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渋谷七奈「きゅうに光があばれだして」に寄せて

 ただいまシグアートギャラリーでは、渋谷七奈による個展「きゅうに光があばれだして」を開催中です。渋谷七奈は宮城県出身・山形県在住のペインターで、2020年グループ展「シグセレクト」にも参加しています。北東北での個展は今回が初開催となります。

 渋谷の作品の特徴は、記号的なモチーフを分解/再構築し、複合的に絡んだ線によって描く点にあるといえます。これまではフラットな質感や限られた色彩も特徴的でしたが、直近の作品では厚みのある絵の具や鮮やかな色彩も用いられるようになっています。
 主題となっているのは、「外界と接続しながら揺らいでいく人間とその精神性」であり、それらを「獣や人体の変容という形」で表現してきました。近年は、過去の出来事やアノニマスな記憶を手がかりに個人的なイメージを横断しながら作品をつくっています。

悼むこと、光と花

 本展で渋谷は「きゅうに光があばれだして」というタイトルのもとに作品を発表しています。このタイトルは渋谷が経験した個人的な出来事に由来していますが、特に主題となっているのは「死を悼むこと」です。渋谷は、この一見辛く苦しい、暗くなってしまいそうなテーマをあたたかく捉え、光や花のかたちで表現しました。会場には、すべて2022年に制作された50点以上の絵画が展示されています。

 「ネアンデルタール人が死者に花を供えていた」という言説があります。死者に花を手向ける起源については諸説ありますが、渋谷が注目したのはその行為が「温かい人間的な感情」によるものだったのではないかということです。展覧会に寄せた言葉で渋谷はこう述べます。

昔、ネアンデルタール人は死者に花を供えていたそうです。これが本当かどうかは、まだ議論されています。それでも個人的に思うのは、目を覚まさない人たちが、生きているときに美しいと思ったものに少しでも囲まれるように、という願いが込められているのではないかと考えてしまうのです。目覚めたら、遠くへ行くなら、この花と一緒に旅をしてほしい。ネアンデルタール人が温かい人間的な感情を持っていたという私の希望的観測は、死者を悼むということが大昔から循環していることを現代でも信じたいがためなのだと思います。このことは、人間の儀礼的な習慣が、個人と組織的なエゴイズムに基づいてきたことを私に感じさせるのです。

展覧会に寄せて・渋谷七奈の言葉


 死者に花を手向けることは、死者へ対する愛しい気持ちの表現である一方で、遺された者たちを救う行為でもあるように思えます。

日常のなかの小さな儀式ーおはよう、おやすみ

 会場には「おはよう」や「おやすみ」のように挨拶がタイトルに入ったシリーズも展示されています。渋谷は「おはよう」や「おやすみ」について、「希望的な観測をもった個人的で習慣的な儀式」であり「わたしたちはそれに救われているところがあるんじゃないか」と語ります。わたしはそれを聞いて、挨拶のような日常のなかの小さな儀式は、誰かと生きることを再確認しているようでもあると思いました。「おはよう」には「1日がはじまったね。今日もよろしくね。」と、「おやすみ」には「今日もありがとう。眠って起きて明日も一緒に朝を迎えよう。」という思いを誰もが込めているのではないでしょうか。
 このシリーズの鮮やかな色彩からは「生きること」の眩しさが感じとれるようです。

《おはよう〜(AM06:01)》2022年
Acrylic paint, pencil, pen and charcoal on canvas. 455×380×30 mm

pepar on drawing/canvas on drawing

 本展では紙に描いたドローイングが9点展示されています。

紙に描いたドローイングの展示風景

 ドローイングからは渋谷が頭の中のイメージを素早く残そうとしていることが窺えます。会場の長い壁面には〈canvas on drawing〉のシリーズが並んで展示されています。ここで用いられるのは近年渋谷が取り組んでいる制作方法で、溢れ出すイメージを新鮮なままにキャンバスに描き留めています。

渋谷の制作工程について

 渋谷七奈の制作手法として、描いたドローイングを再構築し本画に移すという工程をとることがあります。
 今回の展示案内ハガキに掲載された作品画像と実際に展示されている作品《きゅうに光があばれだして》を見比べてみると、一見似ているこのふたつが異なっていることがわかります。
 実は、展示案内ハガキに掲載されているのは中央部が《drawing on canvas 16》という作品で、その背景にはまた異なるドローイングがコラージュされているのです。さらに渋谷はこのコラージュをもとに、今回展示されている《きゅうに光があばれだして》を描いたそうです。言い換えれば、展示案内ハガキに掲載されているのは《きゅうに光があばれだして》のエスキース(下絵)なのです。
 ドローイングは、イメージの断片であったり、アイディアの源であったりするように思えます。それが組み合わせられることにより、さらに新しい世界が出現していくのではないでしょうか。

《きゅうに光があばれだして》DM 掲載画像
《きゅうに光があばれだして》2022年
Acrylic paint, pencil, pen and charcoal on canvas. 606×500×30 mm
《drawing on canvas 16》2022年
Acrylic paint, pencil, pen and charcoal on canvas. 180×140×20 mm


drawing book 02

 本展にあわせて、「drawing book 02」がシグアートギャラリーに初登場しました!

drawing book 02の表紙 アクリルカバーつき
drawing book 02 ドローイング20枚を収録

 この本には、ドローイング20点が収録されています。各ページが綴られておらずアクリルカバーに収納されているのが特徴です。1枚ずつ並べ組み合わせたり、お気に入りの1枚を取り出して飾っておくこともできます。渋谷の作品をより身近に感じられる本となっておりますので、お手にとってご覧いただけたら嬉しいです。オンラインショップでもご購入いただけます。小部数の貴重な本ですので、ぜひお早めに。

最後に

 渋谷七奈の個展「きゅうに光があばれだして」は11月9日(水)まで開催しています。ぜひご高覧ください。
 SNSでも会場風景をお伝えしていますので覗いてみていただければ幸いです。オンラインショップからも作品の一部をご覧いただけます。また渋谷七奈によるトークもYouTubeで公開しています。さまざまな角度から渋谷七奈の個展「きゅうに光があばれだして」をお楽しみくださいませ。

スタッフC

渋谷七奈「きゅうに光があばれだして」
会期:2022年10月15日(土)ー11月9日(水)  10:00–19:00/会期中無休/入場無料会場:Cyg art gallery(〒020-0024 岩手県盛岡市菜園1-8-15
  パルクアベニュー・カワトク cube-Ⅱ B1F)
作家在廊予定:10月15日(土)、11月9日(水)
  ※休憩などで不在の時間帯があります。ご了承ください。

[作家プロフィール]
渋谷七奈/SHIBUYA Nana
宮城県生まれ。2017年東北芸術工科大学美術科日本画コース卒業。2019年同大学院芸術文化専攻芸術総合領域修了。現在は山形県上山市を拠点に活動。
外界と接続しながら揺らいでいく人間とその精神性について、獣や人体の変容という形で、絵画を発表。近年は過去起こったことや、アノニマスな記憶、個人的なイメージをドローイングや絵画で描いている。




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