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麦酒夜話

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うれしい日も悲しい日も悔しい日も、思い出のそばにはいつも黄金色に輝く一杯がありました。 毎回読み切りの不定期連載。今宵、ビールのつまみにエッセイはいかがでしょう。
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2021年7月の記事一覧

【麦酒夜話】第六夜 メコンデルタの誘惑

【麦酒夜話】第六夜 メコンデルタの誘惑

(第5夜 ホーチミンの警告からの続き)
 オップは、翌朝ホテルの前で早くから待っていたようだ。私たちを見つけるなり、早く行こうと声を掛けてくる。ミトーまでの道のりは1時間ほど。高速道路らしい道を、ヘルメットもなく2人乗りで走る。時速は110kmほど出ていた。舗装はされているけれど、ところどころ砂が散らばっている。そのたびに急減速するから生きた心地がしない。こけたら最後。そう何度も心の中で叫んでいた

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【麦酒夜話】第五夜 ホーチミンの警告

【麦酒夜話】第五夜 ホーチミンの警告

 東南アジアらしさが残る最後の国ベトナム。こんなキャッチコピーに惹かれ大学4年の卒業旅行に、友人のTくんとホーチミンへ行くことにした。彼は高校時代の友人で、ロンドン、パリ、上海を旅行した仲だ。本来であればお互いそれなりに予算をかけてヨーロッパにでも行きたかったのだけれど、残念な懐事情で早々に断念。しかし、せっかくなので面白そうな近場の国を探したところ、前述のキャッチコピーに出会った。

 なんでも

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【麦酒夜話】第四夜 駆け出し

【麦酒夜話】第四夜 駆け出し

 15年近く前、一度だけ訪れた中目黒のダイニングバーがある。おしゃれで、味もよく、今でも行きたい店なのだけれど、苦い思い出が蘇り、結局足が向かない。春の終わり、梅雨前の、心地いい日の出来事。新聞広告を見て愕然とした。自分のアイデアがパクられていたのだ。

 パクられたのは3回目だった。よくもこう悪行が横行しているものだ。駆け出しの青年コピーライターにはショックが大きかった。1回目はパクった本人から

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【麦酒夜話】第三夜 飲めなかったワンパイント

【麦酒夜話】第三夜 飲めなかったワンパイント

 文句の多い人は、どこの組織にも一人はいる。クラスにも、バイト先にも、サークルにも。同僚にも一人いた。内務部門のJさんだ。

 会社には締め日というものがあって、経理処理が集中するのだけれど、それがためにJさんは毎月同じように不機嫌になる。こちらが提出した書類を受け取らない、受け取っても一言文句を言う。なぜこんなタイミングなのだ。寝かせていたのではないか。先月も同じ話をした。今月は特にひどいのでは

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