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小説 -DAWN OF AKARI- 奏撃(そうげき)の い・ろ・は(11)

<エシカルなスマートフォン>
 物語とは関係ありませんが、この小説ではオランダ製ブランドのフェアフォンというスマホが登場します。フェアフォンは日本では全く馴染みの無い携帯ブランドです。しかし私はこのフェアフォンのエシカル(倫理的)な企業理念がとても気に入っています。
『従業員に人間らしい生活を送れるような賃金を払っている工場でつくられ、紛争地帯の武装勢力の資金源や児童労働につながる鉱物を使用しない。しかも修理しやすく長く使える設計になっている。(WIREDの紹介より)』
 素晴らしいと思いませんか?日本でもこういう考えの企業が現れてくると色々な意味で選ぶ側の選択肢も増えていいのですが、どうでしょう?
▼フェアフォン公式サイト
https://www.fairphone.com/en/
▼WIREDの紹介記事
https://wired.jp/2019/11/16/fairphone-3-specs/



11

 若くして斬首刑に処せられた古代ローマの聖人の名前を冠したドーバー海峡トンネルを走る国際列車の発着駅がセント・パンクラス駅だ。
 人工の三分の一が外国生まれの多民族国家イギリスでは多くの外国人達がこの駅を通じて往き来している。
 駅構内にあるショッピング・コンコースの中央から二階へと伸びる階段の下には“Play me, I'm yours”(自由に弾いてください、あなたのものです)というメッセージとともに、一台のストリートピアノが置いてある。
 旅人達はピアノの前に自由に座り、好きな曲を好きなように自由に奏でている。人々が弾くそのピアノの音色はコンコースをまるで大聖堂のコンサートホールのように変え、行き交う人達に一時の安らぎを与えている。
 今も一人の旅人がストリートピアノの前に座っていた。
 マルーン(暗い灰みの赤)カラーがベースのストライプのスーツにワンランク明るめのバンダイクブラウン色のチェスターフィールドコートを羽織り、首には派手目のストール、ペルソールのサングラスを掛けた、いかにもクラシコ・イタリアといった身なりの男性だった。
 彼が弾いている曲は「アンチェインド・メロディ」
 ――時を隔てて、決して繋がることのない相手に思いを馳せる――そんな美しく切ない調べが、セントパンクラス駅のコンコースに響いていた。

「――お迎えに参りました、ミスターラディソン」
 ピアノを弾く男の後ろに、いつの間にか黒服の大きな男が立っていた。クラブハウス『ネオ・フォービドゥン・プラネット』のフロアーマネージャーのロバート・サムだ。
「うむ」
 ラディソンと呼ばれたその男は、一通り演奏を終えると静かに立ち上がり、傍らにあったサムソナイトのアタッシュケースを迎えに来たボブに手渡した。
「準備の状況はどうだ?」
 低い静かな声でラディソンは言った。
「はい順調に進んでいます――ただ……」
「ん? 何か問題でも?」
 歩きながらラディソンが聞き返した。
「こちらとしては一段と警戒レベルを上げて対処しておりますが……どうやら、カイオンが接触し始めたようで」
 周りを気にしながらボブが小声で囁いた。
「――カイオンか……この件は、元来は彼らの計画だ。当然気付けばしゃしゃり出てくるとは思っておったが……そうか、動き出したか。カイオンの方についてはこちらでも対処する。なんとしても期日までに間に合わせろ。いいな!」
「はい」
 セント・パンクラス駅を出ると、停めてあった黒塗りの『フライングスパー』の後部座席に二人は乗り込んだ。ボンネットの輝くフライングBのマスコットが特徴的なベントレーのラグジュアリーサルーンだ。
 ボブはドアを閉めると、前席の間から延びるリヤセンターコンソールにマグネットで固定されているネイム・オーディオ製リモートディバイスのTSR(タッチスクリーンリモート)を取り外し、TSRの画面を指で操作しながらルーフブラインドを閉じ、車内照明を調整した。そして膝上にのせた規則正しいカーボンファイバーの織り目模様が美しいアタッシュケースを慎重に開いた。
 厳重に梱包された緩衝材の奥からサファイアのように煌めく宝石が覗いていた。それは紛れもなくドローンによる強奪事件で行方不明になっていた古代エジプト王朝に代々伝わったとされる幻の宝石『メネスの涙』だった。

 


「うわぁああぁぁあ……!」
 アレイスターは叫んだ。いつもの悪夢だった。
 サーカステント内のステージで自らが青い炎に包まれてその場に崩れ落ちる夢だ。霧に包まれていた夢の風景が日に日にハッキリとしてきている。

