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家族や慣れ親しんだ友人以外とのコミュニケーションが非常に苦手な息子。人ごみ、逆に広い場所にポツンと一人でいると、不安定な状態になります。

医学的にはASD(自閉症スペクトラム障害)とADHD(注意欠陥多動性障害)の混合だそうです。


その息子が大学生の時、学友とバンドを組んでボーカルをしていました。
「えっ!人と話す時にグダグダになる息子がボーカル!?うそでしょ?」
初めてそれを知った時、私は信じられない気持ちでした。

「学祭には来んといてね!」と、息子から強く言われていましたので、
残念ながらどんな曲をどんな風に歌うのか知らないうちに卒業となりました。


その後、息子は2回転職し、3番目の仕事もうまくいかなかった時に、ようやく発達障害だと私が気づきました。

私は本人とじっくり話し合い、(ネット等で調べて)就労継続支援B型事業所に通おうと決めました。そこで無理なく軽作業の仕事をさせてもらいながら、障がい者枠での就職を目指そうという目標を定めました。


本来はまず市(区)役所の福祉課へ行くのが先みたいです。
①福祉課窓口で相談。
②精神科等で診断書を書いてもらう。
③②の診断書を基に希望者は障がい者手帳発行または、各障がい者用事業所に入所の申請。
※(①②は順不同です)

私と息子の場合は上記の①②をすっ飛ばして、いきなり飛び込みで、息子に合いそうな事業所へ直接連絡しました。片っ端から見学に行きました。
その中で、(仕事以外の活動で)音楽やアートに力を入れてくださっている所を見つけ、入所したい旨をお伝えしました。

「まず病院で診断書を書いてもらって、市役所の福祉課で手続きをなさってくださいね。」
「いきなり見学から入る方は初めてです。凄い行動力ですね。」
事業所のスタッフさんは、私の無茶苦茶なやり方をみょ~に感心されました(笑)

まず初めは、息子が通いやすい環境の事業所を選びました。
お金を頂く軽作業とは別に、絵を描いたり、音楽を演奏したり歌ったりができる事業所の存在は、息子にとって、非常にありがたいものでした。


入所2か月後、息子がライブハウスにボーカルで出させていただくとのことで、(息子の許可を得て)私は聴きに行きました。


息子の歌を初めて聴きました。
「意外にやるやん!」
(すみません!親バカです。)
思っていたよりは上手に歌っていました。(と思います。)


息子が控室から客席の私の所へ来て(私がどこにいるのか知っていたのね)


「しんどいから帰るわ。」
ああ、やっぱり……

他のバンドももっと聴きたかったのですが、
「自分の出番までよく我慢できた!上出来や!」と、私は息子にそう声をかけ、一緒に帰りました。

帰り道「なかなかええ声してるやん!うまかったで~。」と、ちょっぴり過剰に褒めました。

自信につながるといいなぁ~。


スタッフの皆様、本当にお世話になりました。


現在は本人の意思で、家の近所の別の事業所へ通わせていただいております。長時間の電車通いが辛くなり、電車内で数回パニックになったため、
相談のうえ、円満に変わらせていただきました。


これからも色々あるかもわかりませんが、
できるだけ前向きに息子と生きていきたいと思っております。


無理をせずに自然体で……


たおたおってこういう者です。


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