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『 凸込笑美はツッコまざるを得ない……!』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
 大阪生まれの凸込笑美はとある事情があって、瀬戸内海の島へと引っ越してきた。近隣の島にある私立瀬戸内海学院に転入し、気分も新たに女子高校生生活を送ろうと考えていた。
 しかし、転入初日、ある出会いが彼女を再び”あの世界”へ引きずり戻すこととなった……。  
  ツッコミの天才と謳われた少女が個性的な面々と織りなす、爆笑青春漫才コメディー、ここに開演!

本編
ツカミ
「待ってや! 何がアカンねん!」
 真っ金々の金髪を振り乱しながら女の子が叫ぶ。その叫びを受けて歩いていた男の子が立ち止まり、振り返って口を開く。
「……ねん」
「え? なんやって?」
「……んや」
「だからなんやねん! よう聞こえへんねん!」
「ほなな……」
 男の子がまた正面を向いて歩き出す。
「ちょ、ちょっと待てって!」
 女の子が走って追いかける。運動神経は悪くない方だ。しかし、どれほど走っても、歩いている男の子の背中に追いつかない。むしろ、遠ざかっているような感じだ。
「……」
「ウチら、うまくいってたやん! 何が気に入らんかったんや⁉ ウチが悪いんか⁉ それやったら教えてくれ! 直すから!」
「………」
 女の子が再び叫ぶ。男の子はその声が聞こえているはずなのに、振り向こうとしない。女の子は段々と腹が立ってきた。
「ああ、そうか! せやったらええわ! 好きにしたらエエがな!」
「…………」
 男の子はどんどんと歩いていく。女の子は慌てる。
「ちょ、ちょっと待て! ホンマに好きにするやつがおるか、アホ!」
「……はあ」
 男の子が振り返る。顔は霞がかかっていて、女の子からはその表情はよく見えない。
「な、なんや……」
「……もうお終いや。元気でな……」
「ま、待てって! ウチらええコンビやったやん!」
「……………………」
 男の子がまた離れていく。どんどんとその背中が見えなくなっていく。
「はっ!」
 女の子がバッと目を覚ます。
「……またこの夢か」
 女の子はボサボサの黒い髪を手で撫でながら、眼鏡をかけて、小声で自らに言い聞かす。
「アホかウチは……もう忘れろ……」
 女の子は起き上がると、テキパキと準備を終え、朝食を食べ、家を出る。
「行ってきます~」
 女の子は近くの港へと向かう、港には中型のフェリーが停泊していた。女の子はそのフェリーに乗る。やや時間が空いてから、フェリーが出航する。女の子は窓際の席に座る。
 女の子は窓から穏やかな瀬戸内海をぼうっと眺める。既に数度、フェリーに乗っての通学は経験しているので、新鮮味はもう薄れていた。ただ、この海の眺めは好きになれそうなのは幸いだなと思った。目覚めに見た悪い夢のことも頭の片隅へと追いやった。
 アナウンスとともに、フェリーがある島の港に停泊する。女の子は降りる。そこからしばらく歩いていき、小高い丘を登ると大きな学校が目の前に現れる。『私立瀬戸内海学院(しりつせとないかいがくいん)』と記された銘板が校門に設置されている。引っ越してくる前までもネットで地図を眺めながらこの辺ではかなり大きな島だということは認識していたが、まさかここまで大きな高校まであるとは知らなかった。通っている生徒もかなり多い。
「……まあ、目立たんかったら大丈夫やろ」
 女の子は小声で呟き、校門に向かう。校門まわりが何やら騒がしい。
「新入生はサッカー部へ!」
「柔道部でともに鍛え上げよう!」
「軽音楽部入ろうぜ!」
「吹奏楽部入りませんか~」
 昨日入学式を終えた新入生に対し、部活やサークルの勧誘合戦が早速始まっている。この女の子は自らのことは2年生だとアピールしつつ、その勧誘の輪を潜り抜けていく。
「……もっともこんな女には誰も声かけへんわな……」
