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"日本人"がイギリスで働くということ

イギリスはウェールズに来てから早くも3年目。コロナの影響でイギリスはロックダウン(外出禁止)で1年目は指導どころかサッカーすらもできない環境だった。大学の寮の近くにあるサッカー場で、友人と4人でサッカーをしていたら、警察が来て怒られたことは今でも覚えている。

大学の寮の近くにあるサッカー場。ナイターはないが24時間開放されているので無料で誰でもボールを蹴れる。

1人前のサッカー指導者になるべく、大きな期待と覚悟を持ってウェールズにやってきたが、肩透かしを食らった。私のウェールズでの1年目は両手に収まるほどの練習回数(指導回数)だったと思う。

ただ、2年目は打って変わって飛躍の一年となった。クラブに属するということ。お給料を貰って指導をするということ。コーチだけでなく、分析官として働くということ。選手、親御さん、スタッフの方々と関係性を築くということ。イギリスでのサッカーの文化に触れること。様々な経験をさせて頂いた。

そして、丸々1年間、イギリスでサッカーと向き合ってきて「"日本人"がイギリスで働くということは何か」と無意識に感じてきた。ここで言う"日本人"というのはあくまで私個人がイメージする一般的な日本人のことだ。サッカーという、ある意味社会的には独特な世界で"日本人"がどのような影響を与え、また影響を受けるのかということについて今回はまとめていく。

生活面での大きな壁

サッカーも例外無くビザが必要

まずは現実的な話から始める。イギリスでは観光でない限り、在留するにはビザが必要でサッカー指導者も例外ではない。現在、私はサウスウェールズ大学に留学していて、学生ビザがあるおかげでサッカー指導ができている。

サウスウェールズ大学のグラウンド

ビザにも様々な種類があるがサッカーの指導者として働けるビザは意外に少なく、学生ビザや就労ビザが主な種類になる。大学や大学院を卒業すると『Post Graduation Visa』で2年間イギリスに滞在することができるが、このビザでは"スポーツパーソン"と呼ばれるサッカー選手やサッカーの指導者などで働くことはできない(他のスポーツも同様)。
※分析官はスポーツパーソンに含まれないのでPost Graduation Visaでイギリスに滞在することができる。

私が今通っているサウスウェールズ大学を卒業するとイギリスで"指導者"として働くには
①大学院に進み、学生ビザを新たに所得する
②就労ビザを発行してもらえるサッカークラブに就職する
の2択しかない。しかも、就労ビザには規定がいくつかあり、サッカーの指導者の場合、クラブにスポンサーになってもらう必要がある。

ボランティアで有ればPost Graduation Visaでも問題ないが、その間の収入は0になることも考えなければいけない。

サッカーを職業として海外で働くということは海外に住むということでもある。イギリスに住むということは実はハードルが高いということを知っておく必要がある。

文化と言語

文化の違いは自分のストレスになり、そして相手にストレスを与えることにもなる時がある。イギリスでサッカー指導者として働くにしても24時間サッカーだけをする事はできないので、イギリスの文化の下で暮らす必要がある。

・食文化
食文化は日本人にとっては大きな壁になるだろう。イギリスは日本に比べて食のレパートリーが少なく、ピザやファストフードなどのジャンクフードが主流だ。『Yo! Sushi』や『Wagamama』と言った日本食レストランもあるが、値段が高めで頻繁にいくには経済力が必要。

Yo! Sushi
Wagamama

今はアジアンマーケットやオンラインでも日本食が手に入る時代なので、日本食が完全に食べれないわけではない。レストランに行かずともインスタント系の日本食を取り寄せることも可能。また、醤油、みりん、料理酒、味噌など和食に欠かせない調味料も普通にスーパーなどで調達することができるので、家で自炊することもできる。

先日、肉じゃがを作りました。

・暮らしの文化
食以外にも日本人が適応しなければならないことは沢山ある。イギリスの夏場は22時くらいにならないと暗くはならない。エアコンがない家がほとんどで30℃を超える日は家にいても暑い。基本的に湿度が低く、1年中乾燥している。天気が不安定で1年の中で雨や曇りの日が多い。

