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デレラのマンガ本棚#4「『おやすみプンプン』ー(後編)たった一つの冴えたやり方」

こんにちはデレラです。

デレラのマンガ本棚#4をお送りします。

この連載では、マンガついての感想を書いております。

マンガには、「絵柄」と「物語」という要素があります。

たくさんのコマに「絵柄」が描かれていて、読者はそのコマを順番に読むことで、「物語」を感じ取ります。

でも、なんで「絵柄」を順番に見ていくと「物語」を感じ取れるんでしょうか。

きっと「絵柄」と「物語」のあいだには、何か独特な「つながり=関係性」があるに違いありません。

そこで、この連載では、「絵柄」と「物語」の「つながり=関係性」に注目しながら、マンガを読み込んでいきます。

今回のマンガは、前回に引き続き『おやすみプンプン』です。

難解で、記事がかなり長くなるかも、と思ったので、二回にわけて書いております。

今回は、ガッツリとネタバレがありますので、ご注意くださいませ!!

前回の記事を未読の方は、デレラのマンガ本棚#3「(前編)虚構の世界をリアルに描く」を、ぜひ先にご覧ください。

さて、少し復習から始めます。

マンガの世界とは「虚構の世界」です。

マンガ家さんは、「虚構の世界をリアルに描く」という一見、矛盾したことを実現する天才たちなのだと思います。

虚構なのにリアル!

マンガ家ってすげえぜ。。。というか、マンガに限らず虚構世界を創るひとすげえぜ。。。

ところが、前回見ましたが、『おやすみプンプン』というマンガは、虚構の世界を崩壊させてしまうような絵柄を持つ作品なのでした。

どういうことか。

通常、マンガで描かれる世界は【現実】と【虚構】の間にあります。以下のように。

【現実】ーーーーー「マンガの世界」ーーーーー【虚構】

ところが、『おやすみプンプン』の絵柄は、以下のように三層によって構成されています。

【現実】ー「②街など背景の絵柄」ー「③他の登場人物の絵柄」ー「①主人公プンプンの絵柄」ー【虚構】

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※第一巻より 鳥のような絵柄が主人公のプンプン。

背景の絵柄は、写実的な教室の絵柄で、かなり現実に近い。また、他の登場人物は、通常の人間の絵柄で描かれています。

でも、一方で、主人公プンプンの絵柄は、かなり抽象的な「変な鳥みたいな絵柄」です。

このように、「②現実的な背景の絵柄」に対して、「①主人公の絵柄」の「虚構度」があまりに高く、マンガの世界が崩壊してしまいかねない。

『おやすみプンプン』は、そんな「崩壊しかねない危ういマンガ」なのでした。

今回は、そんな「危ういマンガ」が、なぜ成立するのか、『おやすみプンプン』というマンガの虚構世界が成り立つ理由について、物語に注目しながら考えていきます。

よろしくお願いします。


1.二つの物語、一つの黒点

このマンガには、大きくわけて二つの物語があります。

①主人公プンプンの物語(メインストーリー)
②プンプンの同級生である関くんと清水とペガサス合奏団の物語

順序が逆になりますが②から見ていきます。

②のメインキャラは何人かいますが、便宜的に以下の三人に注目します。

・プンプンの同級生の「関くん」と「清水」
・ペガサス合奏団の「星川としき」

ペガサス合奏団という怪しいカルト教祖、星川としき。

星川は、自分を神だと宣言、そして東京都知事選に出馬し、世界の崩壊を予言します。

星川は、世界を救うために、7月7日の一週間前である6月30日に、カルト集団であるペガサス合奏団のメンバー全員で集団心中を企てます。

そして、そのメンバーになってしまった清水を、関くんが心中から救い出そうとする。

星川予言→ペガサス合奏団の集団心中→巻き込まれた清水を関くんが救う という構図です。

これが②のストーリーです。(※かなり要約しています)

ちょっとまて、世界の崩壊!?どういうこと!? と思いますよね。

とりあえず、「星川予言」を簡単に要約しましょう。

・本来、世界は自由なのに「黒点」によってラヴァーズ(=人間のこと)は狂ってしまっている。
・7月7日に世界は崩壊してしまうが、自分はそれを救うことができる。
(おもに『おやすみプンプン』第九巻より)

