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ペースメーカー(3)

 首筋が焼けるように粟立つ。
 この熱は・・・殺意。
 僕は、ジュラルミンケースを抱えてその場を跳ぶ。
 一瞬前まで僕達がいた地面が地鳴りのような音を上げて砕け、破片が飛び散り、埃と粉塵を巻き上げる。
 勢いよく飛んだ振動でジュラルミンケースの中の女の子が苦鳴を上げる。
 ・・・邪魔だな。
 僕は、ジュラルミンケースを置くと思い切り押してスライドさせる。勢いよく良く滑るジュラルミンケースは、あ奥の壁にぶつかり、静止する。
(何を!)
 愛が抗議の声を上げる。
「死んではいない」
 僕は、冷徹に返し、立ち上がる。
 粉塵と埃が沈み、巨大な影が現れる。
 それは歪な建造物のように見えた。
 色の染まってない鈍色の鉄、直立に伸びた大きな鉄板にそれに張り付いた丸い筒に大きな腕、鎧のような凸凹したボディにキャタピラ、そして猛牛を模した鉄の頭。
「ゴリアテか」
 僕は、目を細める。
 最近、中東の方で売り出していると言う対テロリスト用の強化戦闘スーツ
 まさか子どもを誘拐して内臓を売る程度のチンピラが持っているのは思わなかった。
 自分のリサーチ不足に腹が立つ。
 猛牛の頭を通して乗り手の殺意が僕の身体を焼く。
 どうやら遠隔自動操縦オートマシーン機能までは高くて付けれなかったようだ。
 僕は、拳を高く上げて構える。
「血を手に集めて。破壊する」
 僕は、愛に命令する。
 しかし、愛から返ってきたのはある意味では予期した言葉だった。
(拒否します)
 僕は、固く目を閉じる。
(貴方の身体はこれ以上の負荷に耐えられません。逃げることを推奨します)
 ゴリアテがキャタピラを激しく回転させ、地面を削り、不快な轟音を上げる。そして一瞬で僕との間合いを詰めて巨大な拳を振り下ろす。
 僕は、咄嗟に後ろに飛ぶ。
 僕が立っていた地面に巨大な拳が叩きつけられ、地面が破壊される。
 しかし、攻撃はそれだけでは止まない。
 ゴリアテは、素早く拳を上げると巨大な身体からは考えられない速度で拳を振るい、僕を攻撃し続ける。
 僕は、避け続けることしか出来ない。
「愛・・このままじゃ僕死ぬよ」
(その前に逃げてください。そのくらいの余力が残っているのは分かっています)
 さすがペースメーカー。
 僕以上に僕のことをよく知っている。
「でも、僕が逃げたらあの子達みんな売られちゃうよ」
 僕は、拳を避けながら愛に語る。
 愛は、押し黙る。
 僕は、亀裂のような笑みを浮かべる。
「優しい愛はそんなこと出来ないでしょう?」
(貴方と言う人は・・・)
 心臓がぎゅっと収縮するのを感じた。
(それでも血を使わせる訳にいきません)
「血じゃなくていいよ。洞結節を過剰に振動させてくれれば」
 僕の言葉に心臓が大きく高鳴る。
 僕までびっくりするからやめて欲しいな。
(しかし、それだと・・・)
「一瞬・・数秒でいいよ」
 僕は、そう言ってゴリアテから距離を取る。
 ゴリアテのなかの人間が非常に苛立っているのが伝わる。
 世界でも有数の戦闘兵器をフル稼働しているのに子ども一人倒せないのだからそれは腹も立つだろう。
 しかも訳の分からない独り言をずっと言ってるのだから。
 ゴリアテの両肩の鉄板が開き、団子のように並んだ放出口が姿を現す。
 一気に片を付けようと思ったようだ。と、言うより今の今まで飛び道具を出さなかったのは単に砲弾の費用がバカ高いからだろう。
 まったく浅ましい。
 僕は、両手を大きく広げる。
「愛」
(了解しました)
 その瞬間、心臓が加速し、震える。
 砲撃が放たれる。
 グレネードランチャーの巨大な弾が6つ、湾曲しながら僕に飛んでくる。
 最先端のAI搭載式電子機雷だ。どこに逃げようが追ってきて相手にぶつかり、粉微塵にする。
 ゴリアテの中の人間から勝利を確信したような喜びが溢れるのを感じる。
 しかし、彼が思い描いた光景が訪れることは決してなかった。
 僕の全身から放たれた電気の網が巨大な6つの弾を全て捉える。
 ゴリアテの中の人間は、驚愕する。
 6つの弾は蜘蛛の巣に絡め取られた虫のように動かなくなる。
 砲弾に搭載されたAIが電流によって狂わされ、電子信管も無効化して不発となった。
 電子タイプの弾で良かった。
 昔ながらの火薬ならこれだけで爆発していた。
「最先端なんて碌なものじゃないな」
 僕は、嘲笑うように言うと電気の網を消す。
 砲弾が捨てられた空き缶のように無様に落下する。
 ゴリアテから恐怖の臭いが漂ってくる。
 僕は、その隙を逃さない。
 僕は、ゴリアテに向かって走り、胴体の下に入ると電流を帯びた拳を叩きつける。
 こつんっと言う可愛い音が響く。
 やはり血で身体を強化、硬質化しないと威力がない。
 しかし、それで十分だ。
 僕の拳から放たれた電流がゴリアテの身体中を巡り、精密な機械達を破壊していく。凶悪な装甲の中から爆発音が響き渡る。
 装甲の隙間の至る所からオイルと血液が流れ出す。
 頭部から黒い煙が上がる。
 命が消えたのを感じた。
 僕は、拳を装甲から離す。
 心臓の震えが静かに治っていく。それに反比例するように口と目から血がとろりっと流れる。
(血を凝固し、心筋の機能を一時的に抑えます)
 愛が焦ったように言う。
 心臓がゆっくりと静かになっていくのを感じる。
 僕は、全身から力と血が抜けていくのを感じ、その場に座りこんだ。
 油の血の臭いが鼻腔の中を充満する。
 
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