【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第34話-春、修学旅行1日目〜貴志④

 初恋の人がこの街にいる。自宅から数百キロ離れた街で、奇跡のような偶然があった。
 しかも彼女は同じ店で食事をしたらしい。それはいつか二人で行こうと、約束した店だった。
 占いを受けて周りを見渡した時、一人の少女に目が止まった。
 雑に伸ばした髪。縁の大きな眼鏡。紗霧の面影を見つけることもできなかったけれど。
 それでもあの大勢の人の中で、なぜかあの少女だけは気になったのだ。そしてその少女が吸い込まれるように入った店が、二人の約束の店だった。そして同じものを頼んでいたという。もしかしたら…という気持ちが、確信に変わった。あれはやっぱり、紗霧だったのだ。
「もし坂木さんに偶然会えたとしたら、貴志くんはどうするの?」
 昼前の理美の言葉を思い出す。何もできない。そう返したけれど。それでも会いたい。会って、一言…謝りたい。

 約束の店はもう一軒あった。旅行誌を見ながら二人で、「せーの」で指さした餡掛け焼きそばの店。そこにも紗霧はいなかった。
 ひょっとしたら食べている間に来るかも知れない。席に座り、注文する。
 スマートフォンを出して、地図アプリを開くと、貴志は目を疑った。確かに店は合っているが、近くにもう一軒、同じ店があることに気づいたのだ。
 旅行誌を見ながら紗霧と二人、せーので指をさして、行きたいねと話した店。
 昼食に選んだのがスープチャーハンの店、夕食選びではこの店を指さした。二人同時に。食べるものの好みも、食べたいタイミングもそっくりだった事に、目と目を合わせて笑ったあの日。中学生だから旅行には行けない。だけど修学旅行先は横浜だと聞いて、たまたま家にあった旅行誌で妄想旅をしていたあの日。
 この店は旅行誌のQRコードで登録した。行ったことのない街の、まだ2年も先の修学旅行で行きたかった店など、わざわざ地図で探したりしない。
 紗霧がいなくなってからは、逃げるようにその情報から目をそらしていた。
 自由行動の行き先に、まさかその2店舗が絞り込まれるとは思いもよらなかった。本当は来たくなかった店。紗霧と二人でないのなら、ここには来たくなかった。
 傷をえぐられるような気持ちで食べた、憧れのご飯は、それでもとても美味しくて…。
 二人で並んで食べたなら、その時はどれだけ美味しかったのだろう。そう思うと胸が痛んだ。
 二人で来るはずだった店で、今は一人餡掛け焼きそばを頬張る。本来の味付けよりも塩味が効いていた。
 その隠し味の名前は涙という、酸味と苦みを伴った塩味だった。
 
 紗霧も修学旅行が横浜だと聞いた時は耳を疑った。まさか転校した先でも同じ目的地になるとは思っていなかったのだ。
 自由行動で中華街が選ばれた時は、みんなに頭を下げて一人にしてもらった。旅行誌は彼女の手元にはなく、地図アプリで探すしかなかったが、店の名前は覚えていたので見つけるのは簡単だった。
 石川町駅から歩き、市場通を抜ける時に餡掛け焼きそばの店を見つけた。占いを受けるまでは入るつもりのなかった店。だけどもし貴志がこの街にいるならと、思い切って飛び込んでみた。改めて地図アプリを開くことはなかった。その店はもう場所を覚えていたからだ。
 こうして二人は再びすれ違った。

 満腹の状態で、中華料理を一皿平らげるのはかなり骨が折れた。貴志も料理をする人間。食べ残すなんて失礼な真似はできなかった。
 ソースの一滴さえ皿に残さぬくらいに、キレイに食べ終わる。涙は前髪と汗が隠してくれていた。
 紗霧と二人で食べたかった。そして美味しかったねと、二人で笑いたかった。
 その紗霧は、ほぼ同時に同じものを食べていた。ただし違う店舗で。
 気づかぬうちにすれ違ってしまったかも知れない焦り。
 さっさと会計を済ませて店を出る。
 もう一店舗も覗いてみようか。そう考えていたら、スマートフォンが小さく震えた。
 ポップアップの通知を見ると理美からだった。
「坂木さん見つけた」
 その文字を見た瞬間にポップアップが上書きされる。
 今度は位置情報だった。地図アプリを開くと、市場通にマークが表示されている。
 貴志は小さくため息をついて駆け出した。
 
 紗霧…。合わせる顔なんてない。俺のせいで辛い思いをさせてしまった紗霧。
 わがままだと罵られたとしても…。それでも!会いたい!顔が見たい!
 ごめん!本当にごめん!たった一言、これだけは伝えたい想い。ごめん!
 紗霧。紗霧…。紗霧!

 位置情報を追いかけて、駆けつけた市場通。そこに求めた相手はいなかった。
 ヒソヒソと話す通行人たちから「あれヤバくない?」と聞こえてくる。その目線を追って、貴志はさらに走った。人をかき分け、大通りに出る。
 見回すと、見慣れた制服の少女を見つけた。
 頬を押さえててうなだれる、その少女。高島理美は、一人で茫然と立ち尽くしていた。

「貴志くん…ごめんね」
 理美のたった一言が、何よりも雄弁に、残酷な事実を伝えてくれた。

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