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書評『日本現代怪異事典』

【大学の課題 書評を書く】

 人生において誰もが一度は聞いたことがあるだろうトイレの花子さんにこっくりさん、口裂け女そういう怪異だけでなく、戦後から平成にかけて全国各地から一千種類も集めて事典とした本書は、427ページに及ぶ。
 妖怪、怪異の事典はこれまでも作られてきた。水木しげるの『妖怪大百科』、遡れば鳥山石燕の『画図百鬼夜行』のような名著がある。しかし、この本書の最大のポイントは、索引の豊富さだ。五十音順はもちろん、類似怪異、出没場所、使用凶器までもカテゴリ分けして調べることが出来る。
 これの何がすごいのか。類似怪異索引ならば、「降霊占いの怪」とあればこっくりさんだけでなく同じような霊的存在を呼び出して質問に答えてもらう降霊術について知ることが出来るのだ。「色問いの怪」ならば「赤い紙・青い紙」「赤いちゃんちゃんこ・青いちゃんちゃんこ」と地域によって大筋の話は同じなのに若干変わってくるのだということが分かる。
 また、出没場所索引からならば、人間がどこを怖いと思っているのかが分かってくるのだ。「鏡」に現れる怪異は十五項目。「トイレ」の項目は全三ページにも及ぶ。怪談の主流がこどもたちであるため、学校に関連した場所には多く怪異が現れる。そういうことをこの索引だけでわかる。
 そして、使用凶器。これも同じように人間が何で殺されるのが怖いと思っているか、が分かるようになっている。鎌で危害を加えてくる怪異が多いのは、もっと農作業が身近だったからだろう、今は詳しくは知らないからこそ怖いと思うのだろうか、なんて考えることが出来るのだ。そして、多いのが「連れ去り」である。そのことから私たち読者は、「誘拐や殺人などによって行方不明になるこどもを減らすために怪異を作り上げて脅かして一人にならないようにしたのではないか」などと考えることが出来る。
 このように関連性をまとめ、一覧とした事典というものは貴重だ。怪異なんて、人生に何の影響もない、試験にも就職にも関係のないものだと決めつけることは容易だ。しかし、この本を見ると社会の変容が怪異から分かることが理解できる。それをより理解できるのが、本書に五つ掲載されている著者のコラムである。学術としての怪異の調べ方まで書かれている。この本は、エンターテイメント性の強い「読む」事典なのだ。ただ、事典として調べるために使うだけでなく、怪談をたくさん読むことが出来る本としても優秀なのだ。普通に生活しているだけでは知ることのできないような怪異、昔どこかで聞いたことがある怪異の詳しい話。そういうものに簡単に触れることが出来る本書は、副読本もあり、そちらも読むとより日本の怪異というものを深く理解できるようになる。
 また、この『日本現代怪異事典』が人気を博したことから著者は『歴史人物怪異譚事典』や『世界現代怪異事典』そして、『山の怪異大事典』『日本怪異妖怪事典 北海道』など、より細かい分野の事典を書き上げた。この著者は、公務員として働く傍らで怪異・妖怪を収集し研究し、いくつもの事典を編んでいる。その仕事量は異常なほどであり、一つ一つの項目も濃密な説明がなされていることからも、怪異に対する愛を感じることが出来る。
 実に面白い事典なので、手元に一冊置いておくことをお勧めする。

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