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古代ローマ 高貴すぎる女奴隷の人生

古代ローマのそれぞれの階級の人々がどう思って、どう行動していたのか。
史実を元にした大河エッセイです。

西暦100年前後の帝政ローマに生きた人々。
様々な立場や境遇、考え方から見た古代ローマを覗いてみてください。

大金持ちの奴隷

権勢のある大きな屋敷というのは、パラティウム(皇帝官邸)さながらと言われています。私の住むドムスやヴィッラ(屋敷・邸宅)も官邸ほどではないですが結構な規模で、沢山の奴隷が召使として働いているほか、会計士、教師、執事、調理師、庭師などこれまた数えきれないくらいの役割の専門家奴隷が働いています。

そして実を申しますと、私もその奴隷の1人に過ぎません。
厳密には私にはラテン権(市民法によらない解放奴隷身分)というものがあるのですが、それは法的に奴隷と変わりません。

でも他の奴隷のように何か特別な役割が与えられたり、下働きしたりもせず、あるいはよくあるように夜の悦びのお相手をすることすらありません。

ご主人様らと共に食卓に着くことすらあり、場合によってはパーティで家族同然として紹介されることもあります。

生まれながらの奴隷

私の出自は不明です。気が付いたころから奴隷であり、奴隷とは何かというものが分からない歳で今のご主人様に買われました。

ご主人様は具体的な金額を申しませんが、風の噂で相当な高値で購入されたと聞いています。

奴隷商人たちはゴミ捨て場で拾ってきた子でも「高貴な産まれだ」と適当な嘘をついて、高値をつけることで知られています。

しかし、ご主人様はどうやら私を奴隷市場とは別の「しかるべきルート」で仕入れたらしく、それを聞いてますます私の出自が分からなくなっております。

結婚相手として

ところで私は今13歳。
ご主人様の妻となるべく、高貴な婦人としての英才教育を幼少から受けています。ご主人様からはいつかは妻にすると申し付けられておりますが、もし本気でおいでなら、来年ごろには結婚するのが妥当。そんな年齢です。

ただ、奴隷である私とローマ市民であるご主人様の結婚は、階級差結婚で法的にできないため、ご主人様は私を解放していずれ妻とするのか、あるいはご主人様は政財界にもお立場がある御身分ゆえ、私が解放奴隷(元奴隷の市民)となっても結婚せず、愛人・内縁の妻として私を飼うのか、それは分かりません。

私はご主人様のお立場を理解しておりますから、例え正規の妻でなくても仕方ないと思っており、またそれでも十分満足です。

少なくともご主人様は今まで私にお手付きがないので、私を妻かそれに準ずる扱いにしていただける可能性は高いと思っています。

ローマでは、女性の婚前交渉は不埒とされていますから、本気なのだと信じています。

ご主人様には奥様がいらっしゃいましたが、先立たれてしまい、子もおりません。

ローマでは、子ができない場合に養子を取ったり、あるいは奴隷を買い、我が子のように育てたりして後継者やその子を世継ぎにしていく、という例も少ないながらあります。
私は幸運にも、そうやって見初められた1人なのでしょう。

年齢の差としても、私はご主人様の我が子のように育てられた節がありますが、立場としては妻になります。そのため貴婦人として立派に振る舞う必要があると考えています。

奴隷にして幼少からのエリート

奴隷であり高等教育もできる乳母から幼少より教育を施され、ギリシャ人家庭教師にマンツーマン指導を受けギリシャ語も堪能になりました。ご主人様に同行してパンノニアのご主人様の農場の視察や、旧知の友であるとされるギリシャ・アッティカの属州官僚の邸宅や保養地への訪問もさせていただいて、知識を深めさせていただいております。

さて、私の生い立ちばかり話すのではなく、今の生活についてもお話しておきましょうか。

私は奴隷(厳密には非市民権者の元奴隷)という身分でありながら、生来の自由市民の貴婦人と何ら変わりない生活をさせていただいております。

奴隷は地面で寝るのが常ですが、私はアトリウムに面した個室の部屋もあり、部屋にはベッドもあります。

ドムス(都市屋敷)のみならず、ヴィッラ(郊外邸宅)にも同様のお部屋を頂いているほか、パンノニアの農場では離れの庭園付きの家も頂いています。

もちろん私は財産を所有していませんので、これらの財産は法的には私の所有物ではなく、ご主人様のものです。ただ、ご主人様はこれらの財を私の私有物として扱うようにと仰っていただいております。

外出にはご主人様の保有する奴隷たちを連れていくことが決まりで、公共浴場内でも護衛と称して女奴隷が同行してくるので決して完全な自由ではありませんが、好きな時間帯に外出することもできます。

護衛という名の監視がつくことは、一定以上の所得や立場がある奥方であれば、自由民でも変わりないため、特別、奴隷だからこういう形になっている、というわけではございません。

