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鮭おにぎりと海 #71

<前回のストーリー>

久しぶりに海外の洗礼を受けることになった。

年末の年越し、カナダの留学時代に知り合ったマギーに誘われてスイスの郊外にある別荘で過ごすというなんとも稀有な経験をさせてもらったのだが、調子に乗ってお酒を煽ったせいで次の日に非常に後悔するハメになる。

高速列車の揺れは、俺の胃袋をほどよく刺激した。そしてあまりにも気持ち悪くて急いでトイレに駆け込もうとしたものの、なんとそこに辿り着く直前で全てリバースする。なんとも最悪な新年の幕開けだった。

それにしても年越しパーティーはなかなか貴重な体験だった。マギーの友人はやはり比率的には女性の方が多かった。皆煌びやかに衣装を纏って、これが海外のパーチイか、日本のよくわからん宴会とは大違いだ、と新鮮な気持ちで参加していた。

パーティに参加していた人たちとある程度話が弾むと、是非とも長い休みができたら日本を訪れてくれ、と言ったのだが、会う人会う人なんだかつれない態度だった。彼ら曰く、「どうしてそんな辺鄙な場所に行かないといけないの?私は今住んでいるこの場所がひどく気に入っているのよ。」という。

それは俺にとって非常に衝撃的な出来事だった。彼らは皆帰属意識が強い。自分がスイスの国民であることに対してプライドを持っているのだ。どれだけの日本人が、自分たちが日本人であることに誇りを持っているのだろうか。おそらくほんのひと握りのような気がする。この時の出来事は、のちの俺の人生に一つ影を落とすことになる。

♣︎

スイスから向かった先は、長靴の形をした国だった。イタリアは個人的に前々から行きたいと思っていた国の一つだった。中でも、シチリア島。知ったきっかけは、俺が生まれるずいぶん前に1作目が作られたという『ゴッド・ファーザー』という映画だった。フランシス・フォード・コッポラが監督を務めた、名作中の名作。

舞台は第二次世界大戦直後のニューヨーク。当時五大マフィアの1つとして数えられていた「コルレオーネ・ファミリー」が主役である。彼らはもともとシチリア島出身のマフィアだった。その時に見た光景が頭に離れなかったのだ。

イタリア自体にはだいたい2週間程度滞在した。ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマ、ナポリ、カプリ島、そして最後がシチリア島。

数あるヨーロッパの国を旅した中でどこが一番印象に残っているかと聞かれたら、やはりイタリアだろう。どこか牧歌的な雰囲気と、どこを切り取っても絵になるその光景は、俺の脳裏に焼き付けられた。

中でも、カプリ島とヴェネツィアは別格だった。もうこの場所に住んでも良いのではないかと思うくらい印象深い街だった。

夜は『ゴッド・ファーザー』に出てきた通りの不穏な街になる。一度は夜で歩いていた時にどこからともなく銃声が聞こえてきたこともある。

カプリ島では、本当は青の洞窟に行きたいと思っていた。ところが、俺が何も下調べをしてこなかったせいで、冬は波が高くてボートが出ないという事実を現地に行ってようやく理解した次第だ。

島は、穏やかだった。全てを受け入れる準備が周到にされていたかのように、誰を拒むでもなくその存在感を示していた。俺はナポリからカプリ島へと渡る際に、同じ船で一緒になった杏奈という年の近い女の子と旅路を共にした。

至る所には、レモン畑が広がっていた。レモンチェッロが有名らしい。本来の目的である青の洞窟は残念ながら目にすることはできなかったのだが、島に住む長閑な人たちとの対話を楽しむうちにそんなことはどうでも良くなってしまった。

つくづく、旅は人との出会いだと思った瞬間だった。

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