 女の子は自嘲気味に笑う。女の子はさっきの夢とはうって変わって、黒い髪を三つ編みにし、眼鏡をかけている。オブラートに包んだ言い方をすれば、『地味』な恰好だ。ただ、それで良かった。卒業までの二年、何事もなく、平穏無事に過ごすことさえ出来れば……ただそれだけが望みであった。女の子は輪を通り抜けていく。背中に声が聞こえたが気にしない。
「ふう……」
 女の子は輪を抜けた、これでいい。面倒な部やサークルなどの活動はまっぴら御免だ。丘の上から綺麗な海が見える。女の子は思い切り両手を伸ばす。花のJKライフの始まりだ。
「あ、あの!」
「ん?」
 振り返ると、ビラを持った眼鏡の男子が息を切らし、追いかけてきた。嫌な予感が……。
「はあ……はあ……『ツインスマイル』の突込笑美さんですよね?」
「ツッコミちゃう凸込(とつこみ)や! 凸込笑美(とつこみえみ)や!」
 名前を呼ばれた笑美は校門付近にも響き渡るようなエエ声でツッコミを入れてしまった。笑美は頭を抱える。JKライフ、早々と終了のお知らせである。


「や、やっぱり、あの『ツイスマ』の……」
「人違いです……」
 笑美はその場を立ち去ろうとする。眼鏡の男の子が慌てて声をかける。
「い、いや、ちょっと待って下さい! 斜め90度からの顔でピンときたんです!」
「気持ち悪いな! どこでピンときてんねん! ほぼ横顔でええやろ!」
 笑美は思わず立ち止まってしまう。男の子は頷く。
「そのよく通る声、キレの良いツッコミ……そしてネイティブ関西弁!」
「ネイティブとか、エエかっこしてるみたいに言わんでええねん! ……!」
 ハッとした笑美は前を向く。男の子が再び頷く。
「やっぱりそうですよ……『ツイスマ』の突っ込み担当……」
「た、他人の空似です……」
 笑美は再び歩き出そうとする。男の子は構わず尋ねてくる。
「ツインスマイルには衝撃を受けました! 高校生でこんな漫才が出来るんだって……」
「……」
「あの良く言えば『自由奔放なボケ』に柔軟に対応する『七色のツッコミ』……プロでもあのレベルのコンビネーションはなかなか見られなかったと思います……」
「………」
「たった数ヶ月の活動で、伝説になったコンビ……映像や画像の類もほとんど出回っていないミステリアスさが、またそのカリスマ性を大いに高めている……」
「…………」
「何故こんな田舎の島に?」
「……他人の空似です」
「そもそもなんでツイスマを辞めちゃったんですか?」
「そんなことアンタには関係ないやろ!」
 笑美は立ち止まって振り向き、大声を上げる。男の子はビックリして、頭を下げる。
「す、すみません……」
「い、いえ、こちらこそ……」
 笑美はズレた眼鏡を直して、また歩き出そうとする。
「あ、あの……将来を嘱望されていた方に対して、大変恐縮なのですが……」
「はあ……」
 笑美はため息をつく。この男の子はまだ自分に話しかけてくる。
「うちのサークルに……」
「お断りします。ウチはサークル活動をするつもりはありません」
「え……」
「失礼します」
 笑美は頭を下げて、その場からスタスタと離れる。残された男の子は後頭部をポリポリとかきながら呟く。
「失敗した……でもまさか、こんな田舎の高校で見かけるなんて思わなかったからな、ついつい興奮してしまった……オタクの悪い癖だ……」
「や、やめて下さい!」
「!」
 笑美の声が聞こえてきたので、男の子は視線をそちらに向ける。笑美が屈強な体つきをした男たち三人に囲まれて、片腕を掴まれている。
「へへっ、お姉ちゃん、ワシらの部に入ってくれよ……」
「先輩、眼鏡っ子好きでしたっけ?」
「マニアックなやっちゃな~」
「アホ、こういう子ほど磨けば光るもんじゃ」
「は、離して下さい……」
 笑美が困惑気味に呟く。腕を掴む男は太い首を左右に振る。
「いいや、離さん」
「ウ、ウチは運動部には入るつもりはありません……」
「ウチだってよ!」
「おおっ、関西弁! これはエエかも⁉」
「じゃから最初からそう言うてるじゃろう……」
