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【詩】天文学者

わずかに前のめりで

街の人混みの中に立つ天文学者が

ぼそりと宇宙の秘密を呟くと

地球上の生き物が一斉に学者の方へ振り向いた

着古した天文学者の衣から

ぼたぼたと破れ落ちる真理の切れ端

黒いアスファルトに浸みこんでゆく純白の繊維

そびえ立つ高層ビル群が

ゆっくりと対角線上に歪みだす

突如として始まった地球文明の初期化

人類のあらゆる知的財産が

容赦なくゼロにリセットされる

鋭利な刃物に姿を変えたビルの窓ガラス片が

無防備な大気を次々に乱切りにすると

規則的な時間と空間の概念に穴が開き

世界中の遺産がダムの決壊の如く崩れ始める

めりめりと首を捥がれるアンコールワット

軽々と吹き上げられるバビロンの城壁

アクロポリス神殿の柱は将棋倒しに倒れ

ギリシャ神話の神々は宇宙へ吸い込まれる

サグラダファミリア建築が逆回転し自然に還ると

ノートルダムの鐘が鈍い音を立てて落下する

すべてに裏切られた最後の晩餐の壁

周りの山々に飲み込まれるマチュピチュ遺跡

旋風に音符を引き伸ばされたバッハのカンタータは

変わり果てた都市のあちこちで

不協和音となって鳴り乱れる

日常を安穏と歩いていた人々は

制御不可能となった電子網に両脚を獲られ

我が目を疑うような現実を前に

為す術もなく空を見上げる

羽根だけとなったサモトラケのニケの上で

風に吹かれてバラバラと音を立てているのは

永遠たる不動の真理が記された

例のあの書物

最後の砦となった一冊の本の周りへ

よろよろと群がりすがる人々の耳に

地の底から湧き上がる不気味な唸りが届くと

僅かに残された望みは立ちどころに打ち消され

絶望が一帯を支配する

唯一胸の奥に残った最後の言葉を

人々は必死に口にし出し

だが震える唇で反芻する間もなく

その肩や腰にピシピシと乾いた亀裂が走り

指の先からぼろぼろと身体が砕け始める

長い進化の軌跡は

かくも容易く根本から崩れ落ち

あえなく粉々になった文明の欠片と

無機物と化した人々の骨は

母なる大地の上で混ざり合い

地の中へ染み込みマントルを通過し

やがて地球の深層部まで辿りついた

五億光年先からやってきた素粒子が

青い惑星の内核を一直線に突き刺すと

地球の中心から眩い光が放たれ

星の歴史は広大な宇宙へと散り散りに去り

あとには静かな夜だけが残った

静寂を取り戻した銀河系に透明な風が吹く最中

天文学者は満足気にもういちど呟く



『いつか

もうひとつの秘密が暴かれる時が来る

その時

あなたの地球は一体どんな星だろうか』









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