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誕生日プレゼントは初めての恋人

私はずっと共学の学校に進学し、ずっと恋に憧れていたが、何もないまま時は過ぎた。
男友達はいたが、ただそれだけだった。

私は男性に女性扱いされなかった。

容姿が優れていないことや、容姿が優れていない故に、いっそ可愛げより笑いに走ろうという芸人気質な性格が、その要因だったと思う。
モテた記憶は全くない。

 
 
大学生になると、次々に周りに恋人ができた。
友達に至っては一ヶ月に7人に告白されたという。
私に一人くらい分けて欲しい。
自分から告白してばかりで、誰かに告白されたことなんてない。
告白するように仕向けるテクも、それを使う相手もいないまま

私は大学三年生になった。

 
 
 
私は大学三年生の時、友人に誘われて某SNSに入会した。
私はその入会に合わせ、自分のHPを開設した。
HPを開設したことは、就職活動で有利になるかもしれないという、打算的な理由でもあった。

私は自身が書いた詩や詞、文章、日記、写真を
SNSとHPで公開していた。

そして、それがきっかけで、ネットで仲の良い友達が少しずつ増えていった。
反応が良く、様々な人からコメントがあったり、作品を褒められた。
それは私の承認欲求を満たし、毎日毎日欠かさず更新していた。

だが、諸事情により、一旦SNSを退会し、HPを閉じることになった。
私の意思というわけではなく、閉じざるを得なくなった。
始めてから僅か半年の出来事だった。

 
 
一時的な退会・閉鎖だと決めていたが
それまで毎日更新し、私の居場所になっていたネットの世界から立ち去ることは、非常に辛いものだった。
だから私は特に仲の良かった五人に、PCのメールアドレスを教えた。

それが後に奇跡を起こすとは、全く思っていなかった。
 
 
その五人の内の一人が、A君だった。
A君は面白い文章を書く人で、私の文章にも小まめにコメントをくれた。
私の退会やHP閉鎖を残念がってくれた方で、私達は三日に一回くらいの頻度で
メールのやり取りをするようになった。

他の方とは何回かメールをしたら途切れたが
その人とはメールが続いた。

 
 
三ヶ月後にSNSとHPを再開しようと思ったが、私は僅か一ヶ月でネット世界に戻った。
もともと、不本意な立ち去りだった。
三ヶ月も私は待てなかったのだ。

SNSとHPを再開し、また元のように私はしれっと更新を続けたが
再開してからもなお 
A君と個人的なやり取りは続いた。

大学生活のこと、バイトのこと、最近気になっていること等
他愛のない話や雑談だ。

A君とメールをするようになり、私は印象が変わっていった。
ネットでは自虐ネタや自虐コメントが多かったが、メールでは優しく誠実な人柄が伝わってきた。
多分こちらが素なのだ。
私は私でSNSを感情の吐け口として利用しており、メールではだいぶ印象が違かったと思う。

私達はネットで知り合い、こうしてSNSで見せる自分、メールで見せる素に近い自分を少しずつ晒し合うことで、距離を縮めていった。

 
A君は一途だった。
小学生の頃から初恋の人に片思いしていて、何度か告白してフラれていた。
私は彼の恋を応援していたが、ふと、心境の変化に気づいた。

私が彼女だったら、こんないい人フラないのに。
私がもし彼女の立場だったら…

私はいつしか、想われる彼女が羨ましかった。
こんな素敵な人に長年想われるなんて、どんなに素敵な彼女なんだろうと想像した。
私の中でA君はどんどん大きな存在になっていった。

 
 
A君とは携帯電話の番号も交換し、携帯でメールのやり取りをするようになった。
私はA君からのメールが楽しみだった。
ある日、お互いに写真を交換しようという話になり、お互いの写真を見せ合った。
私は自分の容姿に自信はなかったが、A君はバカにしたりはしない自信があった。

A君も自分の容姿に自信がない人だったからだ。

私の容姿を気に入られることはないだろうが、ブスだと罵ることはない。
そう思っていた。
私達は同時に、顔写真を送り合った。
これは賭けだ。
メル友は、顔写真がきっかけで関係に亀裂が入ることもある。大きな賭けだ。

 
 
私はA君から送られてきた写真を見て愕然とした。

めちゃくちゃ好みなんですけど!!!

