Just laugh & dance

教育業界にてこどもたちに教えることの喜びを感じながら、自分の表現の場としてダンスをこよ…

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教育業界にてこどもたちに教えることの喜びを感じながら、自分の表現の場としてダンスをこよなく愛しています。 一人間として、母として、妻として、女性として、いろんな面を心から楽しんで、いつまでも成長しながら生きていきたいです。

最近の記事

「スパンコールのかさぶた」抱えながら生きる私とあなたへ 〜ADO「ギラギラ」を踊って〜

心の根っこに刺さって共鳴してどうしようもない曲って、 誰にでもあるかと思います。 私にとって、ADOさんの「ギラギラ」という曲がその一つです。 この曲を先日のハフラにて踊らせていただきました。 どこがそんなに刺さって共鳴したのかというと、 この歌の「私」が、コンプレックスを抱えながら傷つきながらも、 前を向いて自分らしく生きていこうとする姿、 そして愛し愛されたいと強く願いながら、 そんなことは無理だと諦めている歌詞の裏に、 実は一番求めているのは、自分自身を愛し、自分

    • 踊りを通じて、「感性の対話」が生まれる瞬間

      先日、所属スタジオのRHIAスタのハフラがありました。 リアル観覧は満席、オンライン観覧もたくさんお申し込みをいただき、事務局としても感謝でいっぱいです。 2曲踊らせていただいたソロのうち1曲は、うっせぇわで知られる ADOさんのギラギラ、邦楽フュージョンを踊りました。師匠にご助言たくさんいただきながら作ったオリジナル演目でした。 今回、フュージョンを踊っていて、改めて気づいたことがあります。 個人的な意見ですが、 THEベリーダンスである、アラブの昔ながらの名曲などを

      • 私がベリーダンスに救われたわけ〜祝福と鎮魂を〜

        その人が何によって救われたかは、本当にその人それぞれなので、とても興味深いと感じます。 わたしの場合は、ベリーダンス には心を、ピラティスには体を、救われたと思っています。 ベリーダンスになぜ私が救われたと感じているか、それは、いわゆる「女性らしさ」への私の思いと、自分の繊細すぎる部分に苦しんだことが理由です。 高校の頃、トルコからの留学生が踊ってくれたのが、初めて「ベリーダンス」という言葉を知った時でした。それから数年経ち、友人とトルコに旅行したときにベリーダンスに魅了

        • ていねいな暮らしって・・・こだわって作られた素朴でとても美味しいチョコレートサンドクッキーのように、自分を愛でられたら

          先日、スーパーに行く際、いつも通っているビルの前に小さな看板が出ていた。通り過ぎながら、看板にあった文字を頼りにネットで調べたら、不定期開催の作家さんたちによるアトリエだった。 心惹かれて、スーパーの帰り、立ち寄ってみることにした。 正直あまり綺麗ではない新しくもないビル。 なのに、扉を開けて入ったそこの空間は、とてもシンプルながら、こだわり抜かれた作家さんたちの作品(食器とか小物とかお洋服とか)が並んでいて、ドライフラワーがさりげなく飾られていて癒しの空間だった。 大

        「スパンコールのかさぶた」抱えながら生きる私とあなたへ 〜ADO「ギラギラ」を踊って〜

          「一流になりたい」と彼女はいった

          それは何年か前の話。 3つ目のピラティスインストラクターの資格(アドバンス的な内容のもの)を取得するときに、一緒になったうちのお一人の女性だった。 温和な見た目からは想像のつかない、なかなかぶっ飛んだガッツのあるご経験の数々を聞きながら、彼女の原動力となる想いについて聞いた時、彼女は、こう言った。 「一流になりたいんです、私」 彼女の目が、気をてらってる感じでもない自然体で、でもまっすぐな目をされていたのが印象的だった。 そんなこと考えたことがなかった。 それがわ

          「一流になりたい」と彼女はいった

          育児は、一人の人間と人間として本気で向き合うことだから

          先日、7歳になった娘にこれまでで一番本気で向き合って話し合いをした。 発端は、あまりにもやるべきことを全然していなかったこと・いいかげんすぎたことが発覚して、担任の先生から面談でご注意を受けたから。でも、その「行動」だけじゃない。ちょっと注意されるだけで、すぐに不貞腐れて逆に攻撃的になる「心」の部分もだった。 きっと、思春期になったら、もっと複雑だったり重大だったりする問題で揉めたりするのかもしれないけれど、でも、この時期の「行動」の悪癖、「心」の悪癖は、ちゃんと訴えかけ

          育児は、一人の人間と人間として本気で向き合うことだから

          山口智子さんがVOGUEの記事で「花盛りだけでなく、朽ちゆく姿にも色香を漂わせて、誰かの心を魅了できたら幸せ」と語っていた。人は内面を磨きながら歳を重ねれば、必ずその内面の花は、さらに咲き誇るもの。外面は朽ちてゆけども、内面の花は輝きを増し、滲み出る。そういう生き方をしたい。  

