冷たい男 第6話 プレゼント(5)
小舟の形をした緯糸棒が銀色の縦糸の海を泳ぎ、緯糸を潜らせた瞬間、清廉された鈴の音が抜ける。綜絖で弛んだ緯糸をタンタンッと打ち付けると星屑のような火花が飛び、花畑を優しく照らす。
管弦合奏団のような洗練された少女の機織り捌きに双子は感嘆のため息を吐く。
「綺麗・・・」
「なんて美しい所作・・・」
双子からの賛辞に少女は、頬を赤く染めるものの手を休めることはない。
「これを毎年やってるんですか?」
「愛の所業ですね」
双子は、宝石のように麗しい目を輝かせ、神に祈るように両手を組んで少女を見る。
その目は憧れを通り越して信仰のようだ。
しかし、少女は、苦笑いを浮かべて首を横に振る。
「そんなんじゃないわよ。これはどっちかって言うと使命よ」
「使命?」
ショートは、首を傾げる。
「そうよ」
少女は、綜絖を叩きながら頷く。
「それはどう言う・・・」
ロングは、質問するも最後まで言うことが出来なかった。
「貴方たち、手伝ってくれませんか?」
チーズ先輩が声を掛ける。
双子は、同時に首を傾げる。
その仕草を可愛いと思ったのだろう、チーズ先輩の頬が赤く染まる。
「出来上がった生地を染める染料を作るのに幾種類かの花が必要なんです」
チーズ先輩の後ろを見ると人間の子どもの姿に化けた子狸が丁寧に花を摘んでいる。
「彼女の労力の助けになるのでお願い出来ませんか?」
少女の労力の手伝い・・・。
その言葉に双子は風に揺れる蒲公英のように身体を揺する。
喜んでいるのだ。
双子は、チーズ先輩からの指示を受けて花を摘み始める。
少女は、そんな双子の動きを見て微笑ましくなり、口元を緩める。
妹ができると言うのはこんな感じなのだろうか?
少女は、緯糸棒を通し、綜絖で叩く。
機織り機の上に紫の蝶が数匹止まる。
少女の住む世界では見ることの出来ない美しい蝶だ。
甘い香りが漂う。
飴玉のように濃密な甘い香りが。
周りを取り囲む花の香りだろうか?
少女は、心が温まるのを感じながら機織りを続けた。
少女と彼は待ち合わせ場所で合流した。
あまり来慣れない場所で自分でもどうやって来たのかあまり覚えていない。人通りはあるが誰もこちらに関心を示すことなく素通りしていく。
少女と彼は味気ない質素なベンチに腰を下ろす。
「これを・・・」
少女は、出来上がった手袋の入った紙袋を彼に渡す。
「ありがとう」
彼は、笑みを浮かべてそれを受け取ると中身を確認せずにベンチの端に置いた。
「見ないの?」
「確認しなくったって最高の出来に違いないだろ?感謝してるよ」
彼は、笑みを崩さずに言う。
会心の出来なのに見てくれないことを少女は少し寂しく思った。
せっかく拘って作ったのに・・・。
心の中で言いかけて少女は、眉を顰める。
拘ったのにと思いながらもどこをどう拘ったのかをうまく説明出来ない。
流行りの雑誌を見て、流行の形を覚え、色まで決めたはずなのに・・・。
「毎年ありがとうね。本当に愛を感じるよ」
彼の言葉に少女は、恥ずかしそうに下を向く。
心のどこかに引っかかるものを感じながらも上手く表現出来ない。
突然、強い力が彼女の身体を圧迫する。
彼が少女の身体を抱きしめているのだ。
ほんのり温かい。
少女は、目が回りそうなほどドギマギし、両の手の指を開いてしまう。
「君の愛はいつも俺のことを温めてくれる。君がいるから俺は生きていける」
少女の顎を彼の指先が持ち上げる。
「愛してるよ・・・」
彼の唇が少女の唇に触れようとする。
しかし・・・。
「貴方・・・」
少女の目が冷たか彼を射抜く。
「誰?」
彼の動きが止まる。
「誰って・・・俺だよ?」
彼は、にっこりと微笑んで言う。
異性を魅了するような艶のある笑みを。
少女は、唇を噛み締め、彼を突き飛ばす。
彼は、よろけながら3歩後退る。
「あいつが・・・そんな歯の浮くような安っぽい言葉を吐かないわよ」
少女の目に怒りが灯る。
一瞥で全てを燃やし尽くしそうな煉獄の怒りを。
「そしてあいつは決して自分からは相手に触らないわ。あいつの痛みを・・・苦しみを馬鹿にしないで!」
少女は、叫ぶ。
空間が渦を巻いて湾曲し、彼の姿が陽炎のように歪む。
そして音を立てずに弾けて消えた。
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