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鮭おにぎりと海 #14

<前回のストーリー>

外はしとしとと雨が降っていた。周りを見渡せば、みんな思い思いの傘をさして歩いている。男の子は、その大半が安っぽいビニール傘を持って歩いていた。校舎の脇には紫色の小さな花をいくつも連ねた紫陽花が咲いている。

いつもであれば、大学入学した時に仲の良くなった楓と一緒にお昼ご飯を食べているのだが、その日は彼女は私用があるということで学校に来ていなかった。他の女の子を誘っても良かったのだが、たまには学食でひとりご飯を食べながら空き時間で本を読むのも良いかと思い、授業が終わったらそのまま食堂へと向かった。

すると、ひょんなことから少し前にピアスを捜してくれた戸田生粋の姿が視界に入った。せっかくなので、トレイを持って彼の側まで行く。今現在絶賛ダイエット中なので、お盆の上に乗っているのはサラダとミニ三色そぼろ丼である。声をかけると、試食の彼が振り向いた先に、ものすごい重圧感を感じさせる人が座っていた。その人は、やけに体ががっしりとていて肩幅の広かった。

試食の彼は、元々それほど友達が多くないタイプなのか、構内でたまたま姿を見かけたときはいつも一人で行動しているところを見かけることが多かった。それなのに、これほどアンマッチな人間と一緒にいるとは思わなかった。何だかちょっと気まずい感じになりそうだったので、その場を辞去しようとした。ところが、なんとなくそのずんぐりむっくりした人物から目が離せなくなってしまった。

人一倍大柄なその人は、たまに教室で見かける、周囲から「神様」と崇められている人物だった。

彼の名は神木蔵之介という名前だそうで、わたしと同じく英米文学を専攻していた。彼は学部では結構な人気者らしく、いつも周りには誰かしら男の人や女の人が集まっていた光景を見たことを思い出した。その異様な存在感から、彼は「神様」と呼ばれるようになったらしい。その名前だけ聞くと、どこかのテレビ俳優の名前にとても似ているような気がした。

試食の彼がわたしの方へ振り向いたと同時に、巷で「神様」と呼ばれているその人物はわたしの姿を認めると、何やら嬉しそうな顔でこちらへ手招きをしてくる。そのままスルーしてしまってもよかったのだが、なんとなくそのガタイの良い彼にも興味が湧いてきて、試食の彼の隣におさまった。

「お隣、ご一緒してもよろしいですか?」

試食の彼とは以前ピアスを探すのを手伝ってもらったとはいえきちんと話をしたのはそのピアスを探してもらった後に一緒に学食でご飯を食べた一度きりだったし、加えてガタイの良い彼は噂は聞いていても実際に話をすることは初めてだった。

何をどうやって切り出せば良いものか、考えあぐねていた。そこで口火を切ったのは、神様だった。

「君、何だかどこかで見かけたことがあるような気がするネ。なまいき君と知り合いなのかい?」

なまいき君、とは誰のことか一瞬わからなかったのだが、すぐに試食の彼のことを指しているのだと思い立つ。

「ええ、以前ふとしたことがきっかけで一度話したことがあるんです。」

その間、彼は少し下を向いた後、

「そうなんです。僕は以前彼女に助けられたことがあるんです。そしてそのことがあって、彼女のことを手伝ったことがありまして…」

と試食の彼は何だか歯切れの悪い回答をした。それに対して、ガタイの良い彼は

「袖振り合うも多生の縁、というからな」

と言って、ガハハハと豪快に笑った。その姿がなんだかとても印象的だった。とりあえずその場ではわたしたちはお互いあまり知らないもの同士、取り止めもない話をぎこちなく話をした。

そのときに、ガタイの良い彼が4年生だということを知った。就職活動をしなくて良いのか、と聞くと「いや、俺はもう決めたんだよ」と、果たして答えになっているのかなっていないのかわからないあやふやな答えを返すのだった。

そのときのランチは、なんとも微妙な空気が流れていたことを覚えている。少なくとも試食の彼とガタイの良い彼の雰囲気はまるで正反対だった。なぜこんなにもちぐはぐな二人が仲良くしているのだろうとただただ不思議に思ったことを覚えている。

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