見出し画像

転職先の同僚は私の元婚約者によく似ていた

私には夢があった。
 
三年以上付き合った人と26~27歳の時に結婚するという夢だ。
その夢を抱いたのは中学生の頃だった。

 
私は23歳の時に彼氏ができた。
だが、一年も経たずに別れることになった。

私はその初彼が忘れられなかったが
「俺だって初カノは忘れられない。付き合うほどに大切だった人を忘れられないのは普通じゃないか。」と言われ
押しに押されて付き合った。

それが二番目に付き合った人だった。

 
高鳴るドキドキやトキメキや切なさが募る恋愛ではなく
一緒にいて落ち着くような信頼感のある付き合いで
気がつけば初彼よりも長く付き合っていた。

 
思えば初彼のことはあまりに好きすぎて
私は重い女になったり、いい女ぶってしまい
泣くことが非常に多かった。

 
二番目の彼と付き合えば付き合うほどに 
私は結婚するならばこういう人がいいと思えるようになった。
とにかく大事にされたし、彼は一途だった。

合鍵を渡されていた。
好きな時に家に来てもいいと言われ
好きな時に携帯電話やパソコンを開いていいと言われた。
「俺んちを自分ちだと思っていい。」と言われ
好きなように物を置いたし
好き勝手に掃除しても怒らない
穏やかな人だった。

 
毎日電話してメールして
ほぼ毎週会っていた。
ケンカはたまにしたが
すぐに仲直りした。
 
私は彼にありのままの姿を見せることができた。
家族にも堂々と紹介できた。

 
彼といると前向きな気持ちにもなったし
笑顔も増えた。

 
彼の母親には交際を反対されていたが
彼は最初から結婚前提で付き合っていたし
私も結婚は意識していたし
彼と私は結婚するのだと思っていた。
そういう未来を夢見ていた。

 
 
彼と付き合って三年が経ち
そろそろ同棲しようと話をしていたが
私は彼から別れ話を切り出された。

それが私が26歳の時の話だ。

 
彼は私と別れて別の方と付き合い
やがて結婚した。

彼は別れてからも私と友達付き合いを望んだし
しばらくは彼から連絡が来ていたが
やがて私から縁を切り
電話帳からデータを削除した。
写真や思い出の品も捨てた。

 
 
彼が別の方と結婚してから数年後
久しぶりに連絡が入った。
離婚したという報告とやり直してほしいという内容の話だった。

私は彼と別れてから
恋愛は上手くいっていなくて
他の誰かと付き合いつつも結婚はできていなかった。  

 
久々に元彼から連絡が来て
変わらない声を聞いて
懐かしさは確かに込み上げた。  

即決はできなかった。 
また付き合いたいとも  
もう付き合えないとも言えず
しばらく悩んだ。

 
そもそも、私から手放した恋や未来だったわけじゃない。

 
だけど、私は悩んだ末に断った。

 
色々思うところはあったが
一番は、他の女性を選んで結婚したというのが大きかったのだと思う。

もしも別の理由で別れていたらまた違ったかもしれないが
付き合っていた時に感じた圧倒的な安心感や信頼感は
フラれた時に崩れてしまった。

 
もちろんこれは私のケースだし
復縁するパターンもあるだろうし
断った日に全く未練がなかったと言えば嘘になる。

 
あの日あの時あのまま結婚できていたらよかったのに…

 
という、空しさややるせなさは確かに残っていた。

 
 
それからもしばらく
LINEや電話は何度もあったが
断ってからは私は一切出なかったし、返さなかった。

 
そしてやがて彼からの連絡は途切れた。

 
 
 
それが今から2年前のことだ。

 
 
 
時は流れて2021年の冬。

私は転職活動をしていて、とある障害者施設の見学を希望していた。
その施設は分かりにくい場所で、私はしばらく付近をグルグル回っていたが
約束の時間に遅れそうだった。
だから諦めてその施設に電話をし
事情を説明した。

電話に出たのは男性だった。

その方は施設までの道を教えてくれ
更に目印代わりに施設の前に立っていてくれて
車を誘導してくれた。
 
 
 