この物語②でのポイントは、7月7日に世界が崩壊する、その原因は世界に潜む「黒点」にあるということです。


続いて、①主人公プンプンの物語について。

①では、プンプンの小学生からフリーターになるまでの半生が描かれます。

①のキャラもたくさんいますが、便宜的に以下の三人に注目します。

・主人公プンプン
・プンプンの小中の同級生で一目ぼれした田中愛子
・プンプンが高校生の時に出会い、のちに共同でマンガを描くことになる南条幸

物語がかなり複雑なので、先に簡単にまとめます。

プンプンは、自分の生きる意味が見いだせずにいました。

そこでプンプンは、一目ぼれした田中愛子の運命に、自分の生きる意味を見いだそうとします。

しかし、それは泥沼の道でした。その泥沼にいるプンプンを、南条幸が救い出します。

田中愛子 ← 救おうとするプンプン ← 救おうとする南条幸 という構図。

これが①の物語です。(※かなり要約しています)


さて、もう少し、細かく見てみましょう。

プンプンは小学生の時に、転校生だった「田中愛子」に一目ぼれします。

お互いに、家庭の不和を抱えていることから、家族に内緒で「鹿児島に逃避行しよう」と約束します。

逃避行の当日に、プンプンは待ち合わせ場所に行くことができず、二人の約束は破られました。

「プンプンー愛子」の秘密、「破られた約束」がプンプンを精神的に拘束し、プンプンを捉え続け、プンプンは愛子を忘れられないまま、思春期を過ごします。

高校生になったプンプンは、偶然訪れた美術展で、マンガ家を夢見る「南条幸」に出会います。

南条幸は、プンプンに文才を見いだし、マンガ原作を依頼、共同でマンガを作ろうと提案します。

プンプンは、それを了承し、一緒にマンガを作成しますが、完成したマンガは編集者に否定されてしまいます。

プンプンが、南条幸にとって自分という存在は不要だ、と感じ始めたころ、プンプンは田中愛子に偶然再会します。

高校を卒業しても、田中愛子が未だに「家族」に囚われていることを知ったプンプン。

小学生時代に果たせなかった約束を果たすべく、田中愛子の「家族」を殺害し(あるいは殺害に協力し)、愛子を「家族」から解放、二人で逃避行を開始します。(ここは本当に複雑で繊細な場面なので、ぜひ原作を。。。圧巻ですから。第十一巻以降です。)

一方で、プンプンの抱えた「プンプンー愛子」のトラウマを知る南条幸は、突然に姿を消したプンプンを見捨てることはせず、良き理解者であろうと決心し、ついに行方知れずとなっていたプンプンを見つけ出し、再会を果たします。

うーん複雑!!

ポイントは、以下の三点です。

・プンプンは、「田中愛子ー家族」の運命から田中愛子を救い出すことに「プンプン自身の存在の意味」を見いだそうとしていること
・南条幸は、「プンプンー田中愛子」の運命からプンプンを救おうとしていること
・南条幸がマンガ家を目指していること


さて、ここまで、二つの物語を見てきました。

一つは、「黒点」による世界崩壊を予言するカルト教祖星川としき。

もう一つは、田中愛子を救おうとするプンプンを救おうとする南条幸。

うーん、複雑です。分からないところがたくさんあります。

でもここからは、以下の二つの疑問に焦点を絞りましょう。

一つ目は、世界を崩壊させる「黒点」とは何か。

そして、二つ目は、南条幸がプンプンを「救う方法」とは何か。


2.モノローグの行方

世界を崩壊させる「黒点」、そして、プンプンを「救う方法」とは何か。

この問いを解くカギとなるのは、『おやすみプンプン』で全編を通して登場する「モノローグ」だと思います。

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※『おやすみプンプン』第九巻より 最下部がモノローグ

『おやすみプンプン』では、第一巻からずっと「モノローグ」が多用されています。

ポイントは、このモノローグは、一体「誰が語るモノローグなのか」ということです。

誰が語るモノローグなのか。この一点に「黒点」と「救う方法」が収斂します。

まずここで、前回の絵柄編を思い出しましょう。

『おやすみプンプン』は、虚構度の違う三つの絵柄が登場するのでした。

【現実】ー「②街など背景の絵柄」ー「③他の登場人物の絵柄」ー「①主人公プンプンの絵柄」ー【虚構】

「②背景の絵柄」と「①プンプンの絵柄」の虚構度の差異が大きく、今にも崩壊しそうな虚構世界、それが『おやすみプンプン』の世界なのでした。

さて、カルト教祖星川の言う「黒点によって崩壊する世界」とは、この『おやすみプンプン』という虚構の世界のことなのだと思います。

黒点によって崩壊する世界=『おやすみプンプン』のマンガの世界

つまり、カルト教祖星川は、虚構度の高い「①プンプンの絵柄」が、なんの理由もなく『おやすみプンプン』というマンガの世界で登場し続けるならば、この世界を崩壊させてしまう、ということを予言しているのです。