それに、私に付く奴隷たちはご主人様の所有物とはいえ私の専属であり、所有権は私にないだけで心は通じており、皆さん私に親身で優しく、常に私の味方でいてくださいます。

同じ奴隷という立場であるにも関わらず、まるで私を女主人かのごとく扱っていただいています。

上流階級の女性として

昔と異なり、今はギリシャの文化も取り入れられて久しく、女性は比較的自由に外出できる時代です。

そして、私はご主人様の主宰するパーティや事業会に同行させていただくこともあります。

こちらも昔と異なり、今や女性がそのような場に同席することは、珍しくもなくなってきました。

むしろご主人様は政財界や世界のことを広く知るべきとし、パーティで教養の無い人間が家族にいると恥になるからと言い、積極的に知識や情報を得るよう心掛けよと仰っています。

私生活紹介

さて私の家には家庭内風呂があります。
専用の水道が通っており、噴水には常に水が絶えません。

それでもご主人様も、私も、ローマ市内の公共浴場に出向くことが好きで、ご主人様も自宅でのパーティや政界での討議よりも、公共浴場での談義のほうが有意義だと仰っており、長い時には数時間、浴場のアトリウムで談義していらっしゃるそうです。

私は、女として変わっているかもしれませんが、パーティで歴史や哲学談議をするのが好きです。

ローマでは裁判傍聴や哲学談議も娯楽のひとつですが、女性たちの間ではあまり好まれない傾向があります。それゆえ、私はこの立場の事情もあり、他の奥様方から少々浮いています。

パーティに出席される方々は、私の立場をよく知っています。
政財界の大物であるご主人様の妻同然であることと、それと同時に元奴隷の小娘であることも。

ご主人様の影響から私はパーティで強く批判されることはありません。しかし出席者の、特に奥方さまらや由緒正しいお家柄(ノビレス)の方々らに大変よく思われていないことも同時に知っています。

何時間にも及ぶ正規のパーティでは、私は窮屈な思いをします。しかし、それと同時に哲学談議も好きであるため、楽しさも覚え、不思議な気持ちになります。

オンオフがはっきりしている

私のご主人様は皆の前では派手を好み、パーティでは世にも珍しい食事や見世物、古代の遺物などを披露します。

ただ、それは表の顔で、有権者や票をまとめるノビレス(貴族)やエクイテス(金持ち)たちはそういうのが好きだからやっているのであって、普段はとても質素を好んでいます。

私もそれに合わせて、今時の貴婦人のように派手な女を演じますから、余計に批判が来ているでしょうね。きっと、私のいない他のドムスのパーティでは、私の悪口で会話に大輪の花を咲かせていることでしょう。

パーティでは、セリカ(中華帝国)の産物とされるシルクで机を飾ってみたり、シンド(インド)の産物の黒コショウなどの貴重品も料理にふんだんに使用されます。

ただ、(成金の)パーティでよくあるコショウを大量に使用して味が分からなくなるほどに黒くなった料理や、ワインなどにまで胡椒を大量に入れて金持ちアピールするようなことは、我が家ではいたしません。お金では入手が大変困難な、ダチョウ、フラミンゴ、ラクダなどの料理を振る舞います。

アトリウム(中庭)に面した食堂で、寝そべって何時間もパーティは続きますが、常に食べ続けているわけではなく、つまみと酒を片手に歓談が延々だらだらと続き、合間合間で演劇や曲芸、歌などを奴隷に披露させます。

変わった賓客もおりまして、高貴な身でありながら奴隷たちと共に演技をしたりギリシャ語の歌を披露するのが好きな方がおり、ワインで酔っぱらうとよくアトリウムに陣取って大昔のギリシャ喜劇のセリフをそらんじるなどしていまして。おかげで私もその演目のセリフを覚えてしまうほどでした。

ご主人様も少々変わっておりまして、名告げ奴隷を使って賓客をお呼びになる前に、自ら玄関に立ってエトルリア時代の食器や遺物を紹介するのがお好きなようです。

私たちの家もそうですが、邸宅では古代の遺物や高価なものを玄関広間に展示するのが一般的です。

ご主人様は単純に古代の遺物が好きで紹介しているだけですが、大変高価なものゆえ、賓客の中には金持ちアピールをしていると快く思っていない方もいると、噂で聞いております。

こういった派手なパーティは、なぜか庶民の間でも噂になるくらい知られているのですが、私たちは普段はこのような派手な食事も生活もしておりません。
私たちが特別ではなく、多くの貴族やエクイテスたちも同様です。

普段は机に向かって座って食事をします。
食事もパーティに比べれば幾分にも質素で、食事時間もそう長くはありません。
人々は胡椒の匂いが高貴で良いといいますが、私は庶民的なガルムソースが好きで胡椒はあまり好きではありません。

パーティでの食事よりも、普段の食事のほうが美味しいとすら感じます。

私はご主人様と同じ食卓で食事を済ませ、夜はやはりご主人様と共にアトリウム脇で夜空を眺めながら、政治の話などをします。
そんな時間も好きです。

本当は少しだけ、ほんの少しだけですが気になるカッコイイ剣闘士がいて、彼の活躍がイチファンとして気になっていたりします。

でも剣闘士と駆け落ちした末に立場を失ったり身を落とした女性の噂がたびたび出るので、そういった話題には絶対に触れないようにだけは、気を付けております。


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