見出し画像

北欧のビールの価格を通じて、望む国について考える


「この夏休みは家族で北欧旅行に行ったんだけどね。ビックリしたよ、レストランやバーで飲むビール一杯が、最低でも10ユーロ近く。本当に高かったな〜」

この会話をしていたのは、10年近く前のこと。当時はドイツで働いていて、お昼ご飯を同僚たちと食べながら、夏休みの旅行の話題になった。10ユーロといえば今の為替レートで1,500円程度。ビール一杯がそれくらいの価格だった。

さて、このコメントを受けて、同僚たちとどういう話題に繋がっていったのか?まだドイツで生活し始めた当時の僕にとっては、予想していなかった方向へ話が進んでいく。

ドイツ人同僚
「北欧ではぜいたく品に分類されると、税金がえらく高く設定されるからね。アルコール類も高率の酒税が課されていて、とっても高いんだよ。一方で、ドイツでは酒税が安くって、良くも悪くもビール大国だよねー」

ちなみに北欧では、アルコール依存症対策等のためにお酒の販売時間が制限されている国も多い。

ドイツ人同僚
「北欧ではお酒以外でも、自動車もぜいたく品に該当するとされていて、自動車税がとても高く設定されている。だからちょっと良い新車を買うと、すぐに10万ユーロとか掛かるらしいよ」

そうやって徴収された税金は、もちろん国民のために使われる。

ドイツ人同僚
「でも教育費や医療費はタダだったり、生活必需品の税金については低めに設定されているって。北欧は福祉国家だからね」

と、北欧の税金の特徴について解説してくれた。

北欧の国、ノルウェー

以前の僕の記事「日本は自助社会か公助社会か」で書いたように、北欧では消費税に相当する税金が基本的に25%程度だったりと、一般的に税金が高い。一方で、もちろんその税金は国民の生活を手厚く支えるために使われている。

但し、その社会が成り立つ前提として「社会への信頼」が不可欠。具体的には、以下の2点が満たされている必要がある。
①国民が、自分たちの意見が政治に反映されていると思えること。
②政府や社会の透明性が確保されていること。

なお、ドイツについても、日本と比較すると福祉国家寄りの立ち位置にあると感じられる。消費税に相当する税金は19%。

ただし、生活必需品や人が生きていく上で必要なものに対しては軽減税率が適用されていて、それらの税率は7%と低い。軽減税率が適用される対象は、野菜・肉類・新聞・書籍など。つまり、食・情報・学びといった最低限の文化的な生活を営むために必要なものに対する税金は安く設定されている。


「ドイツの生活必需品の税率って、通常の税率よりも低く設定されてるよね」

ドイツ人同僚
「そう、むかし首相だったシュレーダーの政策でね。誰でも最低限の生活はできる国を目指そうという政府の方針が示されて、それに基づいて税制改革が行われたんだよ。ヨーロッパの国々と比較しても徹底していて、ドイツの生活必需品は、ヨーロッパの中で比較的物価が安いとされているイタリアやスペインと遜色ないくらい安いと言われているよ」

現時点の各国の軽減税率を調べてみると、ドイツの7%に対して、イタリアとスペインは10%。税で全てを語ることはできないけれど、軽減税率についてだけみると、確かにドイツはいくぶん低めに設定されている。

なお、日本は通常の消費税が10%に対して、軽減税率は8%。両者の税率の差は小さい。

モノの価格を通して浮かび上がる、望む国の姿

といった話を同僚たちとしていて、ハタと気が付いた。

ヨーロッパでは、夏休みやちょっとした休暇で近隣の国へ旅行することが多い。そして、周りの国と経済水準や文化も似ている。

となると、自国と比較して、おのずとモノによる税率や物価の違いが目に付く。その価格を通して「政府がどのような国にしたいか」という考え方を目に見える形で実感できる。

たとえば、今回のようにお酒の税金はどうするか。北欧では、ドイツと比べて明らかに飲酒のハードルを高く設定している。飲酒を抑制する国を目指している、と言えるだろう。

それ以外でも、車はどうするか。ガソリンは。タバコの税率はどうなのか。逆に、野菜は、肉は、本はどうするのか。

ここで大事なことは、最初に税率ありきではない。国民自体が「どんな国にしたいか」というコンセプトが最初にあって、その考え方を具体的な数字にしたものを、その国の税率として設定する。つまり、税率というのは「自分たちが望む国のコンセプト」を数字で表現したものと言えると思う。

