【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第38話-春、修学旅行1日目〜夜

 みなとみらいに戻った如月中学校御一行様は、部屋割り表に従って、それぞれの部屋に分かれていった。今日一日の疲れを癒やす、スパが併設された宿だった。
 楽しい思い出を重ねて、笑顔で喋り続ける者。無言で今日の思い出を噛みしめる者。
 そしてお通夜のような雰囲気の貴志たち。
 男女ともに3人ずつの6人グループ。宿は基本的に二人部屋。このホテルに6部屋しかないトリプルルームは激しい争奪戦になるかと思われたが、貴志達はあっさりとその部屋の権利を手に入れた。
 貴志や隼人と同じ班になりたがる者が誰もいなかったのと同様、彼らと同室になりたい者もいなかったのだ。そのため、貴志達はその班構成のままトリプルルームに収まっていた。
 女子は理美と瑞穂が同室だった。矢嶋はたぶんどこかに割り振られたのだろう。

 貴志と理美は、後で話す時間を取ろうと約束してそれぞれの部屋に向かった。
 その部屋に着いて、扉を閉じた瞬間。
「うおおおおん」
 裕が声に出して泣き始めた。両目が滝のように涙を吐き出し続けている。
 瑞穂への告白。二人共合流の時には笑っていたのだが…。
 告白の結果は、今の裕を見れば聞くまでもなかった。むしろこれで嬉し涙だったら思いっきりグーでぶん殴ってやる。 
 貴志も隼人も全てを察していた。
 参ったな…。これは高島さんと話しに行ける状況じゃないな。
「よほほほーん」
 裕の泣き声が響く。泣くのは良いけど、なんでそんな素っ頓狂な声で泣く?
 とにかく今は裕のそばにいないと。そう思ってスマートフォンを手に取った。
 理美に断りの一報を入れようと通話アプリを開いたところで、ポップアップが飛び出した。理美からの着信だった。

 繋がった直後から耳元に飛び込んできたのは。
「うええええん!えぐっ!えぐっ!」
 激しい嗚咽。どうやら瑞穂のようだった。その嗚咽を縫うように、か細い声が何やら申し上げているのだが…。かき消されて消えない。
 バタンと音がして、静かになる。
「ごめん廊下に出た」
 ようやく聞こえた理美の声。そして、
「私からお願いしたのにごめんね。
 瑞穂ちゃんが、すっごく泣いてて」
 やっぱりか…。
「こっちも裕が動物みたいに泣いてる。漢字違いの、鳴いてるが正しいかも知れない」
 お互いに話したいことはあったが、今はそれどころではないらしい。今日はお互いの親友と存分に語らう夜になりそうだった。
「ごめんね、高島さん。明日必ず。
 頬は大丈夫?」
「もう痛くないし、赤くもないよ。
 私の方こそ、色々ごめんね」
 泣きたいのは貴志も理美も同じだったが、どうもこの二人は自分の感情を後回しにするクセがあるらしい。
 互いの苦笑いが、受話器から伝わってくるようだった。
「明日必ず」
 瑞穂が心配なのは本当。だけど貴志への告白が先延ばしにされて、少しホッとしている理美だった。
 明日必ず…。そう、明日私は、貴志くんと縁が切れてしまう。
 
 通話を終了すると、隼人が身支度を整えているのが見えた。
「ちょっと夜風に当たりながら、飲み物買ってくるわ」
 そう言って立ち上がる。
「お前たち二人の間には、踏み込めないところがあるし、お前たちも踏み込んで欲しくないだろう?
 でも、俺も友達のつもりだからさ、たまにはこう言うのにも付き合わせてくれな」
 そう言って扉に手をかけた。友達は作らない主義の少年が自ら友達と呼んだ相手が、その背中に声をかける。
「ありがとう、隼人。
 今度唐揚げパーティーしような」
 それは貴志の家で、貴志が揚げた唐揚げを夜通し食べながら語り合うという意味だった。
 無愛想な仮面をかぶり、周りの人間を拒絶して生きている少年が、自分を友達と認めてくれた。
 隼人は真っ赤な顔がバレないように、左手を上げただけで返す。顔が、赤髪のヤンキースタイルには全く似合わない程に、にやけていた。
 さて、先生に見つからないように外に出るまでが大変だ。

 裕の溢れ出した感情が収まるまで、かなりの時間を要した。その時間が、涙の量が、鳴き声の大きさが、瑞穂への気持ちの深さを物語っていた。
 中学生だから、ビールを酌み交わす事は出来ない。代わりに炭酸水を酌み交わす。炭酸の刺激で感情を飲み込んでは、ゲップとともに言葉を吐き出す。
 紗霧もスッキリしない気分の時は炭酸水を飲んでいたっけ。普段の何気ない選択の中にも、紗霧がいる。
 裕の背中をぽんぽんと叩きながら、貴志は静かに会えなかった彼女を偲んだ。