 笑美の反応に興奮する取り巻きに対し、男は自分の目利きが正しかったということを何故か誇らしげにする。笑美が呟く。
「あ、あんまりしつこいと、大声出しますよ……」
「それじゃ、その大声。さっきも聞こえてきた良く通る声……マネージャーにピッタリじゃ」
「マ、マネージャー……?」
「そうじゃ」
「おおっ、ついにウチにも女子マネージャーが!」
「楽しみが増えますねえ!」
「お前らちょっと黙っとけ……どうじゃ?」
 男は取り巻きを注意した後、笑美に問う。笑美は戸惑いながらも自分の考えを伝える。
「どうじゃもなにも……お断りします。離して下さい」
「いいや、エエというまで離さんぞ」
「⁉ な、なにをふざけたことを……くっ!」
 笑美は腕を振りほどこうとするが、ビクともしない。男は笑う。
「アッハッハッハ! 無駄じゃ、無駄。アンタの細腕じゃどうにもならん……と言いたいところじゃが、意外と筋肉がついとるの……」
 男が不思議そうに笑美の手首を見る。
「ひゃ、ひゃめなさい!」
「あん?」
 男と笑美たちが視線を向けると、そこには眼鏡の男子が立っていた。声も足も情けなく震えてしまっている。それでも懸命に二の句を継ぐ。
「い、嫌がっているじゃないですか!」
「ちょっと話し合いがエキサイトしとるだけじゃ……」
「ど、どこが話し合いですか⁉」
「やかましいのう……なんやキサンは?」
「か、彼女には僕らが先に声をかけていました! 横取りはダメですよ!」
 男の子は手に持った大量のビラを振りかざす。
「ああん? 寄越せ!」
「あ……」
 男の取り巻きがビラを一枚取って読み上げる。
瀬戸内海学院お笑い研究サークル……?」
「ぷっ、部活でもないやん……」
「もやしっ子の文化系なんぞお呼びじゃないんじゃ。さっさと消えろ……」
 取り巻きの話を聞き、男は睨みをきかす。
「そ、そういうわけにはいきません! 彼女はうちのサークルへ入るんですから!」
「⁉」
 笑美が驚くが、男の子は構わず話を進める。
「さっきそう言ってくれました!」
「ああ? そんな口約束、クソくらえじゃ……」
 男は片腕をぐるぐると回す。男の子は怯みながら叫ぶ。
「ぼ、暴力反対!」
「人聞きの悪いことを言うな」
「だ、だって、絶対殴る前振りでしょ⁉」
「アホか、んなことしたら部活動停止じゃ……」
「……と思わせて~?」
「せえへんって言っとるやろ!」
「油断させてからの~?」
「するか! なんでキサンみたいなもやしっ子を不意打ちせないかんのじゃ!」
 男は声を荒げる。
「と、とにかく、彼女はこちらのサークルのメンバーです!」
「……この子はそんなこと言うた覚えはなさそうじゃが……?」
 男が笑美の顔を覗き込む。
「い、意外と鋭い……」
「ん?」
「サークルに入ることを慎重に、前向きに、検討すると言ってくれました!」
「さっきと言っていること違うじゃろう!」
「ぐっ……」
「……まあ、ええわ。笑わせてみろ」
「は?」
「お笑いサークルなら、ワシらを笑わせてみろ……それが出来たら引いてやるわ」
「え、えっと……」
「早よせえ!」
「せ、瀬戸内海お笑い研究サークル! ネ、ネタやりま~す!」
 男の子がビラを床に投げつけて右手を上げる。
「む……」
「セトウチで~す!」
「!」
「セトナイで~す!」
「‼」
「二人合わせて、セトセトで~す♪ いや~トナイくんね~? 最近……」
「こ、こいつ……一人で漫才する気か?」
「マ、マジか……」
「……くん」
「うん?」
「ちょっと待てや! トウチくん!」
「⁉」
 笑美が腕を強引に振り払い、男の子の方へ駆け寄る。男の子も男たちも驚く。
「何を自然に世間話入ろうとしてんねん!」
「え……」
「セトセトってコンビ名やのに、芸名がトウチ、トナイって! セ、どこいった!」
「セ、セにはここはぐっと我慢してもらって……」
「いらんねん、そんな我慢! それにトナイって、東京都内みたいでややこしいやろ!」
「シティ感出るかなって思って……」
