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空蝉

  「空蝉」と書いて、「うつせみ」と読む。不思議な言葉だ。夏の季語で、セミの脱け殻のことらしい。古文の授業では、はかない現世や、そこに住む人のことだと習った。夏の終わりが近づき、セミの声が少しずつ聞こえなくなる今の時期、この言葉が胸にしみる。

  源氏物語の第三帖に、空蝉という女性が出てくる。人妻である空蝉は一度だけ光源氏との逢瀬に応じるのだが、それ以降は避けるようになる。拒まれれば拒まれるほど、源氏は恋い焦がれる。ある夜、源氏が寝室に忍び込んできたのを察知した空蝉は、薄衣を残して立ち去った。セミの脱け殻のような、淡い恋。残していった薄衣は、空蝉の優しさなのか、未練なのか。

  キム・ギドクの映画にも、『うつせみ』という作品がある。孤独な人妻が、空き巣に入った男と恋をする話だ。影のように生きる男が美しく、哀しい。

  夏が終わる。気が付けば秋の虫たちの声が聞こえてくる。主をなくした空蝉は、どこかでひっそりと、次の夏を待っている。

  

  

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