散々自分の容姿に自信がないと言っておきながら、この嘘つきめ、と思った。
私はこんなかっこいい人と今までやり取りをしていたのか。
あぁそうだ、A君はお洒落なコーヒー屋でバイトしていた。

そもそもお洒落なコーヒー屋でバイトしている時点で、勝ち組な顔に決まっているじゃないか。

私は独断と偏見の塊を、そのままA君にぶつけた。
A君はA君で私を嘘つきだと思ったようだ。
なんせ容姿に自信がない人だ。
私がいくら褒めてもお世辞にしか思わない。
私は私で顔写真について褒められても、A君は優しいから本音は言わないよなぁ、と思っていた。

つまりは、似た者同士だった。

 
 
顔写真を見せ合い、更に距離を縮めたところで、初めて電話をした。
A君からかかってきた。
そしてまたも驚愕した。

声がまためちゃくちゃ好みなんだが!!

私が声を褒めるから、A君はまたも不思議がった。
褒めてもお世辞だと見なされてしまう。
初めての電話は緊張したが、楽しく、想像以上の長時間に及んだ。

  
A君はSNSよりメール、メールより電話の方がもっと素敵だった。

大学四年の十二月末、私は親友に打ち明けた。
忘れもしない寒い日で、私は某駅そばの橋でその話をした。

A君が好きになった、と。

「告白してみたら?」と親友は言う。
メールや電話の反応から見ても、A君はともかを気に入っているのではないか、と。
 
だけど……

と、私は言った。
  
 
 
小学生から今まで一人を一途に思っている人だ。
その人の心は変わらないだろう。
どれだけ彼女を想っているかは、相談に乗っていた私がよく知っている。

あくまで私はネットでしか彼を知らない。
会ったことさえない。

無理に決まっていた。
A君がただ優しいだけで、友達として私に接してくれているだけで、私は告白なんかしちゃいけない。
それでA君と気まずくなりたくない。

私は自分の恋心を明かさないと決めていた。

それより今は卒論を仕上げなければならないし、春からは就職が待っている。

 
 
そんな中、一月になった。
私の誕生日だ。
家族にお祝いされる予定があるだけで、私は卒論に追われていた。

00:00ピッタリの、A君からのお誕生日おめでとうメールを待っていた。
誕生日になった瞬間にメールをすることは、当時流行していた。

だが、来なかった。

 
まぁ友達だし、まだ誕生日になったばかりだし、と少しガッカリしながらもパソコンで卒論を進めていると
いきなり電話が鳴った。
A君からだった。

「メールしようとも思ったんだけど、電話で伝えようと思って。起きてた?起こしちゃったらごめん。お誕生日おめでとう。」

多分、そんなことを言われたと思う。
泣くなという方が無理だ。
好きな人から、まさか誕生日に電話でお祝いされたのだ。
そんなことは生まれて初めてで、私は閉まっておいた恋心が爆発してしまった。

そんなつもりじゃなかった。
告白するつもりなんかじゃなかった。
今まで好きになった人には計画的に、何日のどこどこで告白しよう、と決めた上での告白だった。
それなのに
私は溢れ出る気持ちが止まらなかった。 

 
フラれたら関係が壊れてしまうとか
どうせフラれるに決まってるのにとか
そんな不安や懸念を通り越して
私は溢れるままに気持ちを伝えた。
しどろもどろになりながらも、ストレートに気持ちを伝えた。
駆け引きなんか、私にはできない。

 
A君は突然の告白に驚いていた。
何故なら

A君も私が好きで、自分から告白する前に先を越されたからだ。

 
もはや卒論どころではない。
私はパソコンを閉じて、電話に専念した。
私にとって初めての両想いなら、A君にとっても初めての両想いだ。
二人で思いがけない展開にハイテンションになり、そのまま朝方の5時まで電話した上で、「今日会おう。」と言われた。

