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君は幼なじみをいきなり「蘭姉ちゃん」って呼べるか?


1 自分ごととしてAPTX4869飲まされたケースについて考える


ファンの多いコンテンツなので私が贅言する余地は少ないのですが、昔からいっこだけ悩んでいることがあります。今日は文章を書きまとめることで、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

あなたは高校生探偵として名を馳せていて、可愛くて強い幼なじみがいます。

ところが酒の名を秘匿名(コードネーム)に冠した黒づくめの男たちにAPTX4869を飲まされて小学生になっちゃいました。慌てて名前をつけて、未来少年やシュワちゃんの役名みたいな名前を名乗ることになりました。

ここでは仮に「K」君と名乗ったことにしておきましょう。

そしてひょんなことから、あなた(「K」君)はその幼なじみの家で暮らすことになります。

幼なじみは料理が上手ですし、家ではプライベートなあれこれを垣間見れます。事件に巻き込まれたり、一緒に事件を解決したり、共に時を過ごします。

また見かけ上行方不明になってしまった高校生のあなたを思慕する場面を、別人の子供としてみなくてはならないことも少なからずあります。

あなたは高校生なりに、彼女のことをとても好ましく思っています。

2 私たちは想い人をたやすく「姉ちゃん」と呼べるか?


そんな彼女を、やすやすと「蘭姉ちゃん」と呼ぶことに、私はずっと悩まされています。あなただったら、そんな関係になってしまった幼なじみの想い人を「姉ちゃん」と呼べるでしょうか。好きな同い年の子に「姉ちゃん」っていえるでしょうか。私がピュア過ぎなだけでしょうか。

もちろん黒の組織から彼女の暮らしを守るために、みずからが小学生であることを徹底し、正体が露見しないことに気を付ける。そうした配慮があることは充分に承知しているつもりです。

また漫画やアニメ作品として楽しむ時、正体を隠して暮らす際のいろいろなハプニングや露見しそうになるスリル、1でもやや触れましたが、それらは作品を彩るとっても楽しい要素だとも理解しています。

シリアスでここ1番の場面で、普段「蘭姉ちゃん」呼びな彼が「らああああああああああああああん!」と叫んで彼女を守ろうとする際、正体が露見しうるにも拘らず、相手を思い彼女を名を昔の通りに呼びます。

いくどかあるこのシーンは、普段正体を隠し日常を過ごしている前振りがあるからこそとても効果的な叫びで、私も良いものだと思いますし、多くのファンの心を掴んでいるものだともわかっています。

でも私は、どうしても日常の方に目が向いてしまうのです。

そんなに想う相手のことを普段「蘭姉ちゃん」と呼んでしまっているのです。

幼なじみで両思いのというある種の対等な関係を、「知り合いのお姉さんと自分」という、少なくともそれまでの関係性を減衰させうる呼び名で声かけしてしまうところに、私はいくばくかの憂いというか寂しさを感じるということです。

3 A secret makes a 明治人 明治人…


皆さんは夏目漱石の『こころ』は読んだことがあるでしょうか。こちらもファンの多い分野ですのであまり生意気なことは言えないのですが、有名な第3部では、ある女性に対して2人の男の人が心を寄せることになります。

ネタバレになるかもしれませんので、そのうちの一人を実際に登場したさいの表記からイニシャル表記に変えて、仮に「K」とします。

「K」は親友であるもう一人の男「先生」という人物に対し、下宿先のお嬢さんへの恋心を告げます。「先生」もまたお嬢さんへの思慕を募らせていたのですが、「先生」は「K」に対し「自分もそうだ」と告げることはついにできませんでした。

詳細や物語の情緒を省いて説明してしまうのですが、「先生」は「K」を出し抜いて、お嬢さんとの結婚を取り付けます。その数日後、彼ら男たち2人にとって取り返しのつかない悲劇が起こるのは、皆さん高校の国語で学んだ通り。

「先生」はついに「K」に対して自分もお嬢さんに対し恋心を持っていたことを述べることができませんでした。

また、第1部に詳しいのですが、「先生」はお嬢さんと結婚しそれなりの月日を一緒に過ごしたにもかかわらず、ついに「K」と自分との間に何があったのか述べることができませんでした。

お嬢さん(妻)は、「先生」が学生時代から次第に厭世的になっていくことをよく観察しかつ「先生」への情愛を持つ、聡明な人物として描かれます。そんな人に対しても、長い間「先生」は打ち明けることができなかったのです。

「先生」のエゴイズムからくる弱さと、それに連続する社会や自分への諦念が長く暗い陰翳をもたらし、明治の世の終わりを意識させながら物語は終幕となります。

4 未来少年探偵コナンザグレート

コナンくんが臆面もなく「蘭姉ちゃん」と言えることについて、初めの方で寂しい気持ちになることを書きました(じつはこれまで本ブログで「K」君とイニシャルで隠して紹介してきた人物は、作中では「コナン」君と呼ばれています。ネタバレ失礼)。

一方で書いているうちに次第に、コナンの振る舞いは「先生」の振る舞いと比較して強さがあるな、と思ってきました。

「先生」は「K」にも、奥さんにも真実を打ち明ける言葉を持ちませんでした(じつはこれまで本ブログで「K」とイニシャルで隠して紹介してきた人物は、作中では「K」と呼ばれています。ネタバレ失礼)。そして明治の世の終わりを感じたことをきっかけに自裁を選択することになります。

コナンは、とっさの判断ながら、今まで通りの関係ではいられなくなった幼なじみに対し、臆面もなく「蘭姉ちゃん」という今まで考えもしなかったであろう言葉で、彼女との新しい関係性の回路を構築しました。

ある秘密を持って相手に対するとき、かりそめにでも言語を持てるかどうか。

コナンは持てました。「先生」はずっと持てませんでした。

コナンはいつか蘭に正体を明かさねばならない時が来るかもしれません。「蘭姉ちゃん」の呼び名は偽りでかりそめのものです。もともとの二人の関係性を毀損しうる表現だとも思っています。

それでも。

その偽りでかりそめの「蘭姉ちゃん」という呼び方は、きっとどこかで、未来につながっています。

コナンが「先生」のように袋小路に迷い込まず、ハッピーエンドにたどり着けることを、私は祈っています。

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