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吹き込まれる、幻

 裾野からふんわりピンク色に溶け出していく空の、茜の極まるところの、その先から生まれる風を吸い込んだ。足の先はとっくに靴の形にまるくかためられていて、タイツと靴のさわりが悪い。人が通り過ぎる。色硝子を透かして見たような音色がイヤホンから流れ込む。それはゆったりとした静寂で、そのなかに限りなく薄い破裂が混ざっている。

 共犯が、愛より上だと思っていたころ、小さなソーサーカップをいくつも集めるような心地でそれぞれの秘密を拾ってきては眺めていた。それぞれに結び付けられた彼や彼女はいつしかそんなものにとらわれなくなっていく。瓶の中のひかりが特別美しく見えるように、わたしの秘密は解き放たれてから少しずつ曇って、空に溶けていく。それが必要な時期が確実にあったことを、胸のどこかに残して。



 幻、という名前の子がいて、それはとてもおとなしい男の子だった。笛を吹くのが上手で、あまり話さず、されど話しかけられるとにこやかに受け答えする。日向夏のような男の子だった。わたしの親友はその子が好きみたいだった。放課後の教室で打ち明けられて、それからふうんなんて眺めるようになって、歩幅をまる切りそろえて歩く癖や、考え事をしているときのまばらな指の動きや、伸びた髪をめんどうそうに弄ぶときの鼻の影や、そういう類をふうんと眺める日々だった。親友はいつしか告白して、いつしか彼は幻ではなくなっていた。いま、あの子は何になっているだろう。



そういう記憶がこの時期、たまに吹き込まれる。

茜は沈み切って、藍が心を傾ける。
早足でゆく街の、冬の夜風が滑って7度。


24.0109

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