見出し画像

なぜ還暦の米国大学教授が日本で起業を決意したのか?

私、森進は、2021年6月に東京にて株式会社エムを設立しました。30歳で大学院留学で渡米して以来、30年以上、ジョンズホプキンス大に在籍、同大学放射線科の教授としてアメリカに在住する私が還暦を超えて、なぜ日本で新しく会社を設立するに至ったのか?その契機となったのは、日本の人間ドック、特にMRI/CT活用の先駆であった日本の医療機関との協議でした。

日本外国特派員協会にて本格事業開始の記者会見を実施=2022年2月18日

創業のきっかけ

アカデミア人生における「成功」と「後悔」

29歳でアメリカに渡り、大学院で本格的な研究の世界に身を投じた私は、以降30年間MRIを用いた脳の研究を続けてきました

この30年を振り返りますと、私なりに没頭し結果を残してきたという実感を持つ一方で、40代後半からある感情がわき始め、50代には確信となったものがあります。それは、研究界があまりにも現実からかけ離れている、という確信です。研究はそれでいいという思いもあります。革新的な研究は、予想だにしていなかったから革新的であり、目の前の現実的な問題を解くだけでは生まれません。

ただ、「私の技術が世界に広く使われ、患者の生活を変化させる日が来る」という夢もあります。その観点から自分の過去の発明や発見を鑑みると、いかに自分に実社会での知識や経験が欠如していたかが思い知らされます。それはまるで、自分が住んでいた世界が「ディズニーランドの壁の中」だったのに気付いたような感覚かもしれません。

大脳辺縁系の3次元画像再構成
Frontiers in Aging Neuroscience (2014) 掲載論文
“In vivo magnetic resonance imaging of the human limbic white matter” より
人間の脳構造の画像解析結果の例
Radiology (2004) 掲載論文
“Fiber Tract–based Atlas of Human White Matter Anatomy” より

「学術研究の社会実装」という新たな目標に向けた一からの再出発

自分のスキルの限界を知り、修得する

日本の30年、アメリカの30年を私の人生の第一、第二フェーズとすると、私は第三フェーズでは「壁」の外に飛び出すことに決めました。私の手には過去30年アメリカで習ったことが握られています。

しかし、そのほとんどは浮世離れしたものでした。私が最初に気づいたのは、私の持っている知識やアイデアを具現化するにはプログラミングスキルがなければいけないということでした。私は今までラボで抱えていたプログラマーに「あれやれこれやれ」というばかりで、自分では何一つ具現化する能力がないことに気づきました。

大学という守られた世界から飛び出す最初の一歩は、自分のやりたいことを自分でできるスキルを身に付けることでした。

最も大切な臓器である脳疾患の予防・治療への貢献というテーマ設定

次に必要なのは、そのスキルをもって何を具現化するのか、という対象です。私はまず「脳疾患の予防・治療に貢献するソリューション」に着目しました。認知症をはじめとする脳の疾患は、高齢化が進む先進国における社会課題でもあり、技術でそれを解決できれば素晴らしいと考えました。

この領域には私が長年抱いていた想いがありました。それは、脳MRI画像を用いた臨床(放射線科)の現場が、なぜMRIが導入され始めた1980年代後半からほとんど変わっていないのか、という疑問です。すなわち、医師が目視で画像を見て診断(読影)するというスタイルです。昨今のディープラーニングをはじめとするAI技術が成功を収め始めたころ、放射線科医は仕事を失うと言われていた時期もありました。このような技術をどんどん医療の現場に取り入れられないことが勿体無く感じられました。

「人に寄り添える技術」を作りこむことの大切さ、難しさをに気づく

しかし、そのうち私は考えが変わっていきました。それは、「人が近づくことを強要する技術は未熟な技術であり、成熟した技術は人に寄り添わなければならない」という考えです。すなわち、読影に新しい画像解析技術が取り入れられない原因は医師側にあるのではなく、技術の開発者側である私たちにある、ということです。

私の今までの成功サイクル(論文を出し、その成果で研究費を取り、その研究費で論文を出す)から一歩踏み出すと、その世界は次々と迫りくるボトルネックを解消する作業の連続です。実社会に寄り添う新技術を世に出すにはこのボトルネックが少なく見積もっても30ぐらいありそうです。その一つは大量のデータが必要というものです。人間の脳でさえ、駆け出しの放射線科医になるのにおそらく5,000枚は症例を見て勉強する必要があります。正しく機械学習が行われるためにはその10倍、100倍は必要です。

自助努力だけでは超えられない「良質なビッグデータ確保」という最大の壁

そこで私はジョンズホプキンス大にある臨床画像データを大量解析する技術開発と病院内での実装を手掛け始めました。しかし、このプロジェクトは思いがけない障壁にぶち当たって失速します

その一つは、画像は大量にあるのだが、その画像に付随する臨床データが離散しているうえ不備が多いという点。さらに致命的なのが「病気になった後のデータしか病院にはない」という点でした。脳の病気のあまりに多くが、病気になってからではすでに遅い、というものです。

病気とはすなわち生活に支障をきたす症状が出る、ということです。その時点では病状がかなり進んでしまっています。このような病気は、病気になった後よりも、どのように病気に至るのか、という情報のほうがはるかに大切です。しかし、病気になる前のMRIデータなど、病院にはありません。理由は簡単です。自覚症状が出るまで患者さんは検査を行わないからです。

現在脳の病気の2大要因(そして我々の健康寿命を奪う要因の第1位と第2位)は認知症と脳卒中です。これらは生活習慣病であり、発病の10年以上も前から病状は進行しています。症状が出たころにはすでに末期に近い状況であり、回復は見込めません。これらの病気に対する最大の防御は予防です。