車は左車線だが『Roundabout』と呼ばれる日本でいうところの交差点の役割を果たす仕組みがある。

Roundabout

また、ロンドンやバーミンガムなどでは車で通る時にはオンラインで通行料を払わなければならない道路がある。

最近で言えば、日本ではマスクが外出には欠かせないアイテムだが、イギリスではもうマスク文化は撤廃された。国も違えば文化や環境がガラッと変わるので、その国の文化を尊重することも大事になってくる。

・言語の壁
イギリスは英語が母国語であり、日本人が1番苦戦することが英語力だろう。イギリスで日本人が働くということは通訳でもつけない限りは英語を話す必要がある。

私自身もイギリスに留学して約2年が経ったが、未だに英語で苦戦することは日常的にある。特にサッカーを指導する場合には専門用語を英語で知っている必要があり、また細かい局面やニュアンスを説明するには語彙力が問われる。現在、私が苦戦しているのが細かいニュアンスを伝えることだ。

サッカー用語に関しては日本でよく使われている言葉が実はイギリスでは違う言い方をすることがよくある。例えば『サイドチェンジ』という言葉。イギリスではサイドチェンジのことを『スイッチ』と言う。相手から遠い方の足の事を『バックフット』と言うこともイギリスに来てから知った言葉だ。

サッカーの指導者は様々な人との間に関係性を築く必要があり、関係性を築く上では言語力が必要だ。コーチ、選手、チームオペレーター、選手の親御さん、チーム関係者などと良い関係性を築けなければ、指導者として評価されることは難しいだろう。

"日本人"特有の特徴

"日本人"は特有の特徴を持っている。当然、日本人の中にも様々な性格の人がいて、一概にまとめることができないが、ここでは"日本人"がどうサッカー面で評価されるのかをまとめていく。

勤勉さは1つの売り

よく「日本人は勤勉だ」と言われているが、イギリスで働いていてもそう感じることが多い。というのも、日本人は生活面でのスタンダードが高く、時間はきっちり守り、やれと言われた仕事はこなし、なんなら頼まれていないことまでやる。

例えば、日本人の私からすれば練習は毎回行くのが当たり前で、体調不良でもない限りはチームの試合や練習が最優先だ。しかし、イギリスでは「友達と旅行に行く」や「家族で出かける」という理由で練習を休んだとしても普通に受け入れられる。

クラブとしては穴を開けない日本人指導者の存在は貴重だろう。

時間厳守から来る信頼感

日本人の『時間厳守』の感覚はサッカーの仕事をする上では、他のコーチやスタッフから信頼を獲得するための大きな武器だ。日本で育つと時間厳守が絶対で、その文化の中で育った日本人がイギリスに来ると練習や試合の集合時間にはまず遅れない。これって日本人からすると当たり前だが、イギリスでは普通に遅れてくる人がザラにいる。

また、提出物の提出期限をしっかり守ることもイギリス人からしたら好印象だ。

例えば、分析の仕事をしていて、次の練習までに分析映像が欲しいと頼まれた時に、「やってはいるんだけど間に合わなかったよ」とイギリス人が言うところを日本人は何がなんでも間に合わせるようとする。徹夜してでも期限内に間に合わせるのが日本人であれば、夜はパブでビール飲むことが優先で次の日に作業するのがイギリス人。オンとオフが良くも悪くもハッキリしているのがイギリス人で、良くも悪くもハッキリしていないのが日本人とも言える。

いずれにしても毎回の提出期限を守ってくれる人であれば、安心して仕事を任せることができるので、日本人は比較的信頼されがちである。

万が一を考える能力

日本人は万が一を考えることが得意な人種だと思う。天気予報で夕方から雨ならば、折りたたみ傘を持って行き、電車が遅れても大丈夫なように少し早めの電車に乗って会社へ出勤する。この感覚はどうやら日本人独特のものらしく、私も集合時間の少し前に着くようにいつも家を出る。

万が一を考え、予測することができると、万が一が起きた時にすぐに対処することができる。しかし、”イギリス人”は万が一が起きた時に「仕方ない」で済ませてしまうことがよくある。

先日もU-19の監督から練習試合の撮影を頼まれたが、私はU-10の指導の時間と被っていたので撮影できないということがあった。この時に監督は「じゃあ仕方ないから撮影は大丈夫」と言ってくれたが、撮影できるのであればした方が良いので私の代わりに撮影する人を探してきて、試合を撮影することができた。万が一が起きた時に代替案を提示したり、上手くいかない時に「仕方ない」で終わらないのが日本人の良さかもしれない。