 
私は車をバックしながら、驚いた。

 
その方は元彼にそっくりだったからだ。

 
 
平静を装っていたけど
見れば見るほどマスク越しでも似ていて
私は軽く動揺していた。

 
やがて私はその施設の書類選考を通過し
面接日がやってきた。
その元彼に似た方は面接官の一人だった。

11年働いていた職場を辞めた理由や退職後に何をしていたかを問われた。

  
「俺、仕事しているともかが好きだよ。ともかは本当に仕事や利用者を好きだよな。」

元彼はかつてよくそう言っていた。
元彼が離婚後に連絡してきた時
私がまだ同じ場所で働いていると伝えると

「本当にすごいよ。俺は職場を転々としてるし。ともかは本当かっこいいよ。仕事に一途で尊敬する。」

そう言われた。

 
面接官と元彼は別人なのに
私は元彼の顔や思い出や台詞がフラッシュバックしてしまった。

 
元彼は私が退職したと知ったならなんというだろうか。

 
そんなことがふとよぎった。

 
 
私はその施設で内定をもらえ
長い転職活動に終止符を打つことになった。

内定を電話で伝えた方も
出勤日前のオリエンテーション担当の方も
よりによってその方だった。

 
元彼と付き合っていたあの頃
まさか未来で
同棲しようと計画していた地域に転職し
元彼に似た方の下で同僚として働くなんて
全く考えもしなかった。

2年前連絡が途切れた時点で終わったと思ったのに
まさか転職先に元彼に似た人が働いていて
私の仕事指導に関わるなんて
人生とは本当に何が起きるか分からない。

 
 
働く中で、その方は元彼と年齢がほぼ同じで
血液型や利き手が同じ事が分かった。
歩き方や肌の色や髪型さえ似ている。

マスクをつけているから目元だけ似ているのかと思いきや
マスクを外した顔を見たらますます元彼に似ていて
私は内心頭を抱えた。

 
なんでまたこんなことになったのだろう。

  
元彼に会ったことがある親友に同僚の写真を見せたら
「確かに元彼さんによく似てるね。」と言っていた。

やはり似ているのは錯覚ではなく
現実らしい。

 

その同僚は、私が元彼を重ねてしまったり
元彼を思い浮かべてしまっていることを知らない。

一緒に働くようになってから
その人は優しく仕事を教えてくれた。
口数は多くない、穏やかな方で
二人きりになるとよくしゃべる方でもあった。
普段は見せないような笑顔もよく見せてくれた。

 
…意識するなという方が無理だ。

 
私は仕事をしながら
その人を見つめることがあった。

元彼に似ているから気になったこともあるし
同僚の持つ雰囲気や存在自体が気になったことも否めない。

 
だから入職してからしばらくして
その人が結婚していて、しかも子どもがいると知った時
少しショックだった。

 
考えてみれば三十代で独身者の方が少ないのに
私は一体何を期待していたのだろうか。

涙が出るより、笑えてくる。

 
 
いいなぁ…

と思った。

 
いいなぁ……。

 
26歳のあの頃、私はこの地で二人暮らしすることを願った。
そして結婚を望んだ。

三年以上付き合って別れて
復縁を求められても応えられず
長年勤めた職場を退職せざるを得ないことになった。
長い期間転職活動して
たまたま、同棲したかった土地にいい施設があって、ようやく働き出したら
上司が元彼に似ていて
つい意識しちゃって 
そしたら結婚しているというオチ。

 
バカらしくて、本当、バカバカしい。

 
 
私は羨ましかった。

元彼に選ばれた彼女も
同僚に選ばれた女性も。

私も結婚して
穏やかな生活を送りたかった。
それが無理ならせめて
ずっと前職の施設で働きたかったのに
また一から転職して仕事をやり直しで

私は遠回りしてばかりだ。

 
転職してから毎日慣れない環境で
新しい仕事を毎日覚えなければいけない状況で
私は毎日充実しつつも気疲れし
心身疲れていた。

お陰でよく食べられて、よく眠れた。
余計なことをいちいち考えたくなかった。

 
 
