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インド来て1ヵ月 振り返り

インドに来て1ヵ月がたつ。
良い節目なので軽く振り返ろうと思う。
多くの人はインドと聞くと危ない、数学、格差、カレーとかそんなことをイメージするだろう。
僕がインドに行くといった時なぜか多くの人からインドは危ない、何でインドなのって言われた。
でもその人たちは実際にインドに行ったことがない。
だからなんで?って聞いても説得力のある答えはあまり返ってこない。
逆にインドに行ったことがある人たちは決まってこう言う。
行ってみた方がいいよ。
なんで?と聞くと行けば分かるよ。

まだ一か月しか住んでないがその意味はすぐに分かった。
嫌でも考えさせられるからだ。
ここに一か月住んでみて考えさせられた出来事を残しておこう。
後1ヵ月、2か月後にこれが当たり前になってしまって考えたことすら忘れないように。

飛行機の中からデリーの街を見下ろした時まずうわって思った。
インドって言ってもデリーだから進んでいるだろって勝手に決めつけていたけど違った。
上から見ると街全体がなんか茶色く見える。
そして空気が悪いのが機内からでもしっかりと分かる。
案の定飛行機を降りた瞬間に目に鼻に強烈な何かが入ってくる。
そしてインターン先に向かう車の中でごみをあさる人。
唾を吐きまくるやつ。
絶対狂犬病の犬。
のうのうと歩く牛。
一台一台車の窓ガラスをたたいてモノを売り歩く子供や老婆。
明らかに年齢の割にちっちゃい人。
手や足がない人。
逆走や信号無視、クラクションなんて気づかないくらい目に飛び込んでくる情報に衝撃を受けた。
そしてモノ売りの老婆とガラス越しに目が合った時は一瞬頭が真っ白になった。
テレビで見るのと実際に0距離でその人たちと目を合わすのは違う。

30円のインド料理を食べて入院した時も部屋の清潔感や処置の雑さなんかよりももっとひどい人は五万といるのにと。
30円の料理すら食べられないでただで配られるカレーに群がる子供たちもいるのにと。

ユニクロのオープンセレモニーに行った時も柳井社長より外でお金をせびる子供たち方が印象に残っている。
その子たちに自分はどんな風に見えているのだろうか。

死にそうな赤ちゃんを抱えお金を要求してくる人だってどんな気持ちでお金を要求しているのか。
本当の親子じゃないのに。
その子がビジネスのために誘拐されてきてすぐに死んでしまうと分かっていても炎天下、PM2.5の中連れまわすのは心が痛まないのか。
だとしたらどんな人生を歩んできたんのか。

足がない人に出会うまで靴が無いと嘆ける幸せさに気づかなかった。
っていうようにいつの間にか人は多くを求める。
それが人間の性だ。

人はみな生まれながらに平等だというけれどそうじゃないと思う。
子宮のルーレットというものは確かに存在する。
生まれる前から服やら靴やらを用意してもらえる者と、誘拐の恐怖におびえながら1日1ドル以下の生活を送る者は平等か。
きっと違う。
もし平等だと言うならばそれを言う権利があるのは後者だけなはずだ。

世界の中の自分のステージを考えるいい経験。

別に自分はこんな人がいるんだからって、人にどうなって欲しいとか考えろとか言う気はさらさらない。
渋谷のハロウィーンに1億円の警備費用が費やされたって聞いてもそうかって思うだけ。
人の人生に口出しできるほど出来た人間じゃないし、時間もない。
精一杯楽しめばいいと思う。
ただ、インドはどうだったって聞かれたらきっとこう言う。
行ってみれば?






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