"日本人"が活躍するには

日本人がよりいっそうイギリスで、世界で活躍するにはいくつか意識的に行動しなければいけないことがある。

先導力は"日本人"に足りないスキル

先導力は日本人が力を発揮しづらいスキルの1つだろう。先導力とは何かを新たに始めたり、率先して行動する力のことを指すが、日本人の気質からしてリスクを取ることを好まないので、先導することに臆病になりがちだ

日本では「出る杭は打たれる」という言葉があるように目立つような行動を毛嫌いされる傾向があるが、イギリスではそういった行動は逆に評価されることが多い。特に新たなアイデアを持ってきたり提案すると、「良いね、よしやってみよう」となることが多く、それが上手くいけば当然評価される。

下の記事では分析官として働く芝本の先導力が活かされた試合の話を紹介してます。

日本では新たな試みをした時に上手くいかなかった場合、失敗したことに焦点が当たるが、それよりも挑戦したことを評価するようにならなければいけない。失敗をしないことも大事だが、それでは一向に黒子としての立ち回りになり、日本人がスポットライトを浴びることはない。新たな挑戦をして、もし失敗してもそこから学び、新たな挑戦を続けていく。これが日本人がイギリスでもっと活躍するために必要な力である。

意図的な繋がり

日本では意図的な繋がりはあまり良く思われない。その最たる例がマッチングアプリ。今でこそ、マッチングアプリが普及して男女が意図的にに出会うことが受け入れられるようになってきたが、未だに『出会い』には運命的であったり偶発的な方が受け入れられやすい。

サッカー界では意図的な繋がりが欠かせない。クラブで指導するためにはクラブで雇われなければならないのだが、偶発的に仕事が回ってくることはほとんどない。基本的にクラブはポストが空いていれば、身内からそのポストに相応しい人を採用することが普通であり、サッカー界ではコネクションを持っていなければ仕事を貰うことは難しい

イギリスではTwitterやLinkedIn、そしてクラブのHPやネット上でコーチや分析官、スカウトなど様々な求人が出る。これは日本とは大きく異なる部分だ。

リーグ1(イングランド3部)に所属するBristol Roversのアカデミーの求人
LinkedInでのAston Villaのアカデミーの求人
EFLのWebサイトでの求人

一方で日本は昔からの名残りでコネクション採用が主流であり、求人情報はまず公には出ない。もちろん実力が無いと生き残れない世界だが、クラブに加入するには実力よりも人脈を持っているかどうかが左右する。より良い人材を獲得するためには、求人を公にしてしっかりと選考した上で採用した方が良いと思うが、1つの文化を変えることは容易では無い。

イギリスで留学を始めてから約2年が経つが、いつも頭の片隅にあることがステップアップすること。私は今の自分の仕事に満足しているし充実しているが、より良い指導者になるため、より一層指導者として成長するために、より高いレベルや良い環境での指導がしたいと思っている。

しかし、やはり日本人の気質として意図的な繋がりに美徳を感じないという感覚が、ステップアップするための大胆な行動を起こせないでいる。実力を評価されてクラブからオファーを受けることで、ステップアップしていくことが美徳であるという考えを捨てきれないのが日本人なのかもしれない。

私の大学の同期にアメリカ人の指導者がいる。彼は意図的な繋がりでスウォンジー(イングランド2部)のアカデミーで指導するまでに到達した。彼は意図的な繋がりのための大胆な行動は私も真似しなければいけない。彼らクラブで雇われていないのに練習中にグラウンドに現れ、頼まれてもいないのにサーバー役をやる。日本人からするとちょっと考えられない行動だ。そして、徐々にコーチ陣に名前を覚えられていき最終的にそのクラブで指導しているのだから驚きだ。

スウォンジーで働くキッカケとなったのも、スウォンジーのアカデミーで既に働いていた1個上の先輩と仲良くなったことで、いつの間にかアカデミーで指導を始めていた。求人情報を見て履歴書を送り、面接を経てクラブに雇われることが正攻法だとするのであれば、彼が正攻法でクラブに加入したことはないだろう。