急展開にもほどがある。
 
 
初めてのデートといったら、かわいい服を前もって買って、前の夜にパックをして、当日は念入りにメイクをして…
そんなイメージを抱いていたが、理想と現実は異なる。
そんな余裕など私にはなかった。 
ただ、会いたい衝動だけだ。
私達はろくに睡眠をとらないまま、お互いに手持ちの服を適当に組み合わせ、目の下にクマを作って家を出た。

私達はお互いの中間地点で会うことにした。
私の家からは片道二時間だ。

ベッドに入ってからもろくに眠れず、約束の時間より30分も早く待ち合わせ場所に着いた。
まさかの、A君も同じ状態だった。
お互いに恋に恋をしていたバカだった。

  
外は雪に近い雨が降っていた。
お互いに勝手がよく分からない駅で、座れる場所を探してさまよった。
お店はなかなか見つからなかったり、見つかっても混雑していたりで、なかなかゆっくり落ち着いて過ごすということはできなかった。

だけど、今までネットでしか会えなかったA君がすぐ隣にいたことや
「これしか用意できなくてごめん。」とケーキをくれてお祝いしてくれたことは
あまりにも夢のようだった。

 

私は一生分の幸せを使い果たしたと思ったし、いつ死んでも今日死んでも悔いはないと本気で思った。

「死ぬなよ。」

そう、A君が言ったことは今でも忘れない。
人生が思い通りにいかなくて、死にたくなることはたくさんあるけど、そのたびにこの言葉が脳裏に蘇る。

あの日誕生日に交わした、A君との約束なのだ。

私は生きる。
人生が上手くいかなくても、自分から死は選ばない。

 
 

睡眠不足のまま一日デートをし、別れの時間になった。
お互いに心や体が忙しくて、楽しいけどフラフラだ。

「これは俺から言わせて。俺と、付き合ってください。」

私は涙ながらに了承した。 
 
 
まだ会ったことがない人に衝動的に告白して、まさかの両想いが発覚し、急遽デートし、「付き合ってほしい」と好きな人から言われた。

それが私の、二十二歳の誕生日だった。
神様は私に奇跡を与えてくれた。
これ以上ない誕生日プレゼントを、私に与えてくれたのだ。

 
 
私はA君が好きだった。
もともと好きだったけど、付き合うようになってから気持ちは日に日に膨らんでいった。

A君は私を大切にしてくれた。
女性として彼女として、大切に愛してくれた。

世界一の、自慢の彼氏だった。
大好きで大好きな、私の彼氏だった。

 
 
だけど、恋は長くは続かなかった。

遠恋だったことやお互いに環境の変化があった時期で余裕がなかったことが災いし
私はA君を求めすぎ、寄りかかりすぎた。

A君が好きだった。
好きで好きでたまらなかった。好きすぎた。
一人占めしたかった。
特別扱いされたかった。
私の全てを理解して、受け入れて欲しかった。
彼女だから何を言っても許されると
彼女なのにどうしてこんな扱いなのと
言いたい放題のわがままだった。
些細なことで不安になり、嫉妬もたくさんした。
泣いてばかりだった。

後から思うと
私の気持ちや私の人生が、A君に重くのしかかりすぎていたのだと思う。

 
付き合ってから一年もしない内に
A君から別れ話があった。
 
A君は最後まで優しかった。
私を非難したりはしなかった。

「別れ話をしている俺が言うのもおかしいかもしれないけど、ともかと付き合っていて、本当に幸せだった。たくさんの思い出は宝物だった。今までありがとう。」

「俺の初めての彼女になってくれて、ありがとう。」

 
「ありがとう。」は私の台詞だ。
色々言いたいこともあるだろうに、最後の最後まで優しさをありがとう。

私達は泣きながら別れた。
一つの恋が終わった瞬間だ。

 
 