          山口智子さんがVOGUEの記事で「花盛りだけでなく、朽ちゆく姿にも色香を漂わせて、誰かの心を魅了できたら幸せ」と語っていた。人は内面を磨きながら歳を重ねれば、必ずその内面の花は、さらに咲き誇るもの。外面は朽ちてゆけども、内面の花は輝きを増し、滲み出る。そういう生き方をしたい。  

          世界で一番「幸せ」な岩

          あなたの目には世界はどう映っていますか? 先日、尊敬するかたが、お話の中で宮沢賢治の「気のいい火山弾」という短編を紹介されていました。 そのお話の文脈とは少し違う形で、わたしは図らずもグッときて潤んでしまいました。 そのお話のあらすじは、こうです。 あるところに、本当は立派な名前があるのだけれど、誰にもその価値を知られず、「ベコ岩」と呼ばれる岩がいました。本当の価値を知られぬまま、ベコ岩は、他の岩や、木や、それに苔にまでバカにされる始末。けれど、気のいいベコ岩は気に留め

          世界で一番「幸せ」な岩

          「A=真逆のZ」になるのがこの世界の美しさかもしれない

          先日、ベリーダンスの師匠、Rhiaさん(日本大会ではもちろん、世界大会でも優勝歴のある凄いダンサーさんです)の踊りを大舞台で久しぶりに拝見してきたのですが、 事前に彼女が語っていた 「本当に大切なものを見ている時、人はその思いが溢れないように大切に大切にじっと体を抑えて内側からその思いが滲み出るほど動きを止めるのではないか」 というお話は、本来体を動かすことが主であるはずのダンスの中でも、逆に体を動かさない、ということが最大限の表現にもなるのだと、とても目から鱗でしたし、

          「A=真逆のZ」になるのがこの世界の美しさかもしれない

          紅葉と私たちの意外な共通点!?

          イチョウの優しい黄色が敷き詰められた落ち葉の絨毯に、 見上げると小高い木が赤と黄色と茶色に色付けられて、 そこに風が吹いたりしたら、本当に美しくて、 ついつい重い買い物袋片手に急いで帰りたいのに、 足を止めてしまうことも。 紅葉は、秋の街を彩る欠かせない存在です。 せわしない毎日を送っていると、そういったことは 通り過ぎてしまいがちだけれど、 きちんと季節を感じることは感受性を呼び覚まして、 心を柔らかく蘇らせてくれる感じがして、私は好きです。 紅葉はなぜ起こる?そうい

          紅葉と私たちの意外な共通点!?

          運命の延長線上を塗り替える女〜椎名林檎「歌舞伎町の女王」をベリーダンスで踊ってみて〜

          「歌舞伎町の女王」を初めて聞いた時の興奮は、なんとも表現し難いものだった。そして、今でもその魅力は色褪せることがない。 20年以上も好きなこの曲を、今年、シルクロードカフェさんで踊らせていただく機会があった。 https://youtu.be/Hinv4SDtXdM 師匠であるRHIAさんに要所要所改善していただきながら、この曲と向き合って拙いながら振付を考えた。こんなに長い間聴き続けてきた曲なのに、数ヶ月向き合っていると新たな発見があった。 それは、この曲の主人公の

          運命の延長線上を塗り替える女〜椎名林檎「歌舞伎町の女王」をベリーダンスで踊ってみて〜

          その悩み、ほんとに、あなたのせい?あの人のせい?

          生まれ変わったら、悩みがないことが悩みです、とか言ってみたい人生です。 わたしは元々、よくじくじくと気にして悩んでしまうタイプですが、最近気づいて少し楽になったことが。 それは、多くの悩みは、逆だということ。 何が逆かというと、誰のせいなのか、というところ。 友人たちとも話していておもうのだけれど、多くの場合、本当は他人に原因があることを自分のせいだと思い込んでしまったり、反対に、自分に原因があることを他人のせいだと思ってしまったりしているなぁと。 ほんとにそれはあ

          その悩み、ほんとに、あなたのせい?あの人のせい?

          「女」であることからの解放、「女」でいることの自由 〜彩瀬まる「川のほとりで羽化する僕ら」を読んで〜

           「女」っていう言葉から連想されるのは、とてもとても、女性のごく偏った面だけだと思う。特に、「女性」という言葉以上に、より身体的な性別としての意味合いが色濃く響く気がするのは多くの人が頷くところだろう。  あとは、「女はすぐ泣く」「女は論理的じゃない」「女は感情的になりやすい」といった偏見。  まあ、まあ、わかる。現に、私は夫よりも自分の方が感情的になりやすいと強く感じる。  でも、考えてみてくださいよ、と言いたくなるのは、男性よりも女性の方が1カ月内でのホルモンの変動が

          「女」であることからの解放、「女」でいることの自由 〜彩瀬まる「川のほとりで羽化する僕ら」を読んで〜