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05-僕の前世についての仮説

 1992年頃、僕は3年ほど勤めていた東京のCM制作会社を辞め、自宅でほとんど誰とも会わずに近所の図書館で借りた本を読みながら暮らしていた。その中の一冊に経営コンサルタントの船井幸雄さんが書いた本があり、その本の中に「人間には前世があるのかもしれない」ということが書かれていた。その本を読んで、僕は自分の前世を知りたいと思うようになった。

 結局合計5年くらいで東京を撤退し、福岡に帰ることになった。福岡に帰って、かつて髪を切ってもらっていた美容師さんと再会して髪を切ってもらっている時「最近前世を見てもらったんですよ」とその美容師さんが言った。早速その美容師さんに紹介してもらって、「前世を教えてくれる人」に会いに行った。その方が2021年にお亡くなりになった霊能師匠の山村さんである。山村さんの所には、約20年間、多い時には週に三回くらい通った。

 最初に山村さんと会った日に僕の前世はチベットで修行していたお坊さんだったと言われた。この話が僕の心に突き刺さり、それ以来山村さんに夢中になった。次に山村さんと会った時、僕が「小学生の頃から水族館で見るような大きな海の生き物がとても怖いんです。」という話をすると、二つ前の過去世を飛び越えて、三つ前の過去世ではイングランド近海の海で海賊をしていたと言われた。その時に海に落ちてサメに食われて死んでいるから、大きな海の生き物が怖いのだということであった。

 その後山村さんの家に頻繁に通うようになり、少しずつ自分にも変化が現れるようになった。山村さんは山村さんが「いのち」と呼んでいる、データベースのクラウドのようなものにアクセスして、そこから情報を得ているようなのだが、僕自身もその「いのち」から直接情報をもらうようになっていったのだ。

 それは夢の中で伝えられるような形で僕に伝えられた。まず二つ前のフランスで暮らしていた女の子について、この女の子はどうやら実の父親から殺されているようだ、というような内容の夢を見た。それで10歳くらいで亡くなっており、その後の人生が無いので、あまり詳しいプロフィールなどがわからなかったのだ。

 そして海賊の時に海に落ちてサメに食われて亡くなったことに関しては、「なんで海賊が海に落ちるのよ?」という言葉を夢の中でハッキリ聞いた。つまり誰かから落とされたということだろう。

 前世で修行僧をしていた時のことについては、山村さんから「教団でかなり上の方にいたけど、対立する人のことを厳しく批判していたので、教祖が亡くなって後継者を決める時に暗殺された」と教えられていた。

 これらの話をまとめると、僕は前世の修行僧の時は対立する派閥から暗殺され、二つ前のフランスの女の子だった過去世では父親からなんらかの方法で殺され、三つ前の海賊の過去世では、おそらく仲間からサメのいる海につき落とされて殺されたようなのである。

 三回続けて誰かから殺されるような人生というのは、そんなによく聞くようなパターンではない。実際に僕のことを知っている人はわかるかもしれないが、僕は心の奥底には絶対に妥協しない信念のようなものがあり、その部分に触れられると殺すとか殺されるとかいうことも、今でも起こしかねないのである。

 こう書くと何かいいことのように聞こえるかもしれないが、僕はそのことが原因で会社を辞めたり、人とトラブルになったり、人生で苦労しているのである。

 僕が生まれた時、初めは「博之」と名付けられる予定だったのだが、父の会社の同僚が「弘道」という名前だったので字は「弘之」という字にしろと勧められたそうだ。その人は「弘」という字は弘法大使の「弘」だからいいぞと言って勧めたらしい。その結果僕の名前は「弘之」になり、それからずっと僕の人生には、弘法大使という概念が付いて廻るようになった。

 とは言ってもそんなに弘法大使(空海)について学んできたわけではない。2015年に偶然立ち寄ったセブンイレブンの棚で「空海の言葉」というような本を見つけ、その日の夜のテレビでは「ぶっちゃけ寺」という番組で空海についての特集がやっていたので、その流れでついその本を買ってしまったが、いまだに読了していない。ちなみに「紀川弘之」という名前は総画数が20角になり、画数的にはあまり良くないので母は反対したそうだ。

 前世で修行していたのはチベットの修道院で、宗派はチベット密教だ。チベット密教といえば、空海が遣唐使として中国で学び、日本に持ち帰った宗教だ。

 そして僕は2008年頃に、仕事で愛媛県に住んだことがあり、その時に愛媛県の歴史を調べたら、今で言う県知事のような役職の人に紀淑人(きのよしと)という人がいたことを知った。この人は愛媛県(当時の伊予の国)あたりで
暴れまわっていた海賊を平定せよという任務を受けて愛媛県に出向していた公務員(身分は貴族)だった。藤原純友という人を通じて海賊との交渉にあたっていたそうだ。

 紀という今ではあまり聞かない苗字と、海賊と交流があったという職種に何か僕との関りを感じた。そして愛媛県といえば四国八十八か所巡りで有名だが、あれは空海さんゆかりの88の寺を巡るイベントだ。というわけで愛媛県で暮らした2年間は、空海さんと海賊という、僕の過去世と関係があるかもしれない2つの要素について考えるきっかけを与えてくれた。それが2008年頃のことで、そのプチ空海ブームは2015年頃まで薄く継続していた。

 2015年頃からもうひとつ、というかもうひとり、僕の過去世探究に重要なビッグネームが加わった。それがダライ・ラマさんだ。そしてここに登場する重要な人物が今の僕の奥さんである。2008年頃、愛媛県で働き始めた頃は、僕はまだ前の奥さんと結婚していた。愛媛県で暮らす2年間のうちに前の奥さんと離婚し、今の奥さんとは愛媛県で3ヶ月くらい一緒に暮らしたこともある。