 
別れたとは言っても、好きな気持ちはそう簡単にはなくならない。
私は友達になりたい、と申し出た。
また元のように友達になりたい、と。

私は初めての失恋で分かっていなかった。
一度付き合った以上、まだ恋愛感情がある以上、友達に戻れる訳はなかった。

別れてからも何度か、共通の友達と複数でなら会った。
元カノだろうとなんだろうと、もう二人で会うことは許されなかった。
共通の友達は、全員が私達の仲を知らなかった。
だから私は普通にならなければいけなかった。

普通の友達として、普通に接する。

それは、片思いの時の比ではなかった。
一度両想いになってから別れて、友達をやるというのは
相当な覚悟がいる。
彼女時代との温度差も感じた。
もともと、メル友時代は会っていなかったのだ。 

直接会ってからは、彼女状態だった。
そこから友達になる、というのは不思議な関係性だった。

 

A君の話を聞くと、最近、仲の良い女友達ができたようだった。
まだ付き合ってはいなかったが、時間の問題なのは明らかだった。 
これからA君は仕事の都合で忙しくなるのは分かっていた。
だから仲間内で飲んだ時、私はきっとこれが最後だと思った。

「俺、こっちの改札だから。」

と言って、A君は去っていった。
私はその後ろ姿が今でも焼き付いている。
ベージュのジャケットを着て、ジーンズ姿だった。彼は改札を通り、後ろを一度も振り返らずに歩いていった。

 
私のその時の直感はあたり、それがA君との最後になった。

 
メールはたまにしていたが、予想通り、のちにその女友達と付き合うことになった報告を受けた。
A君はSNSもやめた。

私は電話帳を消した。
もう連絡をしてはいけない。
いよいよ、さよならをしなければならないと思った。

例え忘れられなくても、だ。

 
 
私はその時に密かに心に誓ったことがあった。

これからどんなことがあろうと、A君に恥じない生き方をしようと思った。
 
例えばいつか、街で偶然出会った時
何かに頑張っている私でありたいと思った。
幸せで、キラキラと輝いている私でありたいと思った。

再会した時に、かっこ悪い、不幸に酔った自分ではありたくなかった。

…遠距離恋愛だ。お互いの家は遠い。
どうあがいたってもう、偶然いつか再会なんて、あるわけないことは自分自身が一番分かっていた。

 
 
 
それでも私は、次の恋をしても、就職してもなお、その考えは変わらなかった。

別れても、もう会えなくても、人生で関わった年数が三年に満たなくてもなお
私にとってA君は、特別な忘れられない人だった。
A君との日々は、全てが宝物だった。

 
 
A君は今どこで何をやっているだろう。

元気だろうか。
結婚して子どももいるのだろうか。
私のことを少しでも思い出すことはあるだろうか。

今、幸せだろうか。
今、笑っているのだろうか。

知る術はないけれど、時々そんなことを思う。

 
 
ねぇ、A君。
私は元気でやっているよ。
自分のできる範囲で色々頑張ってきたし
趣味もたくさんある。
毎日楽しいし、充実しているよ。

A君と付き合って
恋の楽しさや苦しさだけじゃなくて
人を思いやる大切さや難しさを学んだよ。
好きなだけじゃダメなんだってことが分かったから
あの時よりは
自分や周りを大切にするってことが何か
少しずつ分かった気がする。

 
 
今の私を見たら、あなたはなんて言うのだろう。

今なら、あの時上手く伝えられなかった気持ちを伝えられるのだろうか。
今なら、あの時分かりきれなかったA君の気持ちも、分かるのだろうか。 
 
 
月日が流れても、もう答え合わせはできない。
私はただ、こうして忘れられないものを抱えながら、明日へと歩いていく。
それしかできない。

 
 
あの時、私の初めての彼氏になってくれてありがとう。
あの日々があったから、今の私の幸せがあるよ。
今でも感謝の気持ちがいっぱいだし
あなたの幸せをただ願っている。

あなたは今でも、私の光のままだよ。

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