サッカー界でステップアップしていくにはプライドを捨てて、意図的な繋がりを作った方がクラブからは声がかかりやすい。むしろ意図的な繋がりを作る方が正攻法と言えるだろう。しかしながら、人間性や指導力がなければすぐにクビになる訳で、「人としてどうあるべきか」ということは抑えておきたい。それを踏まえた上で、私自身もアメリカ人の彼のような大胆な行動をすべきであるということはサッカー界で働こうと思っている人に伝えておきたい。

イギリスでサッカーを仕事にするのであれば

最後にイギリスでサッカーの指導者や分析官として働こうと思っている方へ、いくつかアドバイスをしてこの記事を終わりたい。

ライセンスや資格は必須

グラスルーツではなく、プロクラブで指導者や分析官として働くのであればライセンスや資格は必須だ。指導者であるならば最低でもUEFA Bライセンスはないと応募要項に満たない場合がほとんどで、ライセンスを取ってから仕事をする方がスムーズだろう。

分析官も最近ではPerformance Analysisを大学などで学んでいることが応募要項に含まれることが多くなってきていて、その他にもData Scienceの資格を持っているプロとクラブへの就職に強い。

あとは地味に車の運転免許を持っていることもアドバンテージになる時がある。イギリスの田舎の方では車でしか行けないような場所で試合をすることがよくあり、免許を持っていない場合はクラブとして面倒臭い場合がある。

住む場所は考えた方が良い

イギリスで住む場所はサッカーを指導する上ではよく考えるべき点である。毎回の練習に2〜3時間かけて通うことは現実的ではなく、必然的に働くクラブは自分が住んでいる街の近くにあるクラブになる

私は大学の授業内容に魅力を感じてサウスウェールズに住むことを決めたが、住む場所は全く考えていなかった。サウスウェールズにはイングランドリーグに所属するチームは多くないので、ステップアップを考えた時に地理的な理由で選択肢が狭まってしまうことはもったいない。サウスウェールズ大学がウェールズサッカー協会と提携していたり、様々なクラブとのコネクションがあるのでクラブ探しには苦労しなかった。

もし、自分が行こうと住もうと思っている場所に日本人が働いているのであれば、その人にSNS等で聞いてみることも一つの手である。また、SNS等でサッカー関連の求人があるのかをリサーチしておくと良いかもしれない。実際に現地に来てみたら働く場所がなかったとならないように、イギリスに来る前に調べておきたいポイントだ。

SNSはプロフェッショナルに

TwitterやLinkedInには求人情報が流れてくるのでSNSはやっていて損はない。ただし、SNSの運営についてはプロフェッショナルに使用するべきである。

プロフェッショナルに運用するのがどういうことかと言うと、基本的にサッカー関連の投稿(活動実績やサッカーに関する投稿)だけにして、プライベートなことは投稿しない方が良い。プロクラブに採用される際には誹謗中傷や相応しくない内容の投稿がないかSNSは全てチェックされる。万が一、倫理的に良くない投稿があれば採用が見送られることもあり得るので
注意したい。

しかし、SNSを活用することで先程言ったように求人情報を手に入れることができたり、上手く行けばクラブの関係者からオファーがくる可能性もあるので、SNSをアクティブにしておくことは重要である。

最後に

今回は『"日本人"がイギリスで働くということについて』生活面からサッカー面にかけて触れてきたが、冒頭で話したようにこれは私がイメージする"日本人"であり、全ての人に当てはまるわけではない。

サウスウェールズ大学の『Football Coaching&Performance学部』には現在4人の日本人がいるが性格も違えば考え方も違う。評価されるポイントも違えば、得意とすることも違う。だから各々でイギリスの文化やサッカーに触れて、自分達なりにここまで行動してきた。ただ、その中でも「"日本人"にはこういった良さがあって、逆にこういった課題があるよね」という視点でこの記事をまとめてきた。

徐々に日本人のサッカー指導者や分析官がイギリスで、世界で、活躍するケースが増えてきているものの、まだまだ露出度は世界的に高くはない。今後、日本人がサッカー界で世界的に進出していくには、日本サッカーがもっと世界から評価されること、そして日本サッカー界から飛び出して海外で挑戦する指導者や分析官、スカウトなどが増えていけばいいと思っている。

日本代表が列強国の真似をしたところで結果を出すことが難しいように、日本人がイギリス人と同じことをしてもなかなか評価されない。それよりも"日本人"の良さを武器にイギリスという土地で働くことが大切だと思う。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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note(個人アカウント):Gyo Kimura


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