David Ishii

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メキシコシティの旅(5) メキシコ中央銀行・博物館

(写真: Museo Banco de Mexico、2023年2月、筆者撮影) べジャス・アルテス宮殿から横断歩道を渡って5月5日通りに入ったすぐ左手にメキシコ銀行博物館(Museo Banco de Mexico)がある。聞くとこの博物館は現役の中央銀行の本店らしく、セキュリティーチェックが厳格なため、大通り沿い(更に裏の郵便局の方だったかもしれない)にあったチケット売り場から入った。 銀行内に入るとガイド役の行員たちが行内を案内している。地上2階立てで1階には通貨の

    • メキシコシティの旅(4) グアダルーペのマリア

      (表紙写真: グアダルーペ寺院(メキシコシティ)、2023年1月、筆者撮影) テオティワカン遺跡から出発したバスがメキシコシティの北ターミナルに滑り込む。メキシコでは公共のトイレは紙が有料らしいが、その辺がよく分からず出しすぎてしまった。再びメトロに乗り込み、今度はグアダルーペ寺院を目指す。Autobuses del Norteからは5番線Politechnico行きでInstituto del Petroleoで6番線Martin Carresa行きに乗り換えLa Vil

      • メキシコシティの旅(3) テオティワカン遺跡

        (表紙写真: テオティワカン遺跡 2023年2月 筆者撮影) さあ、この日は地下鉄を使って歩き回る日だ。郊外のテオティワカン遺跡に行くために早朝5時半に起床して、まだ暗闇の街を地下鉄の駅へと向かっていく。徒歩5分くらいで地下鉄8番線San Juan de Letran駅に着いたが、まだ駅の入り口が開いていない。40分以上待ってやっと中に入れたのだが、今度はGaribardi/Langunilla駅行きの電車がなかなか来ない。駅のホームにいるのは私を入れて3人だけ。一番奥に陣

        • メキシコシティの旅(2) 官庁街・クアウテモック地区

          ソカロ広場から西進するとベラ・アルテス宮殿という美術館がある。この美術館の前は秋葉原みたいな繁華街と観光地区の間を幹線路が走っていることから横断歩道が非常に混み、スリの巣窟として知られている。一人旅なのでたまには後ろをキョロキョロする必要がある。その先のアラメダ公園はホームレスやストリートギャングの溜まり場といった場所で、若い男の子がベンチに座っている他の男の子をサッカーのシュートよろしく、思い切り蹴り上げていた。人気がない状態でひとりでこの場所を歩くのはやや危険な雰囲気だ。

        メキシコシティの旅(5) メキシコ中央銀行・博物館

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        • 47番目の染色体
          1本
        • トルコ語経済記事
          0本
        • 書評
          5本
        • Edebiyat
          3本

        記事

          メキシコシティの旅(1) 到着篇

          カバー写真はソカロ広場の国立宮殿(2023年2月、筆者撮影) グアダラハラ空港(GDL)を飛び立ってメキシコシティのベニート・フアレス空港(MEX)に到着したのは2月4日のことであった。空港にはセブンイレブンがあって、サンドイッチを買って日本と同じように温めて食べる。タクシーを呼んで市内中心部のホテルへと向かう。 メキシコシティでは空港の周辺は治安が悪いとされ、降りて歩き回ってはならないとされている。そんなことあるのかなと思いつつタクシーに乗っていると、それは必ずしも嘘では

          メキシコシティの旅(1) 到着篇

          メキシコ・グアダラハラへの旅 Viaロサンゼルス(2)

          (表紙写真)オスピシオ・カバーニャス(筆者撮影・2023年2月) 朝起きると、昨晩の深夜に到着した際の印象とは一転して、かわいらしい小綺麗なペンションに自分が滞在していることが分かった。 階下に降りていくと中央の廊下の奥にキッチンがあって、そこは宿泊客たちが自由に使ってよいスペースになっている。朝9時くらいになるとペンションの奥さんが無料で朝食を出してくれた。卵とニンジンを茹でたのと、オレンジジュースみたいなものを出してくれた。薄味でHand madeのお母さんの味という感

