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鮭おにぎりと海 #70

<前回のストーリー>

ドイツの教会で過ごした夜は、これまで生きてきた中で初めてクリスマスという日を厳かな気持ちで過ごした。

真っ暗闇の中で、人々の手に握られたキャンドル、クリスマスの日になるとどこかで聞いたことのある聖歌、何かとハスキーで聞き応えのある神父様の声。イエス・キリストは本当に存在したのか、そんな昔のことは誰にもわからないけど、確かに存在していた、と思わせるような何かがその場にあった。

神様が本当にこの世にいるかどうかはわからない、きっと大切なのは人の意志だ。

♣︎

クリスマスの次の日、ベルギーへと向かう。俺は密かにベルギーに行くことを楽しみにしていた。ビール、チョコ、そして小便小僧。実際にこの目で見ることができる日を楽しみにしていた。

ブリュッセルに到着すると、すぐさま小便小僧がいる場所へと赴く。小便小僧はなんでも、ジュリアン坊やと呼ばれているらしい。なんでも、昔火に覆われた街を自分の小便をかけることで救ったらしい。なんという類稀な能力であることが!もし俺がジュリアンくんだったら、そもそも襲い掛かる火の粉を前に足がすくんで小便どころではなくなるだろう。

実際に、広場にいる小便小僧を仰ぎ見た。そしてその姿に驚愕した。俺が思い描いていたジュリアンくんは、とてつもない大きさで、その存在感を確かなものにしていると思っていた。

…それがどうしたことか。ジュリアンくんは、俺の想像していた以上に小さな存在だった。そして、なかなかに行儀が悪い。クリスマスが終わってしまったということで、おそらくジュリアンくんがきていたであろう赤いサンタの服が無残にも水たまりの上に投げ捨てられていた。

心底がっかりした。

♣︎

気を取り直し、ベルギーではビールを飲んだ。しばらくヨーロッパを回っているうちに、昔の先人が作り上げた豪奢な建物や美術品に興味が薄まってきていた。

それよりも俺は現地の人たちの熱気をそばで感じたいと思うようになっていた。ただガイドブックに書いてある場所を回るのは、それは単なる答え合わせと一緒だ。それ以上新たな発見もないし、何か心を刺激するようなものもないのだ。

ベルギーに3日ほど滞在した後、場所はふたたびスイスへ。マギーに年末パーティーに誘われた。どうやら郊外に別荘があるらしく、そこで親しい友人を招いて年越しをするらしい。せっかくなのでお呼ばれすることにした。

マギーに教えられた場所は行くのはなかなか難儀だった。そもそも街の外れにあるので、とても行きづらい場所にあるのである。

たどり着いてみるとまわりは森に囲まれた、不思議な場所だった。雪が燦々と降り積もっている。どこかお伽話の世界に紛れ込んだようだった。

なんだかマギーの境遇を聞くと子供からしたらなんとも不憫な状況だとは思ったものの、やっぱりこの世の中は金なのかと妙に現実的な感想を持ってしまった。マギーの別荘の中にはすでに結構な人で埋め尽くされていた。どちらかというと、カントリーミュージック調の音楽が家で流れ、アメリカンハイスクール的なレッツパーティのような感じではなかった。

どちらかというと皆それぞれのペースでワインを片手に他の人たちと談笑している人が多かった。マギーが気を遣ってくれて、パーティ中はいろんな人に俺のことを紹介してくれた。

無事日が変わると、至る所から歓声が上がった。いつもであれば年越しは、実家に帰省してガキ使を見ることが多かったのだが、海外で初めて過ごす年越しはなんだかすごく新鮮だった。プライオリティーがみんな家族よりも友人なのだ。俺はついつい飲み過ぎてしまい、その次の日にまた高速列車で移動だったというのに新年早々二日酔いでせっかくのワインをリバースしてしまう羽目になる。


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