ビロードの掟 第11夜
【中編小説】
このお話は、全部で43話ある中の十二番目の物語です。
◆前回の物語
第三章 もう一人の彼女(2)
電車に乗ってごとごとと揺られながら、家路への道を行く。皆凛太郎と同じく朝帰りのようで、どこか目に光がなかった。
自分もその一人なのかと思うと気が気ではない。部屋に到着して改めてLINEをゆっくり読むと、昨日の飲み会メンバーで構成されたグループラインに凛太郎の安否を確認するメッセージが、言葉を変えていくつも投稿されていた。
慌てて凛太郎はみんなに宛てて文字を書く。
『昨日はありがとう!おかげさまで無事生きてます』
『ちなみにあれから俺、どうしたんだっけ?気がついたら新宿のゴミ箱に寝てたわ』
すかさずピコンと芹沢さんから返信が来る。
『凛太郎くん、お疲れ様でした。最後の方、随分と酔っ払ってたみたいだけど、無事だったようでひとまず安心。でもゴミ箱って 笑』
『どうもご心配おかけしたようで。。なんかみんなで遊園地行った後の記憶がなくってさ』
芹沢さんがすぐさま反応し、「?」マークのついたスタンプを送ってきた。可愛いのかブサイクなのか判断のつきにくいうさぎ。続いて小野寺からすぐにコメントが返ってくる。
『おいおい、お前まさかまだ酔っ払ってるのか?俺たち昨日遊園地なんて行ってないぞ』
頭が混乱する。芹沢さんが送ってきたスタンプが疑問符を浮かべながら小刻みに動いている。
『え、みんなで一次会のあと盛り上がって夜の遊園地に行こうって話になったじゃん。途中で優里も合流してさ』
しばらく誰かから返信が来るのを待ったが、何も反応が返ってこなかった。微妙なチグハグ感を感じながらも、バーゲンセールで購入した安い椅子に座る。
ギシギシと音がした。昨日の酒が残っているのか、頭がぼんやりする。そのまま何もせずぼーっとしていると、再びピコンと携帯電話の音が鳴った。──小野寺から直接凛太郎宛に個人LINEが来ていた。
『なあ、凛太郎大丈夫か?冗談なら全然いいんだけどよ、昨日優里飲み会に来てねーぞ』
ますます混乱した。ふと脳裏に彼女が来ていた鮮やかな深紅のワンピースが思い浮かぶ。
『え、ちょ、ちょっと待って。俺昨日確かに優里と話した気がするんだけど』
『おいおい。一次会の時に池澤が優里は急な用事ができたから今日来れなくなったって言っていたの、覚えてないか?それで神木とか俺とかがお前のことからかってお前顔が真っ赤になってたじゃねーか』
──そんなこと、あっただろうか。記憶の断片をかき集めてもその光景が何も浮かび上がってこなかった。
『そいで俺たちその後』ピコンピコンと音が鳴り、細かくメッセージが送られてくる。
『一次会も盛り上がって二次会に行ってさ』
『最後三次会で串カツ屋に行ったんだよ。お前足元ふらふらだったけど一人で帰れるって言うから、みんなで最後お前が駅に行くところまで見届けたんだぜ』
ますます頭の混乱に拍車がかかる。昨日の出来事はいったい何だったのだろうか。自分の願望が見せた幻想か何かの類なのだろうか。どこか狐につままれたような気分になった。
『ありがとう。お前の言う通り、俺ちょっと酔っ払ってたみたいだわ。世話かけたな』
しゅんとした様子のパンダのスタンプを送った。結局それっきり小野寺からは返信が返ってこなかった。
あまりにも遊園地の出来事が鮮烈だったため、真相を確かめるために思い切って凛太郎は行動に出ることにした。
LINEの連絡先の中からかつての恋人のアカウント名を探してスクロールさせる。その途中でブランコに乗っている後ろ姿の女の子のアイコンを見つける。アカウント名には『優里』の二文字。
そのままチャット欄を開いた。かつて彼女と交わしたいくつものメッセージが出てきて、胸がズキリと痛んだ。平静になるまで一呼吸おき、凛太郎は文字を打つ。
『優里、久しぶり。元気してる?ちょっと聞きたい事あるんだけど近々会えたりしないかな?』
送った後で後悔している自分がいた。
何も特別なことではない、ただ会って昨夜に起きた出来事を聞くだけだ。そんな風に思っても、どこか期待している自分がいた。そして反面、少し恐怖すらも感じていた。
もしも彼女から返信が返ってこなかったら。気分を紛らわせるために家の掃除をして、優里も好きだと言っていたアーティストの音楽を聴いた。彼らの歌う歌詞が全く頭に入ってこない。
2時間後ピコンと携帯電話が鳴る。慌てて飛びつくと、メッセージは今付き合っている奈津美からだった。
『次いつ会う?』と来ていたので、『来週の日曜日で』と返信した。続けてまた返信が返ってくる。『了解!』という返信と共に今流行りのキャラクターのスタンプが送られてきた。どうしても落胆を隠しきれず、その場でハァとため息をついた。
その後も凛太郎は何度も定期的に優里へ送ったメッセージを確認した。既読がついたのは二日後のことである。結局彼女からの返信はなかった。
それから半月ほどの月日が流れ、気がつけば季節は夏の終わりを迎えていた。その頃には頭の中から夜の遊園地で過ごした出来事も少しずつ薄れ始めている。仕事も少しずつ忙しくなり始め、こっそり業務外にタスクをこなすという時間も増えていった。
空疎な気持ちを抱えたまま、少しずつ日常が進んでいく。
<第12夜へ続く>
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