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あたまの中の栞 -弥生-

 気がづけばあっという間に新しい年度が始まっていた。正直先月に自分が何をやっていたのかということをまったくもって思い出せない。引っ越しやら新たな仕事のタスクやら、やることが後から後から降って湧いてくる。自分の時間も確保できない。

 …というのはきっと言い訳で、忙しさにかまけてサボっていただけです、ハイ。そうこうしているうちに、ハッと我に帰ると図書館への本の返却期間が過ぎていて、慌てて本を返しに行く羽目になった。

 新しく引っ越した場所は、幸いにも図書館から10分もかからない場所だった。この時ばかりは、引っ越して本当に良かったと安堵した。隙間時間で読んだ本たち。最近は本を読むたびメモをつけるという能力を身につけたので、それをみることでなんとか記憶を引っ張り出すことができた。まあでも本当に自分の中で理解するためには、何度も読むしかないんだろうな。

 先月読んだ本について、改めて振り返ってみたいと思います。

1. 女のいない男たち:村上春樹

 タイトル通り、どこか女の人の影が遠く離れてしまった男たちの物語が収録されている。村上春樹さんは大学生入ったくらいの時に「文学を読むもの、この道避けては通れぬ!」という感じで、いっとき貪り読んだ覚えがある。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、『海辺のカフカ』、『ノルウェイの森』。

 村上春樹さん自体は、英米文学にかなり影響を受けたとおっしゃられていることもあり、作品の随所にその影を見てとることができる。読み終わった時に、なんだか妙な読後感が手のひらに残る感覚。文章に出てくる一つ一つの事柄がなんだか何かのオマージュのように思えてくるから不思議だ。

 本作においては、私としては『イエスタデイ』という作品が一番はまった。木樽が歌う、関西弁のイエスタデイ。結局は幼馴染との間に何も生まれなかった。その感じが、なんとなく情緒あってしばらくその世界観に酔いしれた。

しかし人生とはそんなつるっとした、ひっかかりのない、心地よいものであってええんのか、みたいな不安もおれの中になくはない(文春文庫 p.89)

2. お砂糖とスパイスと爆発的な何か:北村紗衣

 実に久しぶりに作品評論みたいな本を読んだ気がする。とはいえ、本作品は文学作品だけではなくその対象は多岐にわたる。唯一共通のものとしてあるのは、フェミニスト批評であるということ。

 もともとwebでまとめたものが形になっているのだろうか、時々毒を吐くような箇所がありつつも、その語り口は非常に軽快である。本作品の作者である北村紗衣さんは批評について、以下のように述べている。

批評 = 論点を明らかにするプロセス
①テクストを丹念に読む
②何か一つ切り口を見つける
やたらしつこく出ているものに注目する。
通常であればそこに出てこないものにも注目する。

 そして批評論の中には、「クィア」や「バーレスク」といった普段だとあまり聞きなれない言葉も色々出てくるからなかなか面白い。あまりにも有名なシェイクスピアの作品『ロミオとジュリエット』『十二夜』や、アメリカ文学であるスタインベックの『二十日鼠と人間』など、私自身大学で熱心に読んだ作品も色々出てきて、引き込まれてしまった。

 女の子だと一度は夢見るディズニーの『シンデレラ』。作者はディズニープリンセスの中で最も退行的なファンタジー(p.124)、と切って捨てる。そのほかにも、18世紀のイギリスにおいて上流階級では性が乱れており、それに対抗する形で中産階級では潔癖な性道徳や理性、友情といったものが重視されて文学にも反映されているといった論はなかなか興味深い。

ディズニーは基本、夢とか魔法の話をするだけで自由に興味がない会社だと思っています。(書肆侃侃房 p.132)

3. 運命に、似た恋:北川悦吏子

 なんだか久しぶりにベタベタな恋愛小説を読んだ気がする。

 『半分、青い』や『オレンジデイズ』など、北川悦吏子さんの作品は私の中でドストライクにハマるものが多くて、最初図書館で名前を見つけた時早速読んでみよう!という気持ちになったわけだ。しかも『花束みたいな恋をした』というタイトルと語感が似ている。。。

 読み終わってみると、とても王道な展開だった。起承転結がはっきりしていて、それこそどちらかというと身分違いとも思える男女が、過去のエピソードをきっかけにして、まるで運命の如く関係性が近づいていくという流れ。あまり頭使うことなく、すっと読める本だった。たまには良いかも。きっと映像化されたものを見ると、また違った感想を抱くような気もする。

だって、その人は、世界の醜さも痛さも知ってるから。それでも、美しいものを創ろうとして、そこにあるものだから……。(文春文庫 p.302)

4. あおい:西加奈子

 前々からずっと気になっていた、西加奈子さんの処女作。たまたま図書館でハードカバー本の貸し出しを行っていたので思わず手に取ってしまった。

 全体を読んで思ったのは、ちょっと物語の展開が早急すぎる気がした。西加奈子さんの作品って、どこかしら何かオマージュみたいなものがあって、だんだんぼんやりしていた輪郭がはっきりするような展開だと思っていたのだけれど、本作は突然主人公の持つ過去が露わになる。息つく暇もなし。

 どちらかというと私自身の好みとしては、もう一つ同作品に収められていた『サムのこと』という短編の方が感情移入できたかも知れない。なんとなく、感性が似ているからという理由でつるんでいる六人。そのうちの一人が不慮の事故で亡くなってしまうところから物語は展開される。

 西加奈子さんの作品は、ほかにも『漁港の肉子ちゃん』、『サラバ!』などが大変おすすめ。

誰が死んでも、何が起こっても、日常はいつもぼうっとそこに横たわっていて、それは悲しくなるほど無責任で、残酷で、途方もなく優しい。(p.179)

5. ミャンマー権力闘争:藤川大樹、大橋洋一郎

 現在非常に厳しい状況になりつつあるミャンマー。一度は民主政権に舵を切ったものの、今年2月に状況は一変。昨年11月に再びNLD(国民民主連盟)が勝利を収めたことにより、危機感を強めたミャンマー国軍は再び強行姿勢を強める。

 私は昔一度ミャンマーを旅したことがある。これまでさまざまな国に行ったことがあるが、その中でもミャンマーは別格だった。景色もそうだけど、人もみんなよかった。それだけでもうただただ感動してしまって、いつかまた絶対訪れると心に決めていた。

 それがまた今のような情勢になってしまって、加えてコロナ騒動。ミャンマー国軍はもともと選りすぐりのエリートが集まっている組織なので、自分たちが端に追いやられるのが許せないのかも知れない。

 改めてミャンマーの歴史を勉強しようと思って手に取った作品。本当は並行して2、3冊読んでいて、きちんと記事に起こそうと思ったのだけれど、残念ながら途中で力尽きる。ちょっと余裕が出てきたので、これを機に他のミャンマーに関連する本を読んで記事にしたい。

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 ふとベランダから外の景色を眺めてみると、桜も少しずつ散り始めていて葉桜になりつつある。ピンク色の花だけではなくて黄緑と桃色が混ざる瞬間も案外好き。今月も、まだまだ読みたい本があり過ぎて机の上に本が平積みになっているから、少しずつ自分の中に取り込んでいければ良いな、と思う今日この頃。

■ 今回ご紹介した作品一覧


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