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ビロードの掟 第23夜

【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の二十四番目の物語です。

◆前回の物語

第五章 日曜日よりの使者(1)

 気がつけば、季節はそろそろ長袖1枚だと寒い時期に突入しようとしていた。空っ風が時折吹き、ピンと空気が張り詰める。

 以前であれば凛太郎は恋人である奈津美と日曜日に会っていたのだが、近頃は土曜日に会うことが日課となった。理由は元カノの妹である優奈と会うことが増えたためである。

 12月中旬の週末も同じく土曜日を一緒に過ごすことになっていたが、この週は急遽休日出勤することになったと奈津美から連絡が来たため突如としてフリーの日になってしまった。

 久しぶりに一人の夜を満喫しようかと思っていたのだが、このタイミングで折しも大学の時つるんでいた神木から、「凛太郎、土曜日空いてるか?折角だから時間があるならお前の部屋で久しぶりに飲もうぜ」と連絡が来た。

 8月にオンボロビルの居酒屋に大学の同窓生同士で集まった際、神木から近況を聞いた。その時に、凛太郎が住んでいるところからさほど離れていない場所に神木も賃貸アパートを借りていることが発覚。そういえば、その時に今度一緒に飲もうという話になったんだった。

 数回のやり取りののち、その週の土曜日に約束通り神木は現れた。

 相変わらず大きな図体だったので、駅へ行くと一目で神木だとわかった。なぜか彼は上下に長いケースを肩からかけている。

 「神木、その肩に背負っているのは何だ?」と凛太郎が尋ねると、「まあまあお前の部屋についてからのお楽しみよ」と言って中身を凛太郎には教えなかった。

 そのまま二人して近くのスーパーでお酒やつまみを買い出しして、部屋へと戻った。昔からの馴染なじみだったということもあり、以前他の数人と集まった時と同様に大学の時の思い出話に花が咲く。

「それにしても、俺最近どうも妙なことに巻き込まれていてさ──」

 優里の妹である優奈から、突拍子もないタイミングで連絡が来たこと。彼女から優里が今失踪して全くその手がかりをつかめることができていないこと。少しでも行方を知りたいが故に凛太郎と会って定期的に優里との思い出について話していることを神木に一通り経緯を説明した。

「優奈──優里の妹ね──彼女が俺の他にも優里と仲良さそうだと思われる人に連絡してるという話をしていたんだけど、神木のところには連絡きてないかな?」

 神木は腕を組んで、うーんと考える姿勢になった。

「今のところ俺のところには連絡来てないな。それにしても、優里がいなくなったって本当かよ。もう半年以上経っているのに見つからないっていうのも変な話だな」

「本当だよな。とりあえず失踪して1週間後くらいに彼女の実家に直筆で優里から手紙が届いたから、一旦親御さんの不安は解消されたというか、何か犯罪に巻き込まれたわけじゃないってことになったわけらしいけど」

「それにしたってなぁ……」

 大の男が二人して6畳半の部屋の中でうんうん言って考えを巡らせたものの、お互い何か良い具体案が出るかというとそんなことはなかった。ふと思い出したように神木が言葉を発する。

「あ、そういえば優里って海が好きだったよな」

 いいこと思いついたぜ俺、という感じで握った拳を左の平手にパチンと打った。軽快な音が、周りに響く。

「好き、というかなんか落ち込むことがあったりするとよく海を眺めに行ってたな。俺たちの大学って割と海に近い場所にあったじゃん?そのこともあって本人からしたら良い気晴らしになっていたんだろうな」

「『灯台下暗し』って言葉もあるくらいだからな。案外近くにいるかもしれないなぁ」

 ポツリと神木がつぶやく。その声音は妙に余韻を伴っていた。

「今度優奈と会う場所も、その学校から近い場所にある海の予定なんだよね」

「お前それあれだな──下手したらもうデートだな。いや、その前からか」

「バカ言うなよ。俺が彼女に協力して、優里が見つかる手がかりになればいいと心の底から思ってるだけさ。それ以上の感情はないよ」

 一旦そこで話は打ち切りとなった。酒が進むにつれて話は神木の学生時代の話に移る。彼は大学を留年している間、さまざまな国やそれから日本国内を旅して回ったそうだ。

 おもむろに最初待ち合わせ時にかけていたハードケースの口を開ける。そこから出てきたのは、なんと伝統民芸で見るような楽器だった。3つの弦が張られ、その先には蛇皮が張られた四角い形の箱のようなものがくっついている。

「なんだこれ、三味線?」

「いや、三線さんしんと言うんだ。かつて俺石垣島に1ヶ月くらい滞在していた時に、あまりにもやることがなくて弾き方習ったんだよ。せっかくだからその腕前を今日は凛太郎に披露ひろうしたいと思ってな」

 神木は爪を使い──水牛のツノでできているらしい──、その大きな図体からは想像できないようなとても器用な手つきで、3つの線を指で抑え鳴らし始めた。

 テレビで聞いたことのある音色だったが、実際に聞いてみるとノビがありそしてテンポとしてはかなり明るい雰囲気だった。音楽と一緒に神木が慣れた調子で歌い始める。思いのほか、神木は歌が上手かった。

「──お前、これすごいな。ものすごく耳に残る音色」

 幾分か神木は得意げな顔をし、「これな、『安里屋あざとやユンタ』という歌なんだ。なかなかいいだろ。沖縄の八重山諸島に伝わる民謡だよ」と言い、元々も曲の意味なんかも説明してくれた。

「身分違いの二人を歌った歌か──」なんとなくどこかで聴いたことのあるメロディだと思った。

 三線の音色を聴いて、ふとかつて優里と二人で一緒に行った沖縄のことを思い出した。付き合っている時に一度だけ、付き合って2年と半年くらいのタイミングで旅行をした。底まで見通すことのできる透明な水にいつになくはしゃいでいた様子の彼女の姿を思い出す。
 
 気がつけば二人とも飲みつぶれ、朝起きると抱き合うようにして寝ていた。最悪の朝の迎え方だった。

<第24夜へ続く>

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