現実的な背景に対して、虚構度の高い絵柄が登場する場合、「なぜ虚構度の高い絵柄」が登場するのか、その理由を説明する必要があります。

しかし、『おやすみプンプン』というマンガは、その理由を説明しないまま、「プンプンの絵柄」が描かれ続けてきたのです。

したがって、世界を崩壊させる「黒点」とは「プンプンの絵柄」なのです。

カルト教祖星川は、「プンプンの絵柄=黒点」の正当性を問うているのです。

異常に虚構度の高い絵柄が成立するのは「どうしてなのか?」と。

そして、その答えは、「南条幸がプンプンを救う方法」と関連しています。


では、南条幸は、どうやってプンプンを救おうとしているのか。

ポイントは、南条幸がマンガ家を志望している、ということです。

南条幸は、「プンプンの良き理解者」になるために、プンプンの全てを受け入れようとします。

でも、「全てを受け入れる」ってどうやって?

それは、「プンプン」の身に起きた出来事を、「プンプン」の口から聞き、「プンプン」の物語を「マンガ化すること」によって、です。

南条幸は、プンプンを理解するために、プンプンを主人公にした「マンガ」を描くことを決心するのです。(第十三巻)

つまり、『おやすみプンプン』とは、実は、南条幸が描いたマンガである、ということ。

したがって、この「モノローグ」は、作者である南条幸によって語られているのです。(第十三巻)

マンガの登場人物が、自分が登場するマンガを描いている。

※ここに、浅野いにお=南条幸という、入れ子構造が発生しますが、このマンガが浅野いにおの私小説なのかどうかは、わたしには判断できません、ただ、構造上、そうなっている、ということです。

こうして、『おやすみプンプン』の世界は、南条幸が「プンプンの半生」を「変な絵柄」で描くマンガの世界なのだ、ということが判明し、「プンプンの絵柄」の正当性は確保され、「黒点=矛盾」は解消します。

「黒点=矛盾」は解消し、世界は崩壊を免れます。

マンガを描くことで、世界の崩壊を防ぎ、プンプンを救うということ。

絵柄の矛盾や、物語が全て回収される、圧巻の構造です。

南条幸がモノローグの語り手であり、同時に『おやすみプンプン』の作者であること。

これが、世界を救い、同時にプンプンを救うための、たった一つの冴えたやり方なのです。


3.さいごに

長くなってしまいました。。。

申し訳ございません、、、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。

わたしは、『おやすみプンプン』は、「救済」について描かれたマンガだと思います。

それは、「絵柄」と「物語」が交わる構造に現れていると感じます。

現実的な背景に現れる「変な絵柄=プンプン」。

虚構世界を崩壊させかねない「プンプンの絵柄」。

「そんな絵柄が存在していてもいいんだ!そういう世界を創るんだ!」という強い意志のようなものを感じてしまいます。(わたしの勝手な解釈ですが。。。)

そして不思議と、読んだわたし自身も救われた気がする。

「プンプン=変な絵柄」の存在に意味を与える南条幸、という物語を読んで、わたしまで救われた気持ちになる。

でもそれは勘違いです。わたしが救われた訳ではありません。

わたしが救われるのは、わたしの存在の意味を与えてくれるひとが現れたときです。

きっと、誰かの「存在」や「人生」に意味を与えることができるのは、「他者」だけなのかもしれません。

わたしが救済されるかどうかは、分かりません。

でも、わたしは、誰かの人生に意味を与えることができるかもしれない。

そんな風に思います。

浅野いにおさんの作品は、とても難解で面白い。

現在連載中の『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』も最高です。

これまた、構造が複雑!!最新巻が楽しみです。

では、今回はこのへんで。

また次回!

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