半竜の心臓 第7話 鉄の竜 (1)
ロシェとリンツは、崖から離れ、ヘーゼルは銃を、アメノは刀を構える。
地面の砕けるような音が響かせ、それは地面に降り立った。
炎の中から現れたモノの姿にロシェは目を大きく見開く。
その姿形だけは間違いなく竜の姿をしていた。
しかし、それは竜とはまるで別の存在であった。
炎の熱と光に焼かれて黒く汚れた硬く、積み木細工を積み上げるように接合した鋼鉄の装甲に覆われた身体、柱のような尾、大きな手足から伸びた大鉈のような爪、鉄傘のような黒い翼、そして彫刻されたような無機質な仮面のような竜の形相。
それは鉄で造られた竜の形の彫像であった。
しかし、彫像は、生きた竜そのもののように硬い身を捻り、尾を払い、空気を裂かんばかりの咆哮を上げ瞳孔のない赤く輝く目で4人を睨む。
「鉄ゴーレム?」
リンツは、異形の竜を見て目を震わせて呟く。
「なんで竜の形をしたゴーレムがここに?」
しかし、竜は疑問に答えない。その変わりに放たれたのは巨大な尾の一振り。
棍棒のように硬く見える尾が鞭のようにしなり、リンツの身体を捉える。
そのあまりの動きの速さにリンツは詠唱どころか逃げることも出来ない。
しかし、竜の尾がリンツの身体を捉える直前にヘーゼルがリンツの身体に飛び乗り、そのまま地面を転げるように倒れたことで直撃を避けた。
ヘーゼルは、リンツの身体を抱えたままデリンジャーを竜に向けて放つ。
乾いた音が炎の残火に照らされた空間に響く。
デリンジャーから放たれた弾丸は全て竜の身体を捉えるもその是弱な威力では鋼鉄の装甲に傷一つ与えることは出来ず、弾かれ、空と地面を貫いた。
ヘーゼルは、唇を噛み締めて竜を睨む。
アメノは、猛禽類のような目をきつく細めると刀を構え、身体を低くして駆ける。
アメノが接近したことに気づいた竜は右腕を振り上げ、大鉈のような爪を振り下ろす。
常人なら避けるどころか繰り出された風圧だけで動きを封じられてしまうような一撃。
しかし、アメノは足の斜めに踏み出し、身体を反らすことで何なく避ける。
爪が地面を砕いて土深く食い込む。
竜の動きが一瞬止まる。
アメノは、猛禽類のような目を細め、刀を横に薙ぐ。
狙いは竜の首関節の僅かな隙間。
シャリンッと言う音を立てて刃が通る。
ヘーゼルとリンツの脳裏に竜の首が落ちる映像が浮かぶ。
しかし、竜の首は落ちない。
刃は、確実に首を抜けたはずなのに傷一つ付いていない。
アメノの目が大きく見開く。
「刃無効⁉︎」
リンツが悲鳴のように声を上げる。
竜の鋼鉄の顔が笑うように歪み、巨大な尾がアメノに向けて打ち伏せられる。
アメノは、刀の腹を盾にして尾の攻撃を防ぐもその威力を抑えることは出来ず、吹き飛び、投げ込まれるように森の中に消える。
「アメノ様!」
ロシェが悲鳴を上げる。
その声に反応して竜の目がロシェを見る。
残虐に・・・面白がるように。
その感情のこもった無機質な目にロシェは背筋を震わせる。
「お前・・・白竜の娘か?」
凶悪な風貌には似合わない管楽器のような高い、作り物のような声が竜の口から漏れる。
聞いたこともない声・・そのはずなのにロシェの脳裏に映像が浮かぶ。
塗り替えることが決して出来ない、故郷の雪山での地獄のような記憶が・・・。
ロシェは、目を、口を、身体を震わせ、手首につけられた枷のような大きな傷跡を握りしめる。
「貴方は・・貴方は・・」
恐怖に震え上がるロシェを竜は愉快そうに目を細めて笑う。
「なんだ・・忘れたのか?あんだけ遊んでやったのに?」
管楽器のような声が下卑た笑いを上げると、大鉈のような爪で自分の腹部を触る。
爪に触れられた腹部が静かに観音開きする。
そこから流れてきた臭いにロシェの恐怖が膨らむ。
その臭いは決して忘れることの出来ないもの・・。
「暗黒竜の・・・王?」
ロシェは、その場に倒れ込むように尻餅を付いた。
観音開きされた腹部から現れたもの、それは大人の人間と同じぐらいの大きさのある赤く濡れた激しく脈打つ心臓であった。
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