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東京でバレエ公演鑑賞をした日

私が小さい頃、少女漫画の定番にバレエ漫画があった。

主人公の女の子はプリマを目指して練習に励むのだ。
ライバルの子は大抵才能に恵まれていて
オーディションで勝ったり負けたりをしながら
主人公は成長していく。
その合間に恋やら友情やら怪我やらも入る。

 
バレエ漫画はいくつもある。
バレエ少女が主人公の物語も図書室や図書館にある。

バレエは身近なテーマの一つだった。

「バレエは手足が長い子や身長が高いと有利。」と言われ
私はドキッとした思い出がある。
私は背の順が一番後ろだった。素質があるかもしれないと単純に自惚れた。

 
漫画や本の世界で知ったバレエは
華やかな衣裳を着て可憐に舞うイメージが強く
淡い憧れを私は抱いた。
他の女子もバレエは素敵だなぁと思っていたと思う。

 
だが、私は小さい頃から様々な習い事をしていたし
母親は私や姉にバレエを習わせる気はなかった。
私や姉に素質がないことを見抜いていたのもあるだろう。

私もあくまで淡い憧れであり
めちゃくちゃバレエがやりたい!というほどのやる気はなかった。

 
そうして私は
漫画や本でバレエの世界を楽しむだけの女の子として成長していった。

 
 
小学生の頃、クラスメートの家に遊びに行ったら、バレエの写真が飾ってあった。
友達は習い事でバレエをしていた。

あのバレエを!?

私は胸ときめかせてバレエ写真を間近で見せてもらったらギョッとした。

 
な、何これ………。

 
そこには、コテコテに厚化粧され、モリモリメイクをされた友達が写っていた。
漫画や本ではナチュラルメイクに描いているバレエの世界だが
現実はメイクが濃いめではないとステージ映えしないと
私はこの時まで知らなかった。

 
私は衝撃を受けたまま、友達の家を後にした。

 
写真で見てもやっぱりバレエ衣裳はかわいかったが
厚塗りメイクは私の価値観では全くかわいくなく
淡い憧れは呆気なく散った。

 
これなら、ピアノの発表会の方がよっぽどいいや…。 

 
私はそう思った。

当時私はピアノを習っていて、2年に一回ピアノの発表会があった。
ピアノの発表会では、ドレスを着てかわいらしい髪型にしてステージに立っていた。
メイクはしなかった。ナチュラルであった。

 
バレエを楽しむのは本の世界だけでいい。
やる側に回らなくてもいい。

そう私が強く思ったのは、小学五年生の時だった。

 
 
 
 
それから時は流れ、私は大学生になった。

一緒のグループの子は小さい頃からバレエを習っているらしい。

 
バレエは進学と共に習い事を辞めてしまうイメージが強かった為
私は大変驚いた。

 
バレエはほぼ毎日レッスンがある。
彼女はバイトもサークル活動もしないで
大学が終わると真っ直ぐに帰ってバレエ教室に通っていたらしい。
それほどに打ち込めるものがある人生は素晴らしいだろうなぁと私は感心した。

 
彼女は身長がそこまで高くなかったが
バレエを習っているだけあり
背筋がピンとしていて、体のラインが引き締まっていた。

 
今でこそ当たり前だが、彼女は当時は珍しい日傘をしょっちゅう使っていた。
まだ日傘を大学生が使うのはポピュラーではない時代で、良くも悪くも目立っていたが

「日傘を使っていることを変な目で見る人もいるけど、美肌を保つ為には必要なことだし、最後に笑うのは私だから。」

と、彼女は実に堂々としていた。
  
 
実際、年々紫外線問題は深刻化し
私も社会人になってから日傘を日常的に使うようになり
彼女の言い分は正しかったと思った。
先見の明があったと言える。

 
彼女は自己顕示力がとにかく強く、人を見下す傾向が見られた。
個性が強く、芯が強かった。
ファッションも個性的で、就活でも派手なシャツを良く着ていた。白のノーマルシャツは一回も着ていない。

 
彼女はほぼ毎日バレエに通うため、自動的に人付き合いも制限がかかる。

 
 
彼女は女子の人間関係に馴染んでいた方ではなかったと思う。 

悪く言えば、気を遣わないで自信過剰だし、人付き合いが悪い。
良く言えば、常に揺るぎない自分を持っていた、とも言える。

 
 
私は彼女と気が合わなかったし
特別仲の良い友達も彼女にはいなかったように見えた。
ただ、同じグループに所属だっただけだ。

「私は人に合わせるつもりはない。」
「私を理解できない人はこっちからお断り。」

という価値観の持ち主でもあり
彼女自身、友達がいないことは大したことではないように主張していた。
むしろ、群れる女子を見下してもいたと思う。

 
彼女の家庭環境は複雑で
いかに自分が不幸かを自慢したり
いかに自分が強いかを主張したりもしてきた。

何故か私は彼女に懐かれていて
そういった話をよく聞かされて、内心ウンザリしていた。

同じグループだから仕方ない、と私は話を合わせていた部分は強い。
同じグループの子は、彼女をめちゃくちゃ仲の良い友達とは思っていなかったが、同じグループの子として普通に扱っていた。
できた人達だったのだ。

     
  
そんな中、彼女が大学の同じグループの子みんなにバレエを観に来ないかと招待をした。 
バレエの発表会があるらしい。

私は彼女と性格は合わなかったが
彼女がバレエにかける思いや情熱は評価していた。
彼女自身がステージで使うからと、スワロフスキーで作るティアラの出来は見事だったし
一人の人間をそこまで虜にするバレエには興味があった。

