ、ウール⁉」
水色の杖と言っても、魔法の杖のようではなく、おばあさんが歩くときに使う杖、といった感じだ。取手の部分が丸くなっている。その杖を持ち上げて、シユはとんとんと二回、地面をたたく。たたきながら、耳を澄ましても聞き取れないくらい小さな声でこうつぶやいていた。
「空は遠く、大地は赤く。風が謳うように、この地に恵みを」
すると、シユも同じように光に包まれて、気づいたころには、服装が変わっていた。


続く
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