 愛媛県での僕の仕事はNHKの契約ディレクターという、仕事内容といい、勤め先といい、ある意味ステータスのある仕事だった。ここを分岐点に僕の人生を上向かせるチャンスにすることもできたはずだが、僕はここを分岐点として、少なくともNHKでは絶対に働かないと方針を固め、後にはディレクター業自体を一時廃業したのだ。

 うちの奥さんには霊感のような不思議な能力があり、その奥さんの夢にダライ・ラマさんが出てきたそうだ。その時には奥さんはダライ・ラマというのがどのようなポジションの人かもよく知らず、ダライ・ラマという名前さえ「ダマイ・マラ」みたいな感じで、まともには言えていなかった。

 そのダライ・ラマさんが僕に対して「あのことはもう気にしなくていいから」と伝えて欲しい言っているそうなのだ。ちなみにダライ・ラマというのは、1400年頃から続いている、チベット仏教の最上位の、いうなれば教祖様のような立場の方で、現在も第14代として存在されていて、あまり軽々しく書くわけにはいかないような方だ。

 ついでに言えば弘法大使空海さんは800年頃の人で、ダライ・ラマさんよりも更に古い時代の人だ。空海さんもダライ・ラマさんも、軽々しく口にするのは恐れ多い方なのだが、この話をするにあたっては避けて通れない方なので、失礼を承知の上でこうやって書いているわけなのである。

 最初は単純に「僕と空海さんとダライ・ラマさんは同じ修道院で修行していたのかな」というようなくらいに思っていただけなのだが、詳しく年代を調べると、どうもそんな単純な話ではないようだ。「そもそも僕とダライ・ラマってどういう関係?」っていうことなのだが、霊能師匠の山村さんは直接教えてはくれないが、これまでに遠回しにヒントのような話はしてくれていた。それは例えばこういう話だ。

「見えない世界の修行をしていた人は修行の最後の最後に観音様に会う試練があるよ。もうこれで修行が終わりだという時に観音様が現れて『これまでつらい修行によく耐えてきたな、もう修行は終わりだ。最後に褒美として私を抱かせてあげよう』と言って、するりと衣を脱ぐ。その時に観音様を抱いてしまうと、それまでの修行がすべて台無しになってしまうんよ。」この「観音様の試練の話」はこれまで20年間くらいの間に10回くらいは聞いている。

 もうひとつ「観音様を抱いてしまって、修行が台無しになったお坊さんが霊界で何になるか知ってる?鬼になるんよ」という話も聞いたことがある。この話はもしかしたら1度だけしか聞いたことがないかもしれない。

 そしてもうひとつ、僕の前世についての話。「あなたの前世はお坊さんだったね。修道院のような所で仙人を目指して修行していた。でも仙人にはなれなかった。よかったね、仙人になんかならなくて。」と言われたことがある。

 僕はこれらの話を全部別々の話だと思っていた。そして僕に関係のある話は自分の前世についての話だけだと思っていた。そして霊能師匠と会ってから20年以上経ったある日、ふと、その全ての話がつながっているような気がしたのである。つまり大雑把にまとめるとこのようなストーリーになる。「僕はかつて仙人を目指して修行していた。その修行の終盤に観音様が現れて、僕は観音様の試練を越えることができず、修行が成就しないまま一生を終えた。そして僕は霊界で鬼になった。霊界での修行を終えた僕は人間として今の僕に生まれて霊能師匠の山村さんと出会った」ということである。

 この考えに至った頃にはすでに今の奥さんと一緒に暮らしていて「こんなことを思いついたんだけどどう思う?」と奥さんに聞いてみた。奥さんはとても興味を持ち、山村さんに確認してみようと言った。それで2人で一緒に山村さんの家を訪ねて、色々な話をしている時に、奥さんが「なにしろこの人鬼だったから」と、なにげなく僕のことを鬼だったと言った。すると山村さんは当たり前のように「そうそう、だから厳しい考え方をするんよね」と返した。ということは僕が鬼だったというのは事実で、鬼になったということは、つまり観音様の試練に破れたのだということも決定した。結局山村さんが話してくれていた一連の話は全て僕についての話だったのだ。

 山村さんが「観音様の試練」の話を僕に何回もしたのは、この一連のストーリーの肝になる話だからということと、僕が何回聞いてもそれを自分のことと考えなかったという理由からである。おそらくこの出来事は僕にとってはあまりにもショックな出来事で、自分でも無意識のうちに拒絶していたのだろう。しかしこのことに気付かない限りは僕は一歩も先には進めないので、長い時間をかけて、僕が気付くまで何回も同じ話をしてくれたのだろう。それでさすがの僕も、半信半疑ではあるが、なんとなくそうなのかなと思い始めたのだ。

 ここから先はうちの奥さんの解釈が主になる。その前世で修行していたお坊さんというのが、ダライ・ラマの何世だかは知らないが、おそらくダライ・ラマだったんじゃないかと言い始めたのはうちの奥さんだ。このことも山村さんのところに確認しに行ったが、はっきりとは確認できなかった。「あなたはご本人(ダライ・ラマ)に会って直接聞いたの?」「死んだ人より生きてる人と話す方がいいでしょ?」というような、曖昧な答えであった。

 結局山村さんから直接確認できた事実は、僕が前世で修行僧だったということと、霊界で鬼をやっていたということの2つのみで、その他の、その修行僧はダライ・ラマの何世かだったのではないかということと、修行中に観音様の試練を乗り越えることができず、修行を成就することはできなかっただろうということは、僕と奥さんが補足して付け足した情報である。このようにして、僕のルーツと問題点はとりあえずひとつの仮説に到達した。それを乗り越えられるかはまた別の話だ。


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