 
実際、バレエの発表会は様々な演目の組み合わせで
彼女の出番がない演目もあるし
彼女の出ている時間よりも彼女が出ていない時間の方が長い。

 
同じグループの子もそのバレエ発表会に興味を示した為
私は友達と共に見に行くことにした。

 
 
 
そのバレエ公演は東京で行われた。

「今日はクラスメートのバレエ発表会の日で、招待券もらったから、友達と東京でバレエ見てくるね。」

と、親に言った時、今日は実にエレガントな予定だなぁと思った。
東京でバレエを見るというパワーワードよ。

 
 
 
友達と東京駅で待ち合わせたら、友達の何人かはおめかしをしていて、私は内心ギョッとした。

バレエ発表会で気合が入りまくっている。

見る側なのに。

 
だが、やはりバレエには人をそうさせるだけの魔法や魅力があるのだろう。
バレエ公演はやはり特別な響きがあり、高尚なイメージがある。

 
友達の一人が「発表会だし、花束を買っていった方がいいかな?」と提案し 
みんなで賛成した。
確かに、ピアノ発表会も花束を渡すことは割とポピュラーだし
バレエ公演もバレエ発表会も花束を渡すことは割とポピュラーだろう。多分。

 
私達は花屋さんと相談して素敵な花束を購入し
みんなで料金を折半した。
友達と花束を買うのも初めてだし、プライベートで花束を渡すのも初めての体験だった。

 
 
私達は指定された会場にみんなで向かった。

バレエは様々な年齢やレベルの方の演目がたくさんあり
プログラムや時間をチェックし
グループの子がいつ出るかを頭に入れた。
なんせ厚塗りメイクだし、会場は広かったので
よく見ないと見落としそうだった。

 
 
バレエ公演が始まった。

小さい子がチュチュをつけて踊る様はかわいらしかったし
学年が上がるにつれて、技も難易度が上がってきた。
大抵が集団演目だったが
やはり上手い子や光る子はそれぞれに必ずいた。
目をひく子、といってもいい。
私は各演目で推しの子を見つけては、その子ばかりに注目した。
バレエは様々な演目があり、世界観がガラッと変わる。非常にそれが面白くて、見ていて飽きなかった。

そのうち、彼女の出番になった。

なるほど、集団の中にいても濃いメイクをしていても
彼女は彼女でしかなく
ステージ上で彼女はすぐに見つかった。
次から次へと舞い踊る彼女は、確かにキラキラ輝いていた。

人間関係や他の様々なものを差しおいても
彼女がバレエに賭ける思いや真剣さは
確かに伝わってきた。
かっこいいと素直に思った。
すごい、と。

 
彼女らの後はプロの方が舞い踊ったわけだが
流石にプロはレベルが段違いで
私はひどく感動して拍手をしまくった。

ピルエットが美しい。
何回転するのか。
あわわわ、なんて素晴らしい跳躍と安定感。
すごい…。

 
まさに、息を飲む美しさだった。

 
 
発表会後、彼女は私達の元に衣裳のままやってきた。
友達が代表で花束を渡した。
「ありがとう。」と彼女が笑った。
間近で見れば見るほど濃いメイクだったが
小さい頃に感じた不気味さはもうなかった。

私は確かに感動したのだ。
彼女のバレエ姿にもバレエ発表会自体にも
ひどく感動した。

  
生でバレエを見るのは初めてだったが
本当に素晴らしくて、私は興奮してしまった。

彼女は5分くらい私達に挨拶した後
他にやることが残っていた為、舞台袖に戻っていった。

 
 
私達は帰りの電車で、「バレエ、すごかったね。」「感動した…。」と語彙力をなくし
バレエ公演や発表会の感想を口にした。
本当にすごいと思った。

  
  
 
 
そのバレエ発表会から一年も経たない内に
履修科目やゼミの関係で彼女と会う時間は激減し
彼女はそれを機にスッと私達のグループから抜けて、別グループに所属した。

私も同じグループの子も、彼女を誰も追いかけなかった。
個別に連絡したり、あえて会ったりはしなかった。
それどころか、グループ内で彼女が抜けた理由を話すことも、話題に上がることもなかった。
結局はそれが全てだ。

彼女がグループを抜けたのはそれが何よりの答えだろう。

大学内で偶然会えば挨拶をしたり、話すが
それ以上はもう、なかった。

彼女はやがて、一般企業に就職した。

どんなにバレエが好きでも、長く続けていても、プロになれる人は一握りだ。
彼女が通っていたバレエ教室は閉めることになったらしく
彼女はそれを機にバレエを辞めた。

社会人をやりながら、今までのペースでバレエを続けるのは厳しい。
潮時だったのかもしれない。

 
 
それでも私は思う。

多分、彼女は仕事に慣れてきたり、例えば結婚して退職したりしたら
またバレエを続けるんだろうな、と思っていた。

 
 
それほどに、彼女にとってバレエは人生の全てに近かった。

バレエが好きで好きでたまらないことはビシビシ伝わってきた。
バレエ教室をしめられたくらいで
彼女のバレエ人生は決して終わらないだろう。

 
 
 
大学を卒業してから、私も共通の友達も誰一人彼女の今を知らない。

だけどもしかしたら今日もまた
どこかで活き活きと踊っているかもしれない。

そんな気がする。












 
 








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