旅行を通じて感じる、国による考え方の違い

ヨーロッパの場合は、多くの国民が旅行を通じて、その税率の違いを直接感じる機会が多い。旅先の国の現状をリアルに体験することで、逆に自分の国がどうなのかという現実を目の前に突きつけられる。

そして、その違いに関する自分たちの考え方について、みんなで良いの悪いのと語り合う。

具体的には、北欧でお酒がとっても高いと感じたら、自分はそれが国にとって良いと考えるのか、悪いと考えるのか。

生活必需品が高い国に行ったら、それが良いと考えるのか、悪いと考えるのか。

こうやって物価について話をすることは、国の政治や政策を議論することになる。そして、自分たちが望む国について考え、語り合い、国民が自ら理想とする国についての意見を形成していくことになる。

北欧の国、デンマーク

旅行以外の機会でも

付け加えるなら、旅行だけではない。EU内では様々な国民が自国の外で働いて生活している。お昼ご飯を一緒に食べる同僚たちが、みんな出身国が違っていることも日常的にあり得る。

僕の場合でも、そんな多国籍な同僚どうしで自国の税金について情報交換したり議論することもよくあった。

例えば、教育や医療費については、どの程度が税金でカバーされるのか。

他にも、相続税の税率をどう設定するのか。それによって、経済的な身分をどれくらい固定化する社会にするのか、決まってくる。

また、大きな枠組みとして語るなら、所得が高い人に大きく課税し、貧しい人に多く分配することで、平等重視を目指す国なのか。もしくは税による所得の再分配を少なくして、儲けるインセンティブを高めて、経済的な活力を優先するのか。所得税も含めた課税全体の考え方によって、国の大きな方向性を決める要素になる。

税金だけではない。前に「国境が入り乱れる街」で書いたように、バーの営業時間を何時まで認めるのか。兵役は有るのか無いのか。同じ街の中で二つの国が入り混じっていたら、自分はどちらを望むのかを、考えざるを得ない。

ヨーロッパは良かれ悪しかれ、似ていて少し違う国がたくさん周辺にあるから、自国の方向性を実感しやすいものだ、と思った。

目からウロコだった。

日本では

翻って日本については島国なので、海外へ旅行したり海外で働くハードルが高く、他国と比較する機会自体が少なめ。

また、そもそも経済的・文化的に似ている他国が少ない特殊な国。だから他国と比較して、日本の税や物価が相対的にどうなのか、実感する機会がかなり限られている。

これらの要因があるから、日本においては国の方向性を議論するのが難しいと感じた。やはり、比較対象がないところから、いきなり理想とする国のあり方について考えを述べよ、と言われても難易度が高い。そりゃそうだ。人というものは、実際の経験や他との比較によって、どうした方がよいとか意見を出しやすいものだから。

そうなると、何が起こるのか。「税金は安いに越したことはない」というところで思考が止まりがち。

それもある程度は一理あって、行政の効率化やカイゼン、不適切なお金の流れを止めるなど、いくらかは予算を効率化できる余地もあるのだろう。

ただ、そうやっていくらかの予算を捻り出せたとして、その次はどうするか。今の日本の税は自分が望む割合なのか。他に変えたい制度はないのか。

そういったことについて身近な人たちと語り合ったり、発信することは、つまり日本をどのような国にしたいかを考えて、理想の国に近づけていくことになる。とても健全なことだと思う。

議論の最後に

冒頭のドイツ人同僚との会話に戻ると。

ドイツ人同僚
「まあ、なんにしてもオレは、ビールの税金を上げようっていう政治家には投票しないけどな!」

ということで、BBQ大好きな彼にとっては、ビールの安い国が望ましい国のかたち、ということのようだった。

北欧の国、スウェーデン

という、昔の会話を思い出しながら、お屠蘇を飲んでいた今年のお正月。

今年もよろしくお願いします。

by 世界の人に聞いてみた


【バックデータ】
消費税に相当する税率と軽減税率の国際比較

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?