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みんなの民具

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記事一覧

ニッポンのロボット便器のエルサレム〜小倉TOTOミュージアムを往く

実家のある駅に降り立つといつも思い出すことがある。それは、トイレの汚さである。その駅は、1980年代に毎日通った通学路で、トイレもなにかとお世話になった。当時の駅のトイレと言えば、それはそれは阿鼻叫喚の光景で、腹を壊したり鼻血を出したりして駆け込んだ、二度と後戻りしたくない臭い青春の思い出である。

時代は進んだ。いま、その駅のトイレはピカピカだ。日本のトイレは格段に進化した。なかでも特筆すべきは

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多摩地区の良心。フランスベッドが主宰する「家具の博物館」に行ってみた。

ライティングビューローというのは、ふだんは戸棚だが、前面部の板を手前に引き倒すと文机になる家具である。今でも見かけるし、アンティークを売り物にするカフェなどに置いてあるとサマになる。

1960年代の後半に、わたしははじめてこのライティングビューローを、友人の家で見た。まだ、小学校低学年の頃だ。同級生のお姉さんが使っているその大人びた家具に、こどもなりの羨望の眼差しを向けたのを覚えている。

とに

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『フォーリング・ダウン』のマイケル・ダグラスのカバンがアタッシュケースからスポーツバッグに変わっていった理由。

ビジネスバッグ、ハンドバッグ、スーツケース、リュックサック、学生カバン、旅行用衣装ケース、トートバッグなど、カバンの種類は多岐にわたり、その用途も幅広い。もはやわたしたちの生活に欠かせないものだ。

カバンというのは用途もさることながら、なによりもその個性がおもしろい。学生には学生カバン、サラリーマンにはビジネスバッグ、スポーツ選手にはスポーツバッグやダッフルバッグ、お医者さんやパイロットにはそれ

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一日50本25年タバコを吸い続けていた男が、ジッポーライターを海に投げ捨てた話

約10年前にタバコを止めた。かなりのヘビースモーカーだったので(一日50本25年)、もちろん禁煙はたいへんな騒ぎだったが、何よりもたいへんだったのは、愛用のジッポーライターとのお別れであった。

わたしは、四六時中、ジッポーを携帯していた。蓋を開け締めするあの「シャリ〜ん」という音が、隣の部屋に聞こえるらしく、スタッフたちにとっての「恐怖の調べ」のようなものになっていたらしい。

けっきょく、この

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ショーケンの直食いの反対。たまには洋食器ディナーについて考えてみる

たとえば、スーパーで買ってきた刺し身をパックのまま食卓に並べ、醤油をかけて食べるより、きちんとお皿に盛り付けツマやネギなどを足し、ひと手間かけたほうが断然おいしくなる。

70年代の人気ドラマ、ショーケンこと萩原健一主演『傷だらけの天使』のあまりにも有名なタイトルバックは、ショーケンが新聞紙を前掛けがわりにし、冷蔵庫にあったトマトやコンビーフをそのままかじり、口に咥えた瓶の牛乳で流し込む映像だった

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白洋舎の「洗濯資料館」って知ってる?

旅先でTシャツが足りなくなった時、なんだかコインランドリーに行くのも面倒なので、試しに洗面所で洗ってみた。意外に簡単で目からウロコが落ちた。逆に言えば、わたしたちは「洗濯とは洗濯機でするもの」と思い込んでしまっているとも言えるのかもしれない。

いま、洗濯機は家のなかで乾燥機と一緒になった立派な風情で、わたしたちの生活を支えている。洗濯槽の蓋を開け「うわー、こんなに汚れているんだ」なんて思いながら

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魔法瓶の下で口を開けレバーを押して冷えた麦茶を飲もうとしたら、上から熱湯が注がれ、飛び跳ねながら台所を駆けまわった話。

 「民具」と言われると、博物館などに展示されている土だらけのものを想像してしまう。だが、時代は、明治、大正、昭和と過ぎ去り、日本の「会社」が総力を結集し、数々の道具を作り上げ、我々の生活を圧倒的に便利にした。やかんからスマートフォンまで。生活の物語を奏でてくれる「みんなの民具」について考える。

 昭和40年代当時の家庭に爆発的に普及していた花柄の魔法瓶。筆者が、「あ、うちにありました」と言うと、

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