「私ね、最低なんだ…」
 嗚咽の間を縫って、瑞穂がたどたどしく話し始めた。理美はそれを相槌を打ちながら静かに聞いている。
「私は、裕が好きなんだって、思ってたんだ」
 そうだね…。そんな態度だったね。
「でもね、裕に好きだって、言われて」
 凄いね、山村くん勇気あるよね。告白って凄く怖いんだよ。
「裕が好きなのに、よくわかんなくって」
 それでこんなにも泣いてるんだね。瑞穂ちゃん偉いね。私、そのよくわかんない気持ちのまま、悟志くんと付き合い始めたんだよ。
「私ね、好きな人、他に、いるかも知れなくて」
 なんとなく、そんな気がしてたよ。でも今は山村くんのほうが好きだよね。
「裕のこと、好きだから、後から裏切るのなんて絶対に嫌だったんだ」
 瑞穂ちゃん…それ、私には痛すぎる言葉だわ。でもね、裏切りたくないって、傷つけたくないって思うのって、相手のことをすごくすごく大切に想ってる証拠だよ。
 きっと瑞穂ちゃんは山村くんのこと、自分で思っているよりも、すっごく好きなんだよ。
 瑞穂の背中をぽんぽんと叩きながら、理美はいつまでも瑞穂の気持ちを受け止める続けていた。
 瑞穂の好きかもしれない人。それが誰なのか、言われなくてもわかる。
 多分、それは「かも」じゃないよ。凄いね、彼の良い所をちゃんとわかってあげられるなんて。
 辛いよね、同じ時期に同じくらい好きになれる人が、目の前に二人もいるなんて。
 理美は瑞穂の背中を優しくさすりながら、想い人を偲んだ。

「好きかも知れない人が、いるみたい。
 瑞穂がそう言ったんだ」
 ようやく普通に呼吸ができるようになり、裕が震える声で話し始めた。
「別にそんな事黙っててさ、オレとしれっと付き合っててもさ、オレは馬鹿だから浮かれて気づかないと思うんだ。
 それで、俺ばっか浮かれて、瑞穂はその人への気持ちに気づいて、いつの間にか別れてる。
 そんな付き合い方でも、それでもオレは幸せでいられたと思うんだ」
 いや…それはかなり酷いことだと思うぞ。貴志は喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。飲み込むために、ボトルの半分くらいの炭酸水を流し込んだので、むせて咳き込んでしまう。
「瑞穂が幸せなら、オレはどんな扱いを受けても良かったんだ。
 それなのに、アイツ泣きながら、オレを裏切りたくないからって」
 裕の言葉がそこで切れる。炭酸水のボトルを握りしめた両手はわなわなと震えている。
 両目から大粒の涙が絶え間なくこぼれ落ちて、床を湿らせていた。
 裕が泣くのは、一人の時か、貴志と二人の時だけ。
 恋を失う辛さ、悲しみは貴志も知っている。今も紗霧を想うと涙がこみ上げてくる。それでも今は、裕の涙を見守る番だ。そう自分に言い聞かせながら、貴志は続きを促した。
「オレ、そんな瑞穂が、やっぱり好きなんだよ。あいつの恋を応援したい」
 涙の奥から、強い決意が伝わってくる。
「オレは瑞穂を諦めたわけじゃない。あいつを幸せにするなら、それが他の誰かとの恋でも構わない」
 貴志と紗霧の交際を知った時も、そうだった。裕にとっての好きの行方は、相手と共にあることではない。好きな人がが幸せになれるなら、その相手は自分じゃなくても良い。
 山村裕は、そういう少年だった。

 教師に見つかることなくコンビニまでたどり着いた隼人は、コーヒーを飲みながら一息ついていた。飲んでから、今が夜だと思い出す。これは眠れなくなりそうだ。 
 まあ良いかな…。部屋に帰ってもどうせ眠れない。きっと帰る頃にはめちゃくちゃ元気に振る舞う裕が、俺を寝かせやしないだろう。
 ため息をつきながらチキンを貪る。まあいいや…今日くらい付き合ってやるよ。明日、眠いだろうなあ。
 コーヒーを飲み干し、追加で炭酸水とミントタブレットを大量に手にとってレジに向かう。徹夜の準備は万端だ。
 隼人は嬉しかったのだ。うわべだけの薄っぺらい友情なんていらない。そう思っていた自分に、信頼できる相手ができた。
 裕も、貴志も、福原も、高島もみんないい仲間だと思う。この四人と卒業までずっと仲良くいられたらいいな。
 夜風が心地よかった。

 こうして修学旅行1日目の夜は更けていった。

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