          メキシコ・グアダラハラへの旅 Viaロサンゼルス(2)

          メキシコ・グアダラハラへの旅 Viaロサンゼルス

          (写真はロサンゼルスの全米日系人博物館の入り口ゲート、2023年2月1日) ずっと行ってみたかったメキシコ中西部グアダラハラ(Guadarajara)市のオスピシオ・カバーニャス(Hospicio Cabañas)と呼ばれる中世の救貧院を訪れるためにメキシコを訪れる。メキシコはおろか、北米大陸に行くのも初めてである。 現在日本からメキシコ向けの直行便の航空機はコロナの影響により飛んでおらず、アメリカなどを経由して渡航することになる。今回はLCCのジップエアーを利用して、ロ

          メキシコ・グアダラハラへの旅 Viaロサンゼルス

          【書評】イヴォ・アンドリッチ『アリヤ・ジェルゼレズの旅』

           19世紀のボスニア・ヘルツェゴヴィナを生きた名力士アリヤ・ジェルゼレズの放蕩記。オスマン帝国治下のバルカン半島やイスタンブールを往復しながら名力士として名を馳せたジェルゼレズは数年ぶりにボスニアに帰ってきた。彼が酒場をたむろして酔客たちとの談義や諍いへと次々に巻き込まれていく様は、オーストリア・ハンガリー帝国による併合や数々の反乱が引き起こされた19世紀のボスニアの混沌を象徴しているかのように思われる。 酒場で人生の暇を持て余した人々の悪意や嫉み、街区を闊歩する気位高き女

          【書評】イヴォ・アンドリッチ『アリヤ・ジェルゼレズの旅』

          【書評】水上勉『波影』-福井県小浜「まいまいこんこ」の葬礼

          作家・水上勉(1999-2004)原作の『波影』(角川文庫・昭和44年)を読む。物語の舞台は戦中から戦後にかけての福井県・小浜の「三丁町」という遊里にあった「玉木家」という妓楼である。 戦前もしくは江戸以前の時代から続く遊女たちの伝統は北陸・小浜の地にも息づいていた。丹後・北陸・東北の貧しい農村から出た娘たちは各地の遊里・遊郭に奉公して、「年期」を果たし、「前借」を返すために必死に働いた。脈絡と続く日本的な「鄙と都」の原型は太平洋戦争終結に伴う占領軍司令部(GHQ)による日

          【書評】水上勉『波影』-福井県小浜「まいまいこんこ」の葬礼

          葡萄の聖母 トルコ・アフロディシアス遺跡訪問

           トルコ南西部の石灰棚で有名なパムッカレからバスで一時間半ほどの郊外にアフロディシアスの遺跡がある。ここはギリシャ・ローマ時代の遺跡であるが、エーゲ海や地中海岸に点在する他の遺跡とは異なり、やや内陸寄りの位置にあるためか独特な景観を呈している。パムッカレの近くの中心都市デニズリを経由し、この地方の殺風景なハゲ山を縫って進むとやがて右手側にゲートが見えてくる。幹線沿いにあるゲート前の乗降場でバスを降りると、幹線を渡ってやや奥まったところにある遺跡へと向かうことになる。入場ゲート

          葡萄の聖母 トルコ・アフロディシアス遺跡訪問

          【読書評】ナディン・ゴーディマ「むかし、あるところに」

          「あるとき私は児童文学全集に作品を書いてくれという依頼を受けた。私は子どもの本は書かないと返事を出した。するとその人は、最近の会議だかブックフェアーだかセミナーで、ある小説家が、作家は少なくとも一つは子どものための本を書くべきだと発言したという手紙を送ってきた。私は、なんであれ、”書くべき”だということは受け入れられないという葉書を出そうと思う。」 岩波文庫『ジャンプ 他十一篇』ナディン・ゴーディマ作、柳沢由実子訳 この作家は、作家は少なくとも一つは子どものための本を書く

