【乾杯にはドラマがある】  


乾杯にはドラマがある。

乾杯の前後にはいろんなことが起きて、色んなストーリーがある。

それが乾杯に集約していく。

何気ない乾杯の音頭には、たくさんの思いが込められている時がある。




僕の経験から、そして経験から得た人生訓から、間違いなく僕はそう言える。

「初めての乾杯」というテーマで僕が思い浮かべるのは、ぶれることなく揺らぐことなく、この一言に尽きる。

乾杯にはドラマがある。

反論は認めない。

あるなら僕が見えないところでして欲しい。

ちゃんとした反論ができる自信がないので。




ただまぁ、これは僕はそう思っているってだけの話。

僕がこれからここに書いていくのは、

人様の人生に影響を及ぼすほどではないけど、

僕にとっては、生きる上で今でも大切だと思える、

そんな『乾杯』に関する思い出の話である。


肩に力を入れずに、ハードルは地面にぺったりつくほど下げて、読んでほしいと、切に願う。




【僕が目撃した悲しい、

 されど前向きな乾杯について】




僕は大学生の時小説サークルに所属していたのだが、

入部した頃そのサークルは既に分裂しかけていた。

読みたいもの読みたい時読んで、書きたいとき書けばいいじゃないか、というかもっと海とかスキーとか行こうぜという

『ウェイ派』

全員で日夜小説について討論し、熱心に執筆に向き合い、この人生において最も時間に余裕のある貴重な時期を、文学に注ごうじゃないかという

『熱血派』

に分かれ、サークルのあり方について冷戦が繰り広げられていたのだ。

大学のサークル活動といえばのほほんと、ただ楽しいだけの印象があって入部した僕は、先輩に教えられる形で内情を知った時、こう思ったのを覚えている。




「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

困るな〜〜〜〜〜〜〜〜〜」



僕はただ何も考えず青春したかっただけなのに。

そんなややこしい状況なら入っていなかったのに。

けど得てして入る前からそんなマイナスなことを上級生は新入生に言わないのである。

部員が増えると部費が増えるから。嗚呼、資本主義。




そもそもの原因は、サークルを立ち上げた部長と副部長のサークル活動に対するスタンスが変化していったことにあると聞いた。

立ち上げ当時は二人とも同じくらい小説が好きで、仲も良かったらしい。

高校からの付き合いで、お互い処女作を見せあった関係であるという。そして二人とも小説家志望であった。

そんな彼らが切磋琢磨の場として作ったのがその小説サークルだったのだ。



しかし副部長は大学に入ってから




モテてしまった。




それはもうモテた。部長は全然なのに。そもそも顔の作りが違った。副部長はシュッとしていたが、部長は何と言うか、悪口になってしまうかもしれないが、握り飯が似合う顔だった。

大学に入ってファッションが垢抜けたとしても、成果の差が出るのは当たり前である。




そして副部長は堕落した。




春になれば可愛い女子学生ばかりを狙ってサークルに勧誘し、夏になればバーベキュー、冬になればスキー合宿を企画して、チャラつきまくった。

小説サークルらしい活動といえば、年1で部誌を制作することだけだった。




一方部長はひたむきだった。

小説を定期的に書いて、賞に応募し、読んだ本について部室で日夜語り合いたがった。

学内で開催される文学賞を受賞したこともある。勤勉で、小説への愛が深かった。


次第に二人の関係は変わっていった。



部長が勉強会を開いたり、学外の執筆関係のワークショップにサークルのメーリングリストを使って部員を誘ったりした。それに興味を持って参加する部員も少なからず居た。

副部長派はそのお誘いを全無視。夏になれば肉を焼いて冬になれば雪の上を滑るだけ。レジャー狂い。


そして冷戦は続き、僕が入部して一年が経つ頃、とうとうその状況に、部長がメスを入れた。




部長が副部長に小説執筆での

勝負を持ちかけたのだ




なんという激アツ展開。少年漫画なら見開きのコマでドンッである。

紙面いっぱいに部長の握り飯顔がドンッ。読者投票では人気低めの回。



ルールはこうだった。

2万字程度の短編で勝負。内容はオリジナルならなんでもあり。

期限は一ヶ月。

お互いの作品を部員に見せ合って、どちらが面白かったか多数決で決める。

そして勝った方の方針をその後のサークルの方向性として採用し、部員は全員それに従う。

既に芸術の志など失ってしまったかのように見えた、副部長はこれを快諾した。

それは残っていた彼の男としてのプライドなのか。

それとも部長の思いを無下にできない、友情なのか。



かくして勝負は始まった



そして僕はどちらかといえば部長派だったので、彼の作品の進捗状況を逐一知ることとなった。

たまに部長が「感想頂戴」と途中の原稿を読ませてくれたりした。

その小説が



びっっっっっっくりするぐらい面白い



ジャンルとしてはSFだったのだが、目まぐるしい展開に、魅力的なキャラクター、そして何より主人公が犯人だったんかい的オシャレなオチが秀逸だった。グッときた。
そういうの好き〜〜〜ってなるやつ。チーズかけたカツカレーと同じくらい男の子が好きなやつ。

部長が勝負にかける思いが伝わってくる素晴らしい小説だった。

そこでふと気になって僕は聞いた。

どうしてこの勝負を持ちかけたんですか?

すると部長はハニカミながら答えた。

「小説家目指すきっかけがさ、あいつだったから、あいつが書かなくなったの、ちょっと寂しかったんだよ。だからもう一回書いてほしくてさ。

あと、俺は小説家目指すけど、あいつは多分そうしないで普通に就職するだろうしさ。その前に、けじめつけたかったってのもある。これは俺が青春と決別するための儀式なんだよ」



そういうの

好き〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!



