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鮭おにぎりと海 #72

<前回のストーリー>

甘酸っぱいレモンの匂いが頭から離れない。

ナポリからカプリ島へと向かう途中で出会った杏奈という俺の一個下の女の子は、彼女自身も念願の初海外旅ということで浮かれている様子だった。彼女は気さくな雰囲気を醸し出していて、とても初対面とは思えないくらい気があった。

杏奈自身は非常に物おじしない性格のようで、イタリアではみんな英語はカタコトという感じであまり話せる感じではなく、杏奈自身もあまり英語を話すのが得意ではなかった。それでも、果敢に話しかけそして周りを和ませてしまうという不思議な能力を備えていた。

そんなわけだから、カプリ島はどこか田舎臭さを醸し出しながらも、俺自身は充実した時間を過ごすことができたのだった。

杏奈とは、結局ナポリで別れることになった。旅から帰ってきても時々、思い出したかのように連絡を取り合うのだが、なぜだか再び直接会うことはなかった。お互い、もしかしたらあの時の思い出を、そのままにしておきたかったのかも知れない。

♣︎

そして、イタリアの中でもう一つ強く印象に残っているのがヴェネツィアだ。

ヴェネツィアは水の都と呼ばれていた。毎年2月ごろになると、人は皆仮面をかぶってフェスティバルが開かれるらしい。俺はちょうど1月の中旬くらいに訪れたので、残念ながらフェスティバルを見ることは叶わなかった。

それでも、俺は人がたくさん来る時期でなくて本当に良かったと思う。人がいなくて閑散としているときこそ、この街の魅力が表れるのではないだろうか。

ヴェネツィアは基本的に移動手段としては小型のボートしかない。イタリアから少し切り離された島となっている。道は狭くて、車は侵入することができない。道が入り組んでいるので、目的地に到着するまで土地勘がないとなかなか苦労する場所だった。

それでも、その迷路のような地形が逆に俺の中に潜む子供心をくすぐるのだった。歩くたびに新たな道へ辿り着く。こぢんまりとしながらも、一向に飽きないのだった。それと、車が全くないのも魅力的だった。周りを海に囲まれた、静かな街。いくらでもぼーっとできる街だった。世間の喧騒から完全に切り離されている。

ヴェネツィアの周りにある島にも行ってみた。

ある島には本当に教会しかないのではと思える小さな島だったり、色とりどりの家が立ち並ぶ島だったり。本当にどこか時が泊まったかと思えるほどゆったりと時間が流れる場所だった。

気がつけば、ヴェネツィアには1週間くらい滞在していただろうか。朝決して安くはないエスプレッソを飲んで、そして気ままにパンを食べた。食べているパン屑を放り投げると、どこからともなく海鳥がやってくる。そういえば、パリかどこかで印象派画家のモネが描いたヴェネツィアの絵画を見たことがある。

その時は霧に霞んだような場所だったけれど、実際に行ってみると決してそんなことはなかった。ヴェネツィア滞在最後の日、小さなボートに乗っていた時に一筋の流れ星が長い尾を引いて夜空を流れた。なんだか神聖な気持ちに包まれた。

♣︎

イタリアをゆっくりと回った後、次に訪れたのはトルコだった。思えば、ヨーロッパに滞在した期間はなんだかんだ長かった。ようやくアジアの国に戻ってきたのである。

早速辿り着くと、どこからともなく行商人がやってきて自分の店に案内しようとする。おまけにとても流暢な日本語で話しかけてくるもんだからびっくりした。

トルコに来て思ったのは、親日家の国であると言いつつも決して彼らは日本人に対して優しくはなかった。彼らはトルコに来たばかりで不慣れな日本人を捕まえては、ビジネスチャンスを掴むべく、自分の親戚の店に連れて行く。そこで彼らはチャイを振る舞うなど、最大限のおもてなしをする。

異国の地で大歓迎を受けて施しを受けた日本人の財布の紐は、間違いなくいつもよりも緩くなっている。気づけば、自ら進んでお金を出しているという寸法だ。トルコ人は、だいたいがトルコランプやら壺やら絨毯だのを売ろうとしてくる。彼らの話術は巧みで、ついつい引き込まれてしまうのだった。

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