 ロンドン・オーバーグラウンドのサウスハムステッド駅近くにあるアレクサンドラ・ロード・エステートにアレイスターは住んでいる。
 アレクサンドラ・ロード・エステートはビートルズで有名なアビーロードスタジオからでも徒歩で15分ぐらいの所にある団地だ。
 この団地は周りの集合住宅とは一線を画するデザインの低層型のメゾネットで、中央の緩やかにカーブした赤煉瓦を敷き詰めた通路を両側から挟むように階段状のコンクリートの建物が並び、各メゾネットのテラスやバルコニーが全て通路側を向いている開放感のある眺めの良い構造になっている。アレクサンドラ・ロード・エステートはその独特の構造故に、映画やミュージックビデオなどの撮影に使われる事も多い場所だ。
 彼はメゾネット階下のバルコニーに面した大きな窓のある寝室で、悪夢に魘され体中にびっしょり汗をかきながら飛び起きた。窓から見えるバルコニーの観葉植物に注ぐ太陽の日差しは高く、壁の時計は午後2時を示していた。
 昨日、バンザイダイニングの前で襲われた際に逮捕した二人組の暴漢は、護送していたパトロールカーが署に向かう途中で交通事故に巻き込まれてしまった。信号無視で交差点に進入してきたトラックとの正面衝突だった。パトロールカーは衝突の衝撃で跡形もなくクシャクシャに壊れ、乗っていた犯人および警官は全員即死だった。
 事故死した男達の身元確認と事故処理が明け方近くまで掛かり、アレイスターは家に戻るとそのままベッドに崩れ落ちるように眠ってしまった。
 その時、無造作にベット脇のサイドテーブルに置いた官給品のフェアフォンが鳴った。
 同僚のマットからの電話だった。
 アレイスターは電話を取った。
「アレイスター、無事か? いいか、今すぐそこから逃げろ!!」
 電話の向こうでマットが強い口調で叫んでいた。
「えっ?」
 アレイスターが意味が判らずそう答えた次の瞬間、バルコニーに面した大きな窓が砕け散るように割れた。
 アレイスターは咄嗟にベットの下に潜り込んだ。
 直ぐさま壁際のチェストの上の花瓶やフォトフレームが粉々に吹っ飛んでゆく。自動小銃による一斉射撃だと判った。通路向の建物からの狙撃だろう。これだけ派手目な銃声ならば住人が通報するのも時間の問題だ。
 銃声が止んだ瞬間、アレイスターは間髪入れずにバルコニー側から死角となる隣の部屋に飛び込んだ。市街戦における自動小銃の射程距離から考えてそう判断したのだ。
 隣の寝室の壁越しに直ぐさま再び自動小銃の連続発射音が部屋中に響き渡った。
「いそげ!!」
 玄関口のある上の階から声がした。
 アレイスターは階段を駆け上がった。
 玄関に防弾チョッキを持ち銃を構えたマットがいた。
「マット、いったい何があった?」
「話している暇は無い。今すぐここから脱出するぞ!」
 そう言うとマットはアレイスターに防弾チョッキを渡し、銃を構えながら扉を開けた。
 アレスターは受け取った防弾チョッキを着ながら後に続いた。
 後ろの方で階下の寝室に誰かが侵入してきた音がした。多分狙撃犯が侵入してきたのだろう。二人は振り返らず玄関から下の通路に繋がるコンクリート打ちっ放しの外装の階段を一気に駆け下りた。
 そのまま真ん中の通路にいては間違いなく射撃の的になるので、団地の裏手になるロンドン・オーバーグラウンドの線路側へ向かった。線路側から眺めるアレクサンドラ・ロード・エステートの裏側は垂直に聳えるコンクリート打ちっ放しの外壁で、その眺めはまるで巨大なサッカースタジアムのようにも見えた。
 銃声に驚いた住民が通報したのだろう、遠くからこちらに近付くサイレンの音がする。
 背後からは追ってくる気配は無いようだ。マットは注意深く周りを警戒しながらスマホを取り出し署に応援要請の連絡をした。
 その時、二人の目前にエメラルドグリーンの瞳の女性が現れた。
 アレイスターにとっては見覚えのある女性だった。
「――ヴィッキーさん? 何でここに?……」
 アレイオーン銀行のシステム部門の担当主任のヴィクトリア・モローだった。
「一緒に来ていただけませんか」
 質問が終わらないうちに彼女は口を開いた。
「アレイスター、彼女は?」
 アレイスターにマットが訊ねた。
「彼女はアレイオーン銀行の……」
 その時、鈍い音がしてマットがその場に崩れ落ちた。
「どうした!? マットぉぉ!!」
 倒れる同僚を抱き起こしながらアレスターが叫んだ。
 次の瞬間、アレイスターは頭部に痛みを感じて意識を失った。
 ノース・ロンドン線のリッチモンド行きの列車が丁度アレキサンドラ・ロード・エステートの外壁横の線路を通過するところだった。
 


――――物語は12に続く――――


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