「なんや、そのシティ感って! なにをちょっとキラキラしよう思うてんの⁉」
「駄目かな~」
「アカンがな!」
「……お、お前ら行くぞ……」
 男たちがいなくなったことに男の子が気づく。
「……あ、いなくなった。ネタが良かったのかな?」
「呆れたんやろ……それか関わったらアカン連中と思ったのか」
「あ、そっちですか……」
 男の子が苦笑する。笑美が呟く。
「おおきに……」
「はい?」
「助かったわ。お礼代わりに……」
 笑美が地面に散らばっているビラを拾い、男の子の顔に突きつける。
「……⁉」
「慎重に検討だけならしてあげてもええで」
「……よ、ようこそ、こちらです!」
「部室あるんやね、結構広いやん……」
 男の子の案内で、笑美は部室に入る。
「まあ、無駄に校舎がデカいですから。意外と教室が余っているんですよ」
「……なんやったけ?」
「え?」
「サークル名」
「ああ、瀬戸内海学院お笑い研究サークル……」
「長いな」
「へ?」
「長すぎるわ、名前。いちいちそれを言うんか? 噛んで噛んでしょうがないわ。舌がなんぼあっても足らへんで」
「や、やっぱりそうですかね……」
「いの一番に気付くところやろ……」
 笑美が呆れ気味に呟く。男の子が感心する。
「ちょっとネタを見ただけで、問題点に気が付くとは……さすがプロ……」
「プロちゃう、プロ志望やっただけや……」
「し、失礼しました……」
「略したら?」
「はい?」
「サークル名、例えば……『セトワラ』とか……」
「おおっ!」
 男の子がグイっと笑美に顔を近づける。笑美が戸惑う。
「な、なんやねん……」
「一気に親しみやすさが増しました! さすがです!」
「こんなん誰でも思いつくやろ……」
「いや~それが、相談出来る相手がいないとなかなか……」
「……さて、そろそろ失礼しようかな」
 笑美がそそくさと部屋を出ようとする。男の子が慌てて止める。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 検討終えるの早すぎません⁉」
「嫌な予感がしたからや」
「嫌な予感?」
「ああ、このサークル……会員、キミ一人ってオチやろ?」
「ギクッ」
「古臭いリアクションすんな、まあ、一応見学はしたからな、義理は果たしたで。ほな……」
 笑美が出ていこうとする。男の子が声を上げる。
「6人います!」
「ええ?」
「僕を除いて、会員は6人です!」
「へえ……」
「僕を合わせると、7人ですね」
「分かっとる。義務教育受けとるわ」
「すみません……」
「なんや、結構人数おるやん」
「あ、ちなみに壁に名前が……」
 男の子が壁を指し示す。会員の名前が書かれた木の札が掛けてある。
「ほう、大学の落研みたいな……それならさ」
「はい?」
「別に無理に勧誘せんでもええんちゃう? サークルなら十分な人数やろ?」
「いや、やっぱり1年生には入ってもらった方がいいじゃないですか」
「そういうもんかね」
「そういうもんです」
「それに……」
「それに?」
「い、いや、なんでもないです」
 男の子が手を左右に振る。笑美が首を傾げる。
「? まあ、ええわ。他にも気になることがあるんやけど……」
「なんですか?」
「相談出来る相手がいないって言ってたやん?」
「ああ、はい……」
「おるやん」
 笑美が壁を指し示す。男の子が苦笑する。
「いやあ~なんというか……」
「幽霊会員なんか?」
「いや、皆さん、ちょくちょく顔は出してくれますよ。ただ、他の部などとの兼ね合いもあるので、こちらに全面的に時間を割けるわけではないんですが……」
「やる気はあるんかいな」
「やる気だけはね……」
「どういうことやねん?」
「ネタを考える担当が僕だけで……」
「うん?」
「後は全員ボケなんです……」
「アホなん⁉」
 笑美が声を上げる。男の子が間を空けてから呟く。
「そう……このお笑いサークル、『ツッコミ』がいないんです!」
「ああそう……」
「そこで!」
 男の子が笑美の両手をガシッと取る。笑美は首をブンブンと振る。