 
この前、事務室でその同僚と二人きりになった。
パソコンを叩く音が静かな部屋に響く。

「もうすぐ試用期間明けますね。」

その人は穏やかな表情で私に話しかけた。

 
 
その人と私はよく似ていた。

その人は私と同じく10年以上大規模な施設で働いていて
転職してきた。
他の方は職場を転々としていたり
高齢者福祉の業界からの転職が多く
大規模な障害者施設で10年以上働いてからの転職組は
私とその人しかいなかった。

私の前に入職した新人らしく
まだ一年くらいしか勤務していないらしかった。

 
二人きりになると、よく同僚から話しかけられた。
大規模な施設のメリット、デメリットは共感しかなかった。
大規模な施設と今の職場の働き方の違いは大きくて
戸惑いや困惑はいまだによくあった。

「真咲さんはここの施設のやり方に戸惑いませんか?」
「自分は一年働いてもまだ慣れません。」

 
私はその人の言葉に救われた。

確かに私は福祉職として10年以上働いてきたし
それなりに知識や経験はあるつもりだ。
周りからは「仕事を覚えるのが早い。」と言われたり
仕事が上手くできなくても「慣れだから。」とか「そのうちできるよ。」と言われてしまう。

確かにそれも一理あるのだろうが
10年以上特定の施設で特定のやり方で仕事に取り組んでいると
同業の場合
良くも悪くも比較してしまったり
違いに馴染めなかったりしてしまう。
10年以上信じてやってきた常識ややり方が異なるのだ。

経験者だから経験を活かせることも多々あるが
経験者であるが故に、違和感に苦しめられることも確かである。

 
時間の問題ではなく
根本的なやり方の違いに対しての違和感とどう向き合うか、割り切れるかの問題なのだと私は思っている。

 
同じ福祉施設であっても
場所が変われば業務が変わり
やり方が変わり
それに合わせるしか道はない。

そして新人の私は立場上、今の職場のやり方に何を思っても口出しはできない。

 
だけど、その人は私の気持ちや立場をよく分かってくれた。

 
 
私はパソコンを叩きながらその人を見て言った。

「長年働いてできたクセや考え方はなかなか抜けないですし、こちらでの働き方はまだ慣れないことも多々ありますが…

分かってくれる人がいるから、心強いです。とても。」

 
 
その人は穏やかに微笑んだ。

「ここの職場は、やりたいことはどんどんできる場所です。フットワークが軽い。利用者にとっては様々な経験ができるいい施設ですよ。」

 
私は頷いた。
大規模な施設だからこそできたこともあったが
制限がかかることも多々あった。

 
福祉職の経験と知識と夢があるからこそ
私や同僚は行事等をどんどん企画し
どんどん挑戦していく。
立ち止まっている暇はない。

 
同僚と語り合う夢や希望や未来は
確かにキラキラと輝いて見えた。

 
転職をしたての頃
新しい環境に馴染めなくて
すぐに仕事を辞めてしまうかもしれないと不安があった。

だけど、もうすぐ試用期間が終わる。

気がつけば私は
行事を企画したり、新しい商品開発をしたりと
確実に毎日できる仕事が増えた。
スピードも上がったし、ゆとりもできた。
利用者や保護者や同僚とも距離は縮めつつある。

まだできないことはあるけれど
今の仕事を頑張っていきたいと素直に思った。

 
 
 
 
私が三年以上結婚前提に付き合った人と別れ
復縁を申し込まれたが、断り
同僚がその元彼によく似ていることは
職場の誰も知らないし
これからも話すことはないだろう。

 
私はこれからも元彼への思いや思い出を秘めたまま
元彼に似た同僚と共に新たな未来に向かって歩いていくのだ。

利用者の笑顔やできることを増やすという 
同じ夢を見て
私達は共に働く。

 
仲間として。

 
私はあの時結婚できなかったけど
結婚できなかったからこそ今があり
転職先でその方に出会った。

人生は出会いと別れの繰り返しで
あの別れがあったからこそ
転職先で笑顔で働ける今がある。




 






 






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?