その悩み、ほんとに、あなたのせい?あの人のせい?
生まれ変わったら、悩みがないことが悩みです、とか言ってみたい人生です。
わたしは元々、よくじくじくと気にして悩んでしまうタイプですが、最近気づいて少し楽になったことが。
それは、多くの悩みは、逆だということ。
何が逆かというと、誰のせいなのか、というところ。
友人たちとも話していておもうのだけれど、多くの場合、本当は他人に原因があることを自分のせいだと思い込んでしまったり、反対に、自分に原因があることを他人のせいだと思ってしまったりしているなぁと。
ほんとにそれはあなたのせい?
たとえば、ある日知人に挨拶したら、すごく愛想悪く返された。ああ、私が何か言ってしまったんだろうか?何かしてしまっただろうか。そんなふうに考えてしまったりしがちですが‥
でも、ふたをあけてみれば、たまたまその人が家族と喧嘩したばかりだったりとか、すごく急いでて余裕がなかったときだったりとか、その人の都合で機嫌が悪いことも経験上ありました。
または、あの人に私は明らかに嫌われてる、他の人との対応が違う、と思ったとしますよね。何か明確な原因があるなら別ですが、自分はその人に対応は普通にしてるし、悪口言ったわけでも悪いことをしたわけでもない。そうしたら、嫌われてることをぐじぐじと悩んでも何も解決しない。
そう、だって、あの人が私のことを嫌いなのは、あの人の問題だから。もしかしたら、あの人がしたいのにできないことが今私がたまたまできているから、気に食わないだけかもしれない。その人の個人的なトラウマの出来事があった相手になんとなく私の話し方が似てるだけかも知れない。
そうなったらもうどうしようもないわけです。手のうちようがないから、気に病むだけ無駄ってもんです。
それはほんとに、あの人のせい?
では反対に、自分が気に食わないと思う人がいるとしましょう。性格が悪いとかいうわけでもないのに、なぜか好きじゃない。あの人のせいで不快だ、と思ってしまう。
それはでも、あの人が悪いわけじゃないのかもしれない。ただ単に、あの人の才能や人生や外見に嫉妬しているだけなのかも知れない。
そうと気づけたら、ああそんなことにわたしはこだわってるのか。嫉妬してる場合じゃないな。努力して手に入れるか、価値観を見直すか、それでもどうしても欲してしまうけど手に入れられないものだから辛いんなら、その人と距離を取ればいい。それは悪いことじゃないんです。
また、他人に言われた何気ない一言が心に刺さった棘のように抜けなくて、悲しい、なんてことわたしもたまにはあります。
たとえば、何か目標とか夢を掲げていた時に、そんな夢もっていたって才能的に無理だよ、とか、何事もやっぱり美人な人には敵わないよ、と言われたとか。
でも、その一言に囚われていても、何も解決はしない。
でもじゃあなんで傷ついたかっていえば、本当のその問題の核は、その言葉を押し返せるだけの強い想いがわたしにないから、そして、実は自分で一番気にしているところだから、なんですよね。
他人になんと言われようが、自分がやりたいことがあってそれにむかって努力したいなら、本来は他人にとやかく言われようとどうでもいいわけです。まあ、他人や家族に迷惑をかけない限りは。
苦労するんだとしても、達成できないとしても、自分の問題ですから、自分が腹を括ればいいだけです。
だから、その一言で傷ついて悩んでるのは、その言葉を言ったあの人ではなくて、本当に解決すべきは自分の中なんです。
とはいえ人は悩むけれど
まあわかってはいても、いつも気にしない心ではいられないし、強い心でいられないときもある。
でも悩んじゃう時って、先がすぼまった一本道を、くぅーーーっと突き進んでいってしまうような感覚にわたしは陥るので(特に夜の考え事は)、少し、あれ?これ悩んでるのほんとは何が原因だろう?って、気持ちを広く持ってみれば、自ずと解決の答えが見えてくる時もあるかなと、そんなふうに思います。
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