「いやいや!」
「このゴッドハンドで!」
「ダサいな!」
「我々をビシバシベシとシバキ回して欲しいのです!」
「大声で誤解を招きそうなこと言うのやめてくれる⁉」
「失礼、突っ込んで欲しいのです!」
「……断る」
「ええっ⁉」
 男の子が驚く。笑美が耳を抑えながら呟く。
「そんなに驚くことかいな……」
「な、なんでですか⁉」
「ウチはもうお笑いはやらんねん……」
「どうしてですか?」
「どうしてもや……」
 笑美は部室を出ようとする。
「でもさっき、僕に助け舟を出してくれたのは……」
「!」
「お笑い好きの心が疼いたからですよね?」
「……見てられへんかったからや」
「いいえ、違います」
「?」
「貴女のお笑いへの燃える思いがまだ消えてないということです」
「分かったようなことを言うな……!」
 笑美が振り返って男の子を静かに睨みつける。男の子も怯まずに話を続ける。
「その才能を朽ち果てさせてしまうのは余りにも惜しい……!」
「……」
「このサークルでその才能を再び輝かせませんか? プロ一歩手前まで行った貴女にとっては、僕たちのレベルは低いかもしれませんが……あっ!」
 部室の片隅に積み重ねられた大学ノートの束が崩れる。笑美が拾ってやるついでにノートをパラパラとめくる。
「これは……ネタ帳か」
「え、ええ……僕が書きました」
「キミ、何年生?」
「あ、2年生です……」
「ほな、一年でこの量を書いたんか……」
 笑美が大学ノートの束を見て感心する。男の子が首を左右に振る。
「いいえ、これは大体、直近三ヶ月分です」
「は⁉」
「古いのは家に持ち帰っています」
「こ、この量を三か月で……?」
「ネタを考えるの好きなんで……粗製濫造のきらいがありますが……」
「いや、考えることが出来るのは大したもんやで……」
「はあ……」
「ふむ……」
 笑美がノートをまじまじと見つめる。男の子が苦笑する。
「いや、汚い字でお恥ずかしい……清書はパソコンでやりますけど……」
「……やろうか」
「え?」
「セトワラ、ウチがツッコミやったるわ」
「ええっ⁉ ほ、本当ですか⁉」
「ここでウソついてもしゃあないやろ」
「ど、どうして……?」
「こんなに一生懸命ネタ考えたんや、案外悪くないし。せっかくやから世に出さんと」
「そ、そうですか……」
「ネタ披露ライブとかやってんの?」
「い、いえ……」
 男の子が首を振る。笑美が苦笑する。
「まあ、ツッコミもおらんところでやっても大事故か……」
「こ、今度……」
「ん?」
「新入生歓迎会があります」
「そういや、そんなんあったな……」
「そこで、部活動サークル活動説明会というのがあります」
「ほう……」
「その場でサークルをアピールしようとは考えていたんですが……」
「ちょうどええやん」
「え?」
 男の子が首を捻る。
「そこでネタをやろうや」
「うええっ⁉」
「なんでそこで驚くねん、人にツッコミやってくれって言うてたくせに」
「そ、そうですけど……急な話だなと……」
人生なんて基本待ったなしやで
「じ、時間が足りなくありませんか? 三日後ですよ?」
「そんだけあれば十分や」
「は、はあ……」
「ほな、決まりやな」
 ノートを拾うため屈んでいた笑美が立ち上がる。
「し、しかし……」
「なんやねん?」
「その日のステージに立てるボケがいません。皆予定があって……」
「……キミ、名前は?」
「え? 細羽司(ほそはねつかさ)です……」
「司くん、キミとウチで漫才やったらええやん
「え、ええっ⁉」
 司と名乗った男の子は素っ頓狂な声を上げる。
「ネタが頭に入っているなら稽古も少ない時間で済むな」
「い、いや、僕は放送作家志望でして……」
「演者の気持ちを理解しておくのも大事なことやで?」
「そうかもしれませんけど……」
「よっしゃ、それじゃあ三日後、『セトワラ』初舞台や!
 笑美が満面の笑みを浮かべる。


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