          【読書評】ナディン・ゴーディマ「むかし、あるところに」

          〔読書評〕火野葦平『麦と兵隊』

          火野葦平 1907年北九州市生まれの作家。日中戦争下の徐州の会戦(江蘇省・山東省・安徽省・河南省一帯)に軍報道部員として従軍。 日中戦争に従軍した記者による徐州会戦従軍記。広大な美しい麦畑の中で、殺伐とした殺し合いが続く。中国の民衆の生活に共感を示す筆者の筆はあくまで柔らかいが、総力戦争下の緊張が作品を通じて伝わる。 この小説に鮮やかな色彩をもたらすのは、中国の各民家の入口にかけられた赤い紙々の描写である。「紫気東来」、「天地皆春」といった生活の安寧と幸福を願う文句に筆

          〔読書評〕火野葦平『麦と兵隊』

          〔翻訳考〕 山崎豊子『二つの祖国』より

          山崎豊子さんの小説に『二つの祖国』という作品がある。太平洋戦争の際に収容所に収容された日系米国人たちの悲惨な処遇、日米開戦から日本進駐、東京裁判までの運命を描いた作品である。 この作品の主人公・天羽賢治(あまは けんじ)は米日言語間の通訳を行う語学兵として太平洋戦線に従軍し、日本の降伏後は東京に駐在して極東軍事裁判の「言語調整官」という役職を務めることになる。これは、裁判を通して裁判官、検察官、被告の主張が遺漏なく伝わっているかどうかを確認し、誤りや認識違いがあればストップ

          〔翻訳考〕 山崎豊子『二つの祖国』より

          「他の人だって精神的に深いところであなたにどのように振舞うべきかわかっていない」 ダウン症児の親は偏見や差別にさらされがちだが、そもそも周辺の人びとはどんな風に彼らを捉え、接するべきなのか知らないだけなんじゃないか、という考え方の提言である。

          「他の人だって精神的に深いところであなたにどのように振舞うべきかわかっていない」 ダウン症児の親は偏見や差別にさらされがちだが、そもそも周辺の人びとはどんな風に彼らを捉え、接するべきなのか知らないだけなんじゃないか、という考え方の提言である。

          〔読書評〕河合隼雄・柳田邦男『心の深みへ 「うつ社会」脱出のために』

          作家の柳田邦男さんは、孤独に苛まれて自殺未遂を引き起こした息子・洋次郎を看取りました。自殺未遂後には彼は「脳死」状態でした。柳田さんは『犠牲(サクリファイス)』という作品の中で宮沢賢治の童話『よだかの星』に重ね合わせ、息子・洋次郎の生前の姿とその霊魂の遍歴に思いを巡らせます。 醜くてみんなから疎外された「よだか」は天を目指して高く飛んだものの、星空のオリオンや北斗七星は彼を相手せず、仲間にはしてくれませんでした。戻るべき地も友とする星々も失った「よだか」は星空の上の虚空へと

          〔読書評〕河合隼雄・柳田邦男『心の深みへ 「うつ社会」脱出のために』

          〔探訪録〕ボスニア・ヴィシェグラードの思い出

          2015年3月、ボスニア・ヘルツェゴヴィナのセルビア国境の町ヴィシェグラードを訪れた。作家イヴォ・アンドリッチの足跡を辿る為である。イヴォはボスニア中央地方の出身であるが、父親の逝去に伴い、母方の親族が住むこの町に身を寄せた。 町にはイヴォが住んだ小ぶりの一戸建てと、通った小学校が残されている。木製の机が並ぶ教室には日本の昭和期の学校を思わせるような雰囲気があった。10名程度しか入らない小さな部屋にすぎないけれども、なかなか悪くない雰囲気だった。 町は大河ドリナ川とルザウ川が

          〔探訪録〕ボスニア・ヴィシェグラードの思い出