僕はなるべく部長の役に立ちたくて読むたびに一生懸命感想を伝えた。そしてそのたび部長の作品は格段に良くなっていった。それが嬉しかった。

部長の気持ち、きっと届きますよ。



そして決戦の日、部員は部室に集められた。

配られる二人の作品。パラパラとページを響く音だけが部屋に響く緊張の時。

まず僕は部長の作品から目を通した。さらに完成度は高まっていて、これなら勝利は確実だ、と思った。

そして次に副部長の作品に目を通した。かつては部長と夢を目指した同志の作品────ん?

似てね?



部長のと似てね?



ジャンルは部長と違いミステリーなのだが、その出てくるキャラクターの感じとか展開が似通ってて、そして何より、オチの形式が一緒だった。

ふと思い返す。部長は執筆用のパソコンを部室に置いていた。誰かが中身を覗こうと思えばできたはず。そして副部長はなんと言っても、カッコつけだった。惨敗するのを嫌がったのだとしたら────



やりやがったなアイツ



作品を読んでいる部長を見ると、何とも言えない表情になっていた。え、これ、アレだよね?って感じ。

しかしそれはずっと作品を見続けていた僕や部長だから気付程度の類似で、小狡いことに、微妙に変化をつけてすぐにはパクリに気づかないレベルまでには仕上げられている。これはまずい。

だが僕には確信があった。似ていることを差し引いても部長のが上だと。文章力、表現力、地の実力が全然違う。

さすがです部長。これなら部長の勝ちです。部長が小説に捧げた青春は無駄じゃありませんでした。



そして投票が行われ、ホワイトボードに結果が書き出された。

今でもハッキリとその数字を覚えている。



部長4票


副部長27票



時が止まったのを感じた。大袈裟でもなんでもなく。

呆然とする部長。しかし厳然とその数字はホワイトボードの上で、素知らぬ顔で現実を突きつけている。大惨敗。



考えてみれば簡単なことだった。

この4対27という数字は、そのままそれぞれの派閥の数字だった。

つまり作品の質とは関係なく、サークル全体が、「え、これ部長が勝ったらガチのサークルになるの?いやじゃね?」という空気だったのだ。

僕はその瞬間まで全くそのことに気づかなかった。僕そういうとこあるので。



かくして勝負は決した。

部長が偉かったのは、恨み言ひとつ言わずに、その後の部会で今後のサークルの方針を固める話し合いになっても明るく振る舞い、嫌な雰囲気にしなかったことだ。

なんだよ負けちゃったよ〜〜、まぁでもそしたらスキーとかやるわ。普通にやりたかったし。とか言っていた。

やりたかったのかよ!とかツッコまれてウケていた。部長……




そして大勝負が終わったことで、打ち上げ的な飲み会が行われた。

みんながお酒を片手に待つ中、乾杯の音頭が副部長、部長の順番で執り行われた。


やっと乾杯の話です。すみません。


まず副部長、小粋なジョークでそつなく笑いを取って終了。こいつ、いけしゃあしゃあと……と僕は心中穏やかではなかった。

そして次に部長が語り出した。



「サークルは楽しいのが一番だと思います。それがちょっと活動の認識にズレがあったりすると、気持ちよく楽しめないかなと思って、今回の勝負を持ちかけました」


嘘ではないだろう。しかし本音でもないことを部長は話した。


「ただやっぱりこういう小説のこと考える時間って良いもんだと思えたので、大事な思い出になりました。みんなにとってもそうだったらいいなと思います。たのしかったですありがとう」


通る声で続けられる部長のスピーチ。グッとくる俺。

そして部長はこう締め括った。



「戦いだけが友情だ。みんな、覚えておいてくれよな。じゃあ、乾杯。」



そして始まる飲み会。ワイワイと騒がしくなっていって、みんなが楽しく飲み交わしていた。

そんな中、僕はあることが気になってしょうがなかった。



え、部長の最後のセリフ、



ダサくね?




え、なんかダサくなかった?みんな気付いてないのかな。

特に、〜くれよな。のとこやばくなかった?


部長特有の垢抜けない握り飯顔も相まってやばくなかった?

狙いすぎてなかった?モテないで過ごした青春の弊害出ちゃってなかった?

そう一人で悶々としてると、右斜め前の女子がこう言うのが聞こえた。


「なんかダサくなかった?」


嗚呼部長……あなたはきっと、モテない星のもとに生まれています。イケメンが言ったら違ったのかなぁ。当時僕はそんな失礼なことを考えていた。


しかしそれは大きな思い違いだったことを、のちに知ることになる。




飲み会が終わり、部長は段々とサークルに来なくなった。就職活動が忙しくなったのか、他の理由なのか。


そんなことを考えながら寂しく感じていたある日、僕は他の先輩からあることを聞いた。



部長が乾杯の音頭で言った言葉は、


副部長が高校時代に書いた処女作からの引用だったのだ。



「戦いだけが友情だ。

みんなも覚えておいてくれよな」



部長は何を思って副部長の小説から引用したんだろう。卒業してから疎遠になってしまったが、彼は今も家業を手伝いながら小説家を目指しているらしい。

副部長は先日結婚した。式に部長は現れなかった。


移り変わる友情。人間関係。しかし部長はそれを全て受け止めていた気がする。

それを踏まえてこう言ったのだろうと僕は思う。


戦いだけが友情だ。


あんなに格好いい乾杯の音頭を僕は聞いたことがない。

改めてこう思うわけである。



そういうの

好き〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!





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