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鮭おにぎりと海 #19

<前回のストーリー>

目を開けると、見慣れない天井が頭上にあった。

ここはどこだろう、とズキズキした頭で考える。そうか、昨日もいつかと同じく早いペースで飲んで、神様のご厄介になることになったのか。それにしても、なんだかこの部屋は不思議な匂いが漂ってくる気がする。普段あまり嗅ぐことのない匂いだった。横を見ると、神様が豪快なイビキをかきながら寝ている。

ああそうか、昨日神様と飲んでいつかと同じように酔っ払って神様が住んでいるアパートに例の如く転がりこんでしまったのか。前にアパートに泊まらせてもらった時もそうだったけれど、人の部屋に止まった時に宿主よりも先に目を覚ましてしまうとなんとも言えないぎこちなさが漂う。この日もそうで結局僕の方が先に起きてしまったのでなんとなく暇を持て余してしまった。

このまま帰ってしまうことも考えたのだが、せっかく部屋に泊まらせてもらったのに、何も言わずに帰ってしまうことも何だか良心の呵責的に憚られた。とりあえず窓を開けてみると、初夏特有の爽やかな風が吹き込んできた。なんだかとても気持ちの良い朝だった。

このままだと何もやることがないので、もう一度雑にかけられたタオルケットにくるまってもう一度夢の世界へと入ることにした。

気づけば、目を覚ましたのはお昼前だった。今日は本当は2時限目があったのだが、なんだかもうどうでも良くなってきた。2度目に目を開いた時には、何やら香ばしくて美味しそうな匂いが部屋の中に漂っていた。

体を横に向けると、ずんぐりむっくりした大きな塊がキッチンで微かにゆらゆらしている。なんと、神様が料理をしているらしい。そのあまりにも不釣り合いな感じに、思わずクスリと笑ってしまう。

「おう、起きたか。」

後ろ側が猛烈な勢いで寝癖のついた神様が、すっかり覚醒した顔で喋る。

「何を作ってるんですか?」

「男の料理だよ。」

数分後でてきた料理は、非常にお腹と鼻を刺激する食べ物となっていた。

「サバとキャベツのカレーだよ。」

神様はどうやらカレーが大のお気に入りらしい。インドに行った時に、それこそのめり込むようにはまり、気づけば部屋にた何種類ものスパイスをストックするようになったらしい。朝感じた独特の匂いは、これが原因だったのか。

この人が作った料理は大丈夫なのかと思いつつ、恐る恐るといったていでカレーを口の中に運ぶと意外とその美味しさに驚く。ピリリと生姜が効いていて、適度な辛さもある。普段食べているドロドロしたカレーとは全く味わいが異なり、それでもご飯が非常に進む。正直、といったら失礼かもしれないがこんな特技を神様が持ち合わせているのは意外だった。

「神様は、なんで学校に余計に残ろうと思ったんですか?」

「うん、もっといろんな世界を見て回ろうと思ったのよ。今すぐに就職をしなくても、もう少しいろんな国を見て回ってもっといろんなことを感じられたらと思ったわけよ。」

ずっしりとした体を向けて、神様はギョロリと僕の顔を見る。

「お、なまいきくん、その顔を見る限りなんてお気楽な人間なのだろう、と思っただろう。」

正直、図星だった。かたや、日々の生活費もままならなくていっときは軋む体に鞭打って働いていた身からしたら神様の境遇は、なんて恵まれた環境なんだろうと思った。背格好は、もう立派な大人のように見えるけど、この人は世間の汚いところを何も知らない人間だとも思う。

「まあそう思うのも仕方ない。俺自身も自分がいかに甘い人間であるか、ということを最近ひしひしと感じている。でも自分が生まれてきた環境というのを選べるわけではないからな。俺は今の環境に生まれてきたことを感謝しながら、自分のやりたいこと、したいことに向かって進んでいくわけだ。でもそこにはもちろん後ろめたさがあるぞ。だから、この後ろめたさをいつか誰かに還元できればと思っている。」

神様のカレーの美味しさは尋常ではなかった。これまで僕が食べたどのカレーよりも刺激的で、余韻がずっと続くカレーだった。その日は、大学の夏休みに入るちょうど1週間前の出来事。

その日を境にして、しばらく大学の校舎でもそのほかの場所でも、神様の姿を見かけることはなかった。彼は夏休みに入って2週間ほどして、海外へと単身飛びだってしまったのである。かねてより彼の中に燻る探究心を抱いたまま。そして、再び彼と出会ったのは、季節がもう一巡りした頃のことだった。

なんだか、不思議とぽっかり胸に穴が開いたようだった。

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