発病した患者のデータをいくら解析しても、未病段階で予防につなげるための仮説を検証することは原理的に不可能です。これでは、画像解析の学術的成果の社会実装により認知症等の脳疾患の課題を解決するという構想は画餅に帰すことになります。

日本の健診文化が生んだ世界唯一の医療ビッグデータとの出会い

そんな行き詰まりを感じていた中でブレイクスルーを起こすきっかけをくれたのが日本の脳ドックデータであり、予防医学の最前線で活躍されている東京ミッドタウンクリニック田口院長との出会いでした。

日本には、10年分以上、1万人以上の健常者の脳MRI画像データを健診データと紐づけて保有している医療機関が多数あります。このような医療データ数は、日本全体ではおそらく数百万に達するものと考えられます。これは世界に類を見ないものでした。この背景にあるのは、日本特有の「健診文化」です。日本は「人口100万人当たりのMRI保有台数」が100台以上であり、世界第1位です。

現在の脳ドック制度ができた1980年代後半から長年にわたり市民の健康管理に役立てられてきましたが、その蓄積された膨大な医療データが現代の人工知能分析と交わることで「宝の山」へと変貌したのです。

株式会社エムの事業本格開始の記者会見にも田口院長(右)は登壇して下さった。
写真中央は株式会社エム代表の関野=2022年2月18日

創業の決意固まる

私は、この数奇な出会いに感謝するとともに、この数年で飛躍的に進歩した人工知能分析とこの貴重な医療ビッグデータを組み合わせることにより、健診者の現状分析のみならず、将来の状況の推論が出来ると思うに至りました。この瞬間「これこそが残りの人生を賭してでもやるべきものだ」という強い思いが芽生え、そして、アカデミア人生で不足感を感じ、社会実装という挑戦を模索してきた私の最近10年間の悩みに一つの答えを与えてくれる可能性があることに気づきました。

そして、次の瞬間には、当社「株式会社エム」を設立し、このプロジェクトに力を注ぐ決意が固まっていました。私はジョンズホプキンス大学のラボを閉鎖、セクションチーフやセンター長の役職を辞職し、単身日本に戻って会社設立とプロダクトの開発、実装、仕上げに取り掛かっていました。


株式会社エムという新たなフィールドで実現したい世界

プロダクトの基本コンセプト

具体的なプロダクトの第1段階として、今後老齢化の進む日本人の1/4が最終的に罹患すると言われている認知症の可能性の示唆、脳梗塞や腫瘍に係る分析等、脳関連の状態計測に関する分析ソフトウェアを構想し、開発しました。なお、ソフトウェア単体では、心肺関連、筋肉や骨等体幹に係るフレイル分析まで機能拡張も視野に入れています。

市民が認知症を正しく知り、予防する世界を日本から創っていく

脳関連の状態計測ができる分析ソフトウェア(現在のMVision health)の原型が完成したのは2021年後半でした。これは株式会社エムの最初のマイルストーンでしたが、ようやく私が成し遂げたいことを実現するための強力な道具を手にしたに過ぎません。

では、この道具を使ってどのような世界を創っていくのか?最終的には、日本にのみ存在した極めて有為かつ希少なデータを活用し、「高齢化社会×認知症」という静かに、そして着実に迫りくる大きな社会課題に対して、理性的に立ち向かえる社会を築きたいと考えています。

認知症は生活習慣病です。ゆえに、認知症の発症を完全になくすことや完全な治療薬が発明されるような世界はかなり遠い未来となるでしょう。しかし、人口レベルで認知症を発症する人の割合を有意に下げること、発症する年齢を遅らせることは、市民が認知症を正しく理解し、正しい予防行動をとることで実現できます。この考え方は、近年の学術界での共通理解となっています。

株式会社エムは、この認知症の一次予防の世界を作るための礎として、自分の脳の状態を正しく理解し、必要な予防行動をとるきっかけとなるような「確かな指標」を社会に定着させることを目指しています。そのためには、医学の知識だけでは不十分で「医療工学」という私の修めた学問により、工学的視点から実現・測定可能な指標を定義し、適切な手法を考案・構築することが不可欠です。私のアカデミア人生で築いた知見・技術がまさに貢献できる分野です。

「人が近づくことを強要する技術は未熟な技術であり、成熟した技術は人に寄り添わなければならない」
という、株式会社エム創業までの道のりで得た気づきも、根底には同じ考え方があるはずです。

認知症は世界共通の不安。日本発認知症ソリューションを世界へ

最終的には、日本のみならず、MRI/CT先進国の欧米、更に、近年急激に市場が拡大している中国や認知症の急増が予想される中東諸国などの新興国市場をもターゲットに入れ、人工知能と医療画像データに基づく医療ソフト、日本で実績を積んだ認知症予防ソリューションを普及させていきたいと考えております。これにより、一人でも多くの人に対して、認知症等の重大な脳疾患に関する「分析と対策」という名の支援を届けることを目指します。


皆さまの力を是非貸してください

学者から起業家への転身は、自身にとっても大きな挑戦です。初心に立ち返り、アカデミアの世界での成功体験にとらわれず、目標である技術の社会実装に向けて必要なことは全てを学んでいく所存です。

事業全般、プロダクトマネジメントから資金調達まで、積極的に意見交換させて頂きたいと思っております。こちらまで是非お気軽にご連絡ください。また、医療機関の皆様でMVision healthの導入にご興味をお持ちの方におかれましても、こちらよりお問い合わせください。

本投稿をお読みいただいた方と直接お話しできますこと、心よりお待ちしております。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?