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エガオが笑う時 間話 とある淑女の視点(3)
エガオちゃん!エガオちゃん!エガオちゃん!!
私は、宿舎中を走り回ってあの子を探した。
メドレーの最高地位にいるグリフィン卿の妻が危機迫る顔で走り回る姿にみんな驚いた顔をしていた。
私は、戦士達に、従者にエガオちゃんを見なかったか聞いた。
誰も見てなかった。
それ以上に誰もこの宿舎に住んでいる小さな女の子に関心を持ってなかった。
私は、腹立った。
しかし、それ以上に自分が腹立った。
普通に考えれば3歳の女の子に1人で留守番なんて出来る訳がない。
しかもママ、ママと嬉しそうに駆け寄ってくるような甘えん坊が。
私は、浅はかな、そして自分勝手な私を呪った。
エガオちゃんの行きそうな場所を考えながら亡くなった娘の小さい時を思い出す。
あの子がエガオちゃんくらいの年の時もよく貴族の公務の為に家を開けることは多かった。あの時は侍女達が本当によく面倒を見てくれていたからどこかにいなくなるなんて事はなかったけど寂しい思いは同じようにしていた。
『奥様達がいらっしゃらない時、お嬢様いつも窓の外を見られてるんですよ。いつ帰ってくるのかな?って』
そう言って侍女は寂しい思いをしているあの子の気持ちを代弁していた。
窓・・・!
私は、従者の1人を捕まえて宿舎で1番大きな窓か外を見える場所はどこかを聞いた。
従者は、驚きながらもグリフィン卿が部下達に号令や朝礼で使う3階のバルコニーではないかと言う。
私は、従者にお礼を言って3階のバルコニーに上がった。
バルコニーを出るとエガオちゃんがいた。
木造の簡易な手摺りの上に座って、小さな身体を震わせて泣きながら遠くを見ていた。
あんな小さな子がどうやって高い手摺りの上に?と言う疑問も湧いたがそれ以上に泣きじゃくるエガオちゃんの姿に胸を締め付けられた。
私は、エガオちゃんに気づかれないようにそっと手摺りに近寄る。
もし、私に気が付いて振り返った拍子に転落でもしたら大変だ。
私は、そっとそっと近寄ってエガオちゃんの肩に触れようとした瞬間、くるんっとエガオちゃんの顔がこちらを向いた。
私は、驚く。
エガオちゃんは、向日葵が開花したような大きな明るい笑顔を浮かべる。
「ママァ!」
エガオちゃんは、手摺りの上に立ち上がり、両手を広げて私に抱きつこうとして・・・バランスを崩して背中から下に落下していった。
息が止まる。
慌ててるはずなのに全てが緩慢に見える。
私は、手摺りの下を覗き込む。
エガオちゃんは・・元気に手を振っていた。
何事もなかったように中庭に立って私を見上げて嬉しそうに両手を振っていた。
私は、急いで1階に下り、中庭に出た。
私の姿を見たエガオちゃんが笑顔で走ってきて、私の足に抱きついた。
その瞬間、私は腰が抜けてしまい、その場に座り込んだ。
エガオちゃんは、不思議そうに首を傾げる。
身体を確認してもどこにも怪我はない。
エガオちゃんに何があったのかを聞くと口元に親指を当てて、「あそこをトントンしたの」と言ってバルコニーの下から飛び出た小さな屋根を指差す。
つまり落ちた瞬間に屋根の上に着地し、そこからさらに中庭に飛び降りたと言うことだ。
言うのは簡単だがそんなことが3歳の女の子に出来るの?
しかし、そんな疑問も一瞬のこと。
怪我もなく、笑顔で笑うエガオちゃんを見て私は安堵と喜びに涙を流して抱きついた。
「ごめんなさいエガオちゃん」
私は、泣きながらエガオちゃんに謝る。
エガオちゃんは、何で私が謝ってるのか分からずキョトンっとした顔をする。
「もう絶対に1人になんてしないから・・もう離れないからね」
もう誤魔化しようがなかった。
私は、この子を愛してしまった。
亡くなった娘と同じくらいに愛してしまったのだ。
「ママ・・」
エガオちゃんは、小さな手で私の顔を触る。
私は、その小さな手をキュッと掴む。
もうこの手を離さない。
「ママ・・ネンネしたい」
見るとエガオちゃんの水色の目の瞼が今にもくっつきそうになっている。
昨日、私がいなかったから眠れなかったのか?それとも不安で疲れ果ててしまったのか?
私は、エガオちゃんの小さな身体を抱き抱える。
「ベッドで寝ましょうね」
「うんっ」
私は、エガオちゃんをベッドに連れて行って寝かそうとするが、エガオちゃんは小さな手でぎゅっと私の服を掴んで離さない。
その仕草が胸を締め付けるくらい愛おしい。
私は、ベッドに腰を下ろしてエガオちゃんを抱っこしたまま子守唄を歌う。
「お花畑の妖精さんは〜ゆらりらゆらりと揺らめいて〜小さな子どもにキスをして〜花弁に身体を包みます〜」
あの子が小さい頃に歌ってあげた子守唄。
もう2度と歌うことのないと思った子守唄。
エガオちゃんは、いつの間にか寝息を立てて寝てしまう。
それでも手を離さない。
「ずっと一緒にいましょうね。エガオちゃん」
それから私は、何があってもエガオちゃんから離れなかった。
屋敷には戻らず、宿舎に住んで寝る時も起きる時も一緒に過ごした。
お風呂に入れて、ご飯を食べて、たくさん遊んだ。
エガオちゃんは、泣くこともなく、どんな時でも可愛らしい笑顔を浮かべた。
私は、その笑顔が大好きだった。
「ママ、大好き」
「私も大好きよ。エガオちゃん」
私達は、ぎゅっと抱きしめあった。
その時にはもうエガオちゃんの名前を呼び間違えることなんてなく、心から大好きと口にすることが出来ていた。
そして夫と相談し、エガオちゃんを正式に養子にする手続きを始めようと思っていた。
しかし、それは出来なかった。
私が病気になってしまったから。
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