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おおきな木とちいさな少年

おおきな木の前に 少年は立っていた。
ちいさな少年は 
木のいちばん上の枝の先を見上げていた。
ぼくも登れるだろうか。
少年はこころの中でつぶやいた。
センダンの木は何もいわなかった。
少年がこの世に生まれるずっと、
ずっと前からここにあった。
幹はふとく、おとなでも一人では抱えられない。
4〜5人が手をつなげば抱えきれるか、
100年以上も前からそこで生きてきたと
訊いても不思議な感じはしなかった。
そのくらいどっしりと根を下ろしていた。

50年経って、かつての少年は
ふたたび木の前にやってきた。
かつての少年も成長し、おおきくはなったけれど
センダンの木はもっとおおきくなってそこにあった。
見上げるいちばん上の枝も、左右に手を広げた枝も
ずっと、ずっとおおきな姿で
かつての少年を見下ろしていた。
やぁ、久しぶりだな。君も成長したかい?
センダンの木はこころの中に話しかけてきた。
かつての少年は少しだけ驚いたけれど、
なんだかうれしかった。
成長したかどうかはわからない。
くすぐったい感情が全身の血管をめぐって
こころに届いたとき、
うっすら涙が流れるのを感じた。

気づかれたかな、とつぶやくが早いか、
センダンの木はやわらかな風に吹かれて
おおきな体をゆらした。
風が鼓動を響かせ、
いくつもの季節が一瞬で通り過ぎた。
そのとき、木の上で、
少年の姿がこちらを見ていたような
気がしたのは、錯覚ではないと
かつての少年はこころにしまいこんで、